12 記憶の旅・黒崎八式編
ロジェロこと
「月」は過去の精神世界。忘れかけていた彼の現実世界の記憶が蘇るのだった。
**********
小学生の頃の黒崎は、いじめられっ子だった。近所で幅を利かせていたガキ大将のグループに絡まれ、しょっちゅう泣かされていた。
いつものように公園の片隅で泣きべそをかいていると、いきなり怒鳴られた。
「なによアンタ! 男の子のくせになさけないわねっ!」
現れたのは勝ち気そうな、自分と同い年程度の女の子だった。
愛らしい容姿に、呆れた様な顔を浮かべ鼻を鳴らしている。
「だって……しょうがないじゃんか。あいつら5人もいるのに、ぼくはたった一人だし。立ち向かったところで、どうにもならないよ」
「さいしょからそんな風にあきらめてるから、いじめられちゃうのよ!
いい? 男の子はなめられたらおしまいよ。いっしょうパシリにされちゃうわ!」
「……そ、そうなの?」
「そうよ! これからずっと、あいつらにでかい顔されて『パン買ってきてくれよ』ってしいられちゃうのよ!
そんな人生でへいきなの!?」
女の子の言う絶望の未来図を思い浮かべ――黒崎は目の前が真っ暗になった気がした。
「…………や、やだ」
「だったら、たたかいましょ!
だいじょうぶ! わたしもいっしょにがんばるから!」
女の子はやる気満々で拳を握りしめ、興奮気味に叫んだ。現状でも2対5だが、何だかとっても心強い。
しかしここに来て、黒崎はこの協力的な女の子の名前も知らない事に気づいた。
「……きみ、だれ?」
「あ。言ってなかったっけ。わたし、しどうアイ!
アイちゃんって呼んでよね!」
「アイちゃん……か。ぼくはくろさき。くろさきやしきって言うんだ」
「やしき……やっくんね! よろしく! 戦友!」
アイと名乗った女の子は胸を張り、にっこりと微笑んで右手を差し出してきた。
黒崎は
共に戦う仲間として握手をした後、二人は早速行動に移った。
公園を我が物顔で占拠するガキ大将率いる五人組。アイは彼らに向かって大声で叫んだ。
「こうえんはみんなであそぶところよ! ちゃんとわきまえなさいよ!」
「何いってんだぁ、あいつ……」悪ガキどもは早くもイラついていた。
「やーい! おまえのかーちゃん、でーべーそっ!」
「何だとコラ! 親はかんけーねーだろ、親は! おー!?」
子供じみたアイの挑発に、同じく小学生だった悪ガキどもはあっさりと乗った。
逃げるアイを追って散り散りになってしまう五人組。
《いまよ、やっくん。あいつだけぼっちになってる!
ふたりがかりでおそいかかりましょ!》
《なんか、ひきょうな気もするけど……》
《二人で五人に勝つためよ! しゅだんなんてえらんでられないわ!》
こうして、分断された悪ガキどもを一人ずつ。二人で同時に挑みかかり勝利していく。
誰一人として帰って来ず、不安にかられたガキ大将に狙いを定め、前後から挟み撃ちにした。さすがに他の子のように簡単には行かなかったが、二人がかりで必死になって殴り合った末に……ようやく降参させる事ができたのだった。
「ほら! うまくいったでしょ、やっくん!」
「すごいやアイちゃん! 顔、ぼろっぼろだけど!」
「それはアンタだって同じじゃない!」
取っ組み合いの末地面を転がりまくったせいで、二人とも泥んこ、擦り傷だらけであった。
酷い顔同士を突き合わせて、黒崎はアイと一緒に大笑いした。久しぶりに腹の底から、楽しげに笑った。
それから黒崎とアイは、公園でしょっちゅう会っては遊ぶようになった。
時には喧嘩する事もあったが――アイと行動を共にするようになってから、黒崎はいじめられなくなり、楽しい日々を過ごした。
(小学校を卒業間近になって、オレの親の都合で転校する事になって。
それを転機に中学の間は会う事はなかったけれど……
オレにとっての、ヒーローみたいなモンだった)
子供心に。
図書館で読んだ事のある、フランスを救ったという女性の英雄ジャンヌ・ダルクは、きっとこんな感じなのだろうと思った。
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中学になって黒崎は遠くに引っ越した為、
再び会ったのは、たまたま受験した高校が一緒だった為であった。
彼女は一変していた。勝ち気な印象は薄れ、随分と落ち着いた……というより、暗くなっていた。
アイは黒崎の事を覚えていたらしく、一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが――すぐにそれはぎこちないはにかみ笑いに変わった。
久しぶりの会話もどうにもギクシャクして、昔のように話す事ができなくなっていた。
(何だよ、しばらく会わない内に……中学の時に、一体何があったんだ……?)
それからアイの様子や人となりの情報を収集してみたが、消極的でクラスの中でも孤立しかかっている様子だった。
黒崎は考えた末、強引に話を振ってみたり、わざと問題行動を起こしたりして、アイの注意を引いた。彼女も段々、無遠慮な黒崎の行動を本気で怒るようになり――同じく黒崎に辟易していた女子のグループとつるむようになっていた。
高校2年になった時、アイはとても上機嫌になっていた。
どうやら家族ぐるみで付き合い始めた
アイの方から
それからだ。黒崎は
**********
過去の記憶の旅を終えた黒崎の目に映ったのは、月世界の真っ暗な景色だった。
散乱するガラクタの中から、自分が密かに望んでいた瓶を見つけ出す。本来ならそれも、世界から失われたもの。手に取って確かめてみた。
ラベルには「セナプス王の息子セナプスの死の間際の記憶」と書かれていた。
(あのエチオピア王、息子の名前もセナプスなのかよっ!?)
黒崎は心の中でツッコミを入れてしまった。
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