8 内なるブラダマンテ、目覚める
襲ってきた四人組の騎士の正体は、なんとマルフィサのかつての冒険仲間だったらしい。
「えっと確か――」ブラダマンテは戸惑いつつも話を整理しようとした。
「道中聞いた話では、アマゾネスの国で戦っている最中アストルフォが恐怖の角笛を吹いちゃって。みんな散り散りに逃げちゃったって事よね?」
「うむ。それぞれ思い思いの場所にな!」何故か胸を張るマルフィサ。
「で、あなたたちは――何でここにいるの?
ピナベルさんを探してるわたし達に、どうして襲いかかってきたの?」
ブラダマンテの問いに、四人のうちの一人サンソンが答えた。
「頼まれたのだ――騎士としての誓約を盾にされてな。
ヴァロンブローザ近辺を旅する騎士や、ピナベルの行方を探る者を襲って金品を奪ってくるように、と」
彼ら四人をこき使っているのは、ピナベルの妻を名乗る女性だという。
親切なフリをして、旅する四人を家の中に案内し――眠っている隙を突いてふん縛ってしまった。そして「解放して欲しければ自分の言う事を聞け」と、無理矢理迫られてしまったのだ。
「いやその――やり口が完全に詐欺師のソレじゃない。
そんな状況下で結んだ誓約、律儀に守る必要ないんじゃ?」
女騎士は呆れ気味に呻いたが、四人は「騎士たるもの、いかなる状況であれ誓約は絶対だ!」と頑なに鼻を鳴らす。脳筋なのか融通が利かないのか。
「――まあ、いいわ。こうしてわたしとマルフィサがあなた達に勝った以上。
わたし達をその、ピナベルの奥さんの所まで案内してちょうだい。
何故こんな事をしているのか、問い質してみるから。
騎士道精神的には、わたしの言う事を聞いてくれるわよね?」
騎士道うんぬん言われるとさすがに弱いようで、彼らは唯々諾々とブラダマンテに従い、案内役を務めるのだった。
**********
案内されたのは、古ぼけた
四人の騎士に案内され、ブラダマンテとマルフィサは中に通された。
奥の扉がぎい、と開くと――現れたのは、くたびれた衣装を着た貴婦人。美貌の持ち主ではあるが、やや目が吊り上がり、険の強い印象を受ける女性である。
「――何なのです、この女の騎士二人は?
あたくしは『戦利品を持ち帰る』ように命じたハズです。人ごと連れて来いと言った覚えはありません事よ」
不快感を隠そうともせずに、甲高い声で四人の騎士をなじる貴婦人。
「あなたが――ピナベルさんの奥さん?」
「いかにも。その通りですが――何者ですの?」
「わたしはブラダマンテ。クレルモン家エイモン公の娘です。こちらは旅の仲間のインド王女・マルフィサ。
マイエンス家のガヌロンさんの依頼で、行方知れずになったピナベルさんを探しにここまで来ました」
その言葉を聞き、ピナベルの妻は顔面蒼白になった。
まるでこの世の終わりでも来たかのような悲壮ぶりだ。
「クレルモン家の人間に――ガヌロン伯爵が依頼を?」
「信じられない気持ちは分かるけど、事実です」
ピナベルの妻は異様に怯えていたが――やがて意を決したのか、ブラダマンテを睨み据えるように見つめて言った。
「我が夫ピナベルにお会いしたいのですね?
未だ怪我が治り切っておらず、意識も途絶えがちですが。それでも宜しければ」
**********
妻の言う通りピナベルは負傷しており、ベッドに眠ったような状態だった。
(そういう事か――彼の情報がヴァロンブローザで途絶えた理由は。
この地で怪我をして身動きが取れなくなったからって訳ね)
妻の言い分によれば、魔法使いアトラントの事件が解決した後、解放された彼女は逃げたピナベルを追ってここ、ヴァロンブローザまでやって来た。
ようやく夫に再会できたものの、彼は魔法使いの悪事の片棒を担いだ挙句、自分の手で妻を救えず不実を働いた事に――怯え切っていた。
「口論となり、お互い罵詈雑言の限りを尽くしましたわ。でも――
崖から大岩が振ってきて、あたくしが押し潰されそうになった時。我が夫は身を挺して救ってくれたのです」
妻は好意的な解釈をしているが――大岩の事故の際、ピナベルは咄嗟に身動きが取れず、なす術もなく下敷きになっただけだった。
恐らくその場にピナベルがいなければ、大岩は妻の目の前に落ちてきただけで、大事には至らなかったろう。
ともあれ、身を挺した(と勘違いした)夫を救うべく、ピナベルの妻は考えた。
どうにかヴァロンブローザの礼拝堂に運び込み、治療を始めたものの。打ち捨てられた建物の中には薬もロクになかった。彼女自身も、着の身着のままで放浪していた為、先立つ物もない。
そこでこの地を訪れた騎士たちを騙し、彼らに金品を巻き上げさせる事で、夫の治療費を捻出しようとしたのである。
「事情は大方分かったが――無茶な方法を考えたものだな」マルフィサが言った。
「そのような事をしていれば、いずれ強い騎士に打ち負かされ、破綻してしまう。
聞けばマイエンス家はフランク王国でも大勢力だとか。素直に血縁の者に助力を願った方が良かったのでは?」
脳筋なインド王女にしては的確な提案であった。しかし妻は首を振った。
「それも考えました。しかし――このヴァロンブローザの地はフランク領ではありませんし。
あたくしがここを離れ、ピナベルに万一の事があったらと思うと――」
ブラダマンテはピナベルの怪我の具合と、治療処置を観察した。
お世辞にも的確な対応とは呼べない。包帯の巻き方も雑で、不衛生なベッドだ。これでは治る怪我も治らないだろう。
そう思っていた矢先であった。
どくん、とブラダマンテの中で、狂暴な「何か」が蠢いた。
(な――何? このドス黒く、胸を締め上げてくるモノは――!?
いきなり湧き上がってきて、抑えようとしてもどんどん大きくなる――!)
暴れ馬のように「それ」は動き出し、彼女の肉体を突き破って外に飛び出そうと激しくせっついて来る。それは――「憎悪」と呼ばれる感情だった。
ブラダマンテ――いや
《迷う事はない。殺してしまえよ。
ピナベルはわたしを崖下に突き落とし、亡き者にしようとした卑劣漢。しかも、悪名高きマイエンス家の人間だ。ガヌロンをはじめ、あの家に連なる者は全員クズだ。生かしておけば、必ず後の禍根に繋がる》
(あなた――いったい誰よ! わたしの心じゃない。
いきなり無茶苦茶な事を言い出さないでッ!)
余りにも黒く無慈悲で、荒廃した不毛の地のような感情。アイはそれを跳ね除けようと心の中で叫んだが、「それ」は嘲笑うかのように力を増した。
《わたしは――あなた自身。クレルモン家の女騎士ブラダマンテ。
あなたが依代として魂を宿している肉体に――生来宿っていた意思だ。
そのわたしが直感しているんだ。わたしを陥れた不実なる騎士ピナベルは――今ここで殺すべきだ、とね》
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