13 ブラダマンテ、仲間たちと合流する
騎士ロジェロ、尼僧メリッサ、美姫アンジェリカの3人が地下牢から脱出し……地上にあるアルシナの都に到達した時、周囲の様子は激変していた。
あれほど目映い輝きに満ちていた街の建物は、寂れた廃墟のようになっていた。古ぼけた植物にびっしりと覆われ、陽気で賑やかだった頃の面影はない。
「ここが、アルシナの都……?」ロジェロはポカンとした様子で呟いた。
「恐らくは、ブラダマンテですわ」メリッサが答える。
「アルシナの魔術に対抗するため、指輪を使い……まやかしの力を中和したのでしょう」
「じゃあ、私の指輪はブラダマンテが持ってるのね!?」
アンジェリカはやや興奮気味に声を弾ませた。
「早く彼女と合流しましょう! アルシナや彼女の手先と鉢合わせする前に!」
「慌てないで下さい。まずは足を確保しましょう」とはメリッサの弁。
「お二方の地下牢に赴く前に、
先にそちらに寄り、名馬やロジェロ様のヒポグリフを奪還いたしましょう」
「なるほど……確かにその方が良さそうだな」ロジェロは頷いた。
メリッサの言葉と案内に従い、ロジェロ達は厩を目指して走り出した。
移動途中、都の元住人と思しき連中とすれ違う。ホブゴブリンや
しかし今はアルシナの術が解かれ主も逃げ去った後のため、ロジェロ達を見ても襲ってくるどころか、混乱して右往左往する始末であった。
「今なら余計な足止めも食わずに進めるな。ありがたいこった」
「当然でしょう! なんてったって、私の指輪の力なんだから!」
ロジェロの感嘆の言葉に、アンジェリカは己の手柄のように胸を張るのだった。
**********
ブラダマンテは宝物庫に辿り着いた。
ここに押収されたロジェロ達の装備品が眠っているはず。取り戻さなくては!
……と意気込んだものの。扉に鍵が掛かっていて開かない。
施錠の魔法はアンジェリカの指輪で無効化できたが、通常の鍵が立ち塞がった。
「ああ、もうッ! 中世ファンタジー世界のクセに二重ロックとか生意気よ!」
苛立ち紛れに無茶苦茶な悪態をつき始める
先ほど貞操の危機に晒されたのが、よっぽど腹に据えかねたらしい。
「下田! 下田教授! 聞こえる?」
アイは現実世界の
やや間が空いてから、ようやっと返事が来る。
『お、おう……アイ君か。どうした?』
「宝物庫の鍵を開けたいんだけど、どうすればいい?」
『うーむ。私に聞かれてもな……ブラダマンテの力で無理矢理こじ開けるしかないんじゃないか?』
「人をゴリラみたいに言わないでよね!?」
アイは半ば自棄になって、力づくで錠前を引っ張った。
すると……バキリと乾いた音がして、鍵が破壊されてしまった!
「……えぇえ……」
『ホラ、言った通りだろう? ブラダマンテの身体能力は割合チートだからな。
意外と力技で切り抜けられたりする事もある。便利だろう?』
下田の言葉とは裏腹に、アイはショックを受けた様子だった。
「確かに便利だけど……ヒロインとしてどーなのよコレ?」
『廃墟だし錠前も錆びてて脆かったんだろ。それで納得しておけ』
「そのフォロー投げやりすぎない!?」
『気にしたら負けだぞ、アイ君! 上手く行ったのだから、早いとこ目的を達するべきだ』
アイは涙目になりつつも、宝物庫の中身を漁った。
アストルフォの黄金の槍。ロジェロの名剣ベリサルダ。アトラントの魔法の
後は自分用の
「後は……メリッサを探さなきゃ。
下田教えて! メリッサは今、どこにいるの?」
『……すでに地下牢を出て、地上に脱出しているようだ。
「ありがとう! これでスムーズに合流できるわね!」
『……で、済まないがアイ君。ちょっとこっちは今、色々と立て込んでいてな。
しばらく連絡が取れそうにない。ゴタゴタが落ち着き次第、またこちらから念話を送るから』
唐突に不穏な通達をされ、一瞬戸惑ったアイだったが。
その言葉を最後に、下田からの念話は一方的に途絶えてしまった。
**********
果たしてブラダマンテが魔女の居城を脱出し、地上の街――今は廃墟だが――に出ると、辺りは朝焼けに包まれていた。
アルシナの幻覚が支配していた頃は、昼夜も時刻も判然としない不自然な明るさを保っていた世界であったが……今はすっかり外の世界の色に染まっている。
(あのアルシナって魔女……時間を、老いを憎んでいたのかしら……?
