休戦交渉に至るまでの経緯

 サラセン帝国軍の首魁・アフリカ大王アグラマンは上機嫌だった。


「一体何なのかしらねェ~ここのところの追い風は。

 パリが落とせなかった時は正直、めっちゃテンション下がっちゃったけどさァ。

 ここんとこウチの軍、団結力も増してきたし絶好調じゃない?」


 アルジェリア王ロドモン、ズマラ王子ダルディネルらの犠牲はあったものの。

 サラセン帝国の撤退戦はそれ以降、つつがなく進んだ。


 勢いづいた筈のフランク王国の追撃が押し留められたのにも理由がある。

 ダルディネルの死後、アグラマン達の陣営に心強い味方が次々と到着した為だ。


 かつて15万もの騎兵を率い、スペイン王国を従え、パリをも陥落させシャルルマーニュを捕虜としたセリカンの荒ぶる王・グラダッソ。

 最強の騎士オルランドと数日に渡り死闘を繰り広げた異国の強者・アグリカンの武勇を引き継いだ息子、タタール王マンドリカルド。

 そしてフランク騎士屈指の実力者リナルドやオルランドを相手に、一歩も退かぬ武名を轟かせた女傑・インドの王女マルフィサ。

 彼らは帝国の同盟軍という立場であり、正確にはイスラム教徒ですらないが……いずれも劣らぬ猛者ばかりである。


 その後の撤退戦において援軍の王たちは、今までいがみ合っていたのが嘘のように連携し、襲い来るフランク兵たちを次々と撃破していったのだった。


「俺もいるぜ!」スペイン王マルシルの懐刀、スペイン一の屈強の騎士フェロー。

「お前らにばかりいい格好させるかよ!」自称サラセン人一の伊達男、チェルケス王サクリパン。


 名だたるサラセン勇者たちの活躍もあり、それまで不利だった戦線は五分五分の状況にまで膠着した。


「あたしもビックリしたんだけどさァソブリノ。

 何でグラダッソの奴、オルランドの聖剣デュランダルせしめちゃってんのよ?

 報告によれば、あの剣ってマンドリカルドが奪ったのよね?」


「正確にはオルランドが放り捨てたのを、マンドリカルド様が拾った模様です」

 アグラマン大王の腹心、ガルボの老王ソブリノは答えた。

「しかしグラダッソ様と接触した際、彼に譲り渡す決心をされたようですな。一騎打ちで勝利されたのか、それとも説得に応じたのか、詳細は分かりませぬが」


(信じられないわねェ……あれほど英雄ヘクトルの武具を収集する事にこだわっていたマンドリカルドが、事もあろうにいがみ合っていたグラダッソにデュランダルを譲るなんて。

 マンドリカルドの武勇はオルランドにも匹敵するほど。決して易々とグラダッソに後れを取るような男ではない筈なのにねェ……)


 念願の聖剣デュランダルを得たグラダッソは、意気揚々と最前線に出陣し。

 名馬バヤールを駆るクレルモン家の長兄リナルドとの一騎打ちでも、互角以上の戦いを繰り広げたとの事だ。


「……フーン。まあ優勢に戦が進んでるのは結構な事なんだけどさァ。

 そんだけ圧倒してたのに、なんでウチの軍引き上げてきちゃってる訳?」

「それが……グラダッソ様と敵方の騎士・リナルドとの一騎打ちの最中。

 予想外の闖入者ちんにゅうしゃが現れ、両軍ともども戦どころではなくなってしまったのです」


 リナルドとグラダッソの一騎打ちが白熱した頃、サラセン帝国軍の陣営から血煙と悲鳴が上がった。

 現れたのは素っ裸の野獣のような筋骨隆々の大男。熊のような咆哮を上げ、近くにいた兵隊たちを素手で撲殺していった。


 フランク王国軍から歓声が上がった。変わり果てたとはいえ、その大男の正体を知っていたからだ。

 彼の名はオルランド。ブルターニュ辺境伯にして、フランク王国最強の騎士。


 ところが喜びも束の間。フランク王国軍の陣営にもオルランドは突撃し、味方と思い込んでいたフランク兵たちも阿鼻叫喚を味わう事になった。

 オルランドは発狂していた。故にサラセン人・フランク人の区別なく、目につく生き物を次々と惨殺していったのだ。


 結果として一騎打ちは中断。さしもの名馬バヤールも混乱、算を乱してリナルドを放り捨ててまで逃走してしまった。

 その混乱の最中、グラダッソはちゃっかり以前より欲していたバヤールをも入手してしまう事になるのだが。


(何なのよ、なーんか気に喰わないわねェ……ここ最近起きてる事態、グラダッソの奴に都合のいいモノばかりじゃない?

 これからあたし達がフランク陣営に提案する内容だって、アイツの得になりそうな話だし……)


 戦争中断の報告を受け、アグラマン大王はフランク陣営に軍使を派遣。一時休戦の提案だった。

 そしてフランク王シャルルマーニュとの交渉の場を設けるべく、スペイン王マルシルを通じてお膳立てを整えたのである。


 休戦交渉の地は、奇しくもワインで名高い湾岸都市ボルドー。

 後退したサラセン帝国の保持する最前線であるが、ここは元来、フランク王国になびかず独立独歩の気質が強い地域であった。


 宿営用の豪奢なテントにて、両陣営の最高指導者たちは会見するのだった。


**********


「単刀直入に言うとさァ。あの野獣みたいな男、オルランドなんでしょう?

 アンタ達の陣営の騎士じゃない。何とかしなさいよォ」

 アグラマンは意地の悪い声でシャルルマーニュらをなじった。

「聞けばフランク王国内を気ままに荒らし回っては、家畜を貪り食ってるとか。

 あんなのがうろついてる限り、ぶっちゃけ戦争どころじゃあないわよね。そうは思わない?」


「――オルランド殿は理性を失った状態。我らの声とて届きはせぬ。

 現状、我らも手を焼いておるのだ。手が打てるのならとっくにやっておる」

 これはレーム大司教テュルパンの言。


「何とも情けないお話ですなァ~クヒヒ。異教徒に容赦なしと謳われる大司教殿のお言葉とは思えませぬぞォ」

 テュルパンの主張に対し、嫌味ったらしく声を上げる中年男がいた。

 サラセン軍の後方支援担当・スペイン王マルシルである。

「フランク騎士たちは勇者揃いと伺っておりましたが……正気を失った同胞ですら制御できず、領内の荒廃を放置するとは! 騎士の名が泣きますぞォ」


「――なるほど。お話を伺う限り、フランク側の諸兄も困り果てているようで」

 老いた王ソブリノは、マルシルとは対照的に落ち着き払った口調で言った。

「では第三の道を取るべきと、このソブリノは提案いたします」


「第三の……道とな?」シャルルマーニュが問う。


「そう、第三の道とは――我らで手を取り合う事。

 正気なきオルランドはもはや人に非ず。凶暴な獣か、はたまた天の災いといった所でしょう。

 フランク王国とサラセン帝国、両軍の力を合わせ――かの災厄オルランドを取り除くべきかと」


 確かに現状のままでは、戦争どころではない。

 今やフランク領内では「オルランドが来たぞッ!」と流言が飛ぶだけで、民衆は離散し兵たちは怯え逃げ惑うほどだ。

 両国にとってもオルランドの存在は脅威であり、されど単独で排除するには荷が重すぎる。共同戦線を張るという提案は理に適っているように思えた。


 結局この会合は、ソブリノの主張が押し通される形で終結を迎えた。

 オルランドの脅威を取り除くまで両陣営は休戦し、協力体制を構築するに至ったのである。

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