5 ブラダマンテ、歓迎されず

 シャルルマーニュの夕食が終わって後――彼の下に、急な報告が上がった。

 報告の内容を聞き終えると、王はやや眉をひそめたが。やがて意を決したように口を開いた。


「分かった――我が下へ通すよう、テュルパン大司教に伝えよ。

 エイモンの娘ブラダマンテ。我が血縁にある以上、無下に追い返せぬ」


 王の受け取った報告は、女騎士ブラダマンテのパリ参陣であった。


**********


 ブラダマンテは女性の従者に変装した尼僧メリッサを従え、シャルルマーニュに謁見した。

 王の傍らには筋骨隆々のスキンヘッドの僧侶――大司教テュルパンの姿もある。


「此度のパリへの参陣、嬉しく思うぞ。ブラダマンテよ」


 シャルルマーニュは努めて厳かに言った。言葉自体は彼女を歓迎している風ではあったが、その口調の底には決して喜んでいる素振りはない。

 その微妙な雰囲気はブラダマンテ――司藤しどうアイにも伝わり、彼女はただひざまずいてこうべを垂れている。


「かねてより国王陛下に与えられしマルセイユ防衛の任、放り出して馳せ参じた形になりました事、お詫び申し上げます」


 女騎士は頭を下げたまま、凛とした声で謝罪した。

 いかなパリ陥落の危機とはいえ、ブラダマンテは命令無視をした立場である。


「構わぬ。パリの地は我らフランク王国にとっても要。北にはサン=ドニの聖堂があり、我が祖先たちが墓に眠っている。

 今はパリを護る心強い騎士が、一人でも多く欲しいところであった」


 シャルルマーニュはあくまで、表向きの歓迎ムードを崩さない。

 彼の立場からすれば、クレルモン公は自分を支える有力な諸侯のひとつ。ここでブラダマンテを邪険に扱い、今後の関係を荒立てたくないというのが本音だろう。


(決戦前夜に唐突に一人で現れたところで、そりゃ扱いに困るわよね)


 アイは胸中そんな事を思いながら、シャルルマーニュから新たな任を拝命した。

 メリッサの予想通り、王から命じられた内容は当り障りのないものだった。

 パリ内城、しかも東側の守備部隊のひとつを指揮するというもの。よほどの事態にならない限り、彼女の任された場所が激しい戦闘に晒される事はない。


 ブラダマンテは謹んで王命を承り、その場を退出するのだった。


**********


 その日の夜。持ち場に向かう廊下にて。

 ブラダマンテとメリッサは並んで歩いていた。

 夜空は曇りがちで、今は月明かりすらなく、辺りは薄暗かった。


「なんか、薄々気づいてたけど」ブラダマンテは呟くように口を開く。

「わたしって結構――腫れ物に触るみたいな扱い受けてるのね」


 女だてらに騎士として戦場に立ち、そんじょそこらの男の騎士よりも遥かに腕は立つ。白を基調とした兜や盾は嫌でも目立ち、素顔は美女と持て囃されるのに充分の器量。しかも敬虔なキリスト教徒でもある。

 ブラダマンテの名声は日増しに高まり、劣勢のフランク王国勢にとって数少ない希望のひとつであった。言うなれば彼女は偶像アイドルなのだ。


「――ブラダマンテの存在が大事なのでしょう」とメリッサ。

「だから万一の事があってはならぬと、比較的安全なマルセイユの守備隊長に任じられたのかと」


 シャルルマーニュの思惑も、分からないでもなかったが。

 王国存亡の危機に瀕してまで特別扱いで蚊帳の外というのは、どうにも居心地が悪い。


「ああ、大丈夫だからメリッサ。心配しないで。

 むしろ好都合じゃない。主戦場にならない場所を任されたんなら、こっちの判断でピンチになってる所に救援にも行けるし。

 わたしの目的はロドモンを止める事。パリで武功を上げる事じゃないもの」


 司藤しどうアイは笑顔を見せた。別に落ち込んでいる訳ではないと示したかった。

 何もかも完璧だと思っていたブラダマンテにも、しがらみや苦労があるのだと知って、親近感が湧いたくらいだ。

 メリッサもその様子を見て安堵の顔を浮かべ――やがて言った。


「ブラダマンテ。私は一旦パリの地を離れますわ」

「……どこに行くの?」


「聞けばイングランド・スコットランドの援軍がこちらに向かっているとか。

 彼らが迅速にパリに到着できるよう、道案内をしようかと」

「なるほど、いいアイディアね。メリッサ――頼んだわよ」


 こうしてブラダマンテは明日の決戦に備え休息し――メリッサは増援を確保するため夜闇に紛れパリの街を抜け出したのだった。


**********


 翌朝。サラセン帝国軍の陣営では、赤地に獅子をあしらった旗が翻っていた。

 これはアルジェリア王ロドモンの紋章であり、彼の軍が逸早いちはやく整列しパリ陥落のため気勢を上げているのだ。


 特に士気が高いのはロドモン自身。見覚えのない、赤い鱗帷子スケイルメイルめいた奇妙な鎧を身に着けている。

 元々大柄で、凶暴そうな容姿を持つ男であったが――鎧が変わるだけで剣や兜も全く異なる印象を受けた。


「よいか者ども! このロドモンが一番槍をパリの中心に叩き込む!

 異教徒どもは皆殺しぞ! 決して躊躇ためらうな! 怖気づいた者は我が斬る!」


 そこにアフリカ大王アグラマンが現れ、おどけた様子で言った。

「あらあら、ロドモン。今日はまた随分と気合い入っちゃってるわねェ?」

 口調は軽いが、昨日までとは人が変わったようなアルジェリア王に対し、あからさまに不信感を抱いている。

「皆殺しとはずいぶんと剛毅だけれど、相手が異教徒だからって誰も彼もブチ殺すのは得策じゃあないわ。

 それにその鎧、どうしたのよ? 確かに強そうに見えるけれど、ちょっと薄気味悪いわね――」


「おお、大王さま! この鎧実は、婚約者のドラリーチェが昨晩、我に贈ってきたものなのです!

 竜の鱗を素材にした、なかなかの業物でしてな! こうして身に着けただけで、どんな強敵だろうと一薙ぎにできそうですわい!」


 愉快そうに豪快に笑うロドモン。彼の婚約者といえばグラナダの王女か。

 貴婦人からの贈り物にしては物騒な鎧である。こんなものが輸送されていたなどと、アグラマンの耳には入っていない。

 大王は朝の閲兵に姿を見せた老臣ソブリノを呼びつけて、耳元で囁いた。


(ソブリノ。誰か目端の利く者を斥候に出しなさい。

 あの気色悪い鱗帷子スケイルメイル、本当にドラリーチェ姫の贈り物なの?

 どうにも胡散臭いのよね。ちょっと調べてきてちょうだい)

(御意にございます――)


 ソブリノが斥候を放つのを見届けると――血気盛んすぎるロドモンの様子を見てアグラマンは嘆息した。


「ただでさえ問題山積みの戦だってのに、これ以上面倒ごと増やすんじゃないわよ――」

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