だから都にいる間、時間の概念もなく、飽きる事もなく、耽美な世界が永遠に続くような錯覚を……)
道中、都の住人だったろう妖魔にも幾度も出会ったが、アルシナの支配が解けた今、彼らにこちらを攻撃する意思はないようだった。ブラダマンテの気配に気づくと、どこへともなく逃げ去ってしまう。不要な戦いで時間を浪費したくないアイにとっては好都合ではあったが。
やがて蹄の音が聞こえてくる。しかも複数。
住人のほとんどが混乱して逃げ隠れる中、わざと騒音を立てて目立つような行動を取る者たち。
「……メリッサね!」
アイは希望に顔を輝かせ、蹄の音のする方角へ向かった。
そしてあっさりと遭遇する。翼が生え、鷲の頭を持った馬の幻獣ヒポグリフに乗ったロジェロと。
灰色がかった美しい葦毛の
その並走する姿は、500ヤード(約460メートル)離れていても視認できるほど目立っていた。
「メリッサ! それにロジェロと……あと誰? その綺麗な
「アンジェリカよッ! 前に一度出会った事あるでしょう!?」
アンジェリカは気色ばんだが、アイにとってはブラダマンテに憑依して間もない頃に一目見たきり。記憶が薄らいでいるのも無理からぬ事かもしれない。
「……驚きましたわ、アンジェリカ。貴女、乗馬もお上手ですのね。
その馬は確か、アストルフォ様の馬でしたのに」
メリッサが感心したように言うと、アンジェリカは得意げに鼻を鳴らした。
「アストルフォのじゃないわ! この馬はラビカンと言ってね。
元々は私の弟アルガリアが乗っていた、魔術で造られた生き物なの。
普通の馬みたいに草を食べない。空気を食糧とするの。だから排泄もしないし、地上のどんな馬よりも速く走れるのよ!」
なるほど魔法で造られた生物ならば、熟練の魔法使いであるアンジェリカが乗りこなせるのも道理……なのだろう、多分。
(うわー。サラッと言ってるけど、隣のヒポグリフより無茶な設定の馬だわコレ)
油断していると唐突にトンデモ設定が盛り込まれてしまう。
「狂えるオルランド」の世界恐るべしだと、アイは心の中で嘆息した。
「ブラダマンテ、御無事で何よりですわ! ねえ、ロジェロ様?」
「お、おう……そうだな」
メリッサの弾んだ声に、微妙に目を逸らし頬を掻くロジェロ――
「まあ、まるっきり無事って訳じゃあなかったけど……」
先刻の淫靡な危機を思い出し、微妙に赤面して視線を逸らすブラダマンテ。
途端にメリッサの顔色が変わった。
「えっ……ブラダマンテ。
もしかして魔女アルシナに……ミンネを奪われたとか!?
なんという……なんという羨まけしからんッ!」
「
ミンネ。騎士道精神における貴婦人との恋愛、あるいは恋愛譚の事を指す。
字面だけ聞くと崇高そうに思えるが、実際のところ肉体的な欲求をオブラートに包んで置き換えているだけの事も多い。
早合点したメリッサにがっくんがっくん揺さぶられ、アイは慌てて言った。
「ちょっとメリッサ、落ち着いてよ! ロジェロも勘違いしないッ!
大丈夫、心配しないで。一線は何とか守り切ったわ!
……っていうかメリッサ。何か今、『うらやま』って一瞬聞こえたんだけど?」
「アルシナみたいな魔女に奪われるぐらいなら、いっそ私がッ!」
とてつもなく聞き捨てならない爆弾発言が尼僧の口から飛び出したものの。
アンジェリカから「今は都を脱出するのが先決でしょ」と助け舟が出て、二人はようやく我に返ったようだ。
ブラダマンテは宝物庫から奪い返した名剣ベリサルダと魔法の光を放つ
「ブラダマンテ様。元々は私のものだった指輪、貴女がお持ちですよね?
こうして合流できたのですから、是非とも指輪を私にお返し――」
アンジェリカが目ざとく女騎士に猫なで声で言い寄ろうとしたのを、ロジェロが制した。
「おっと、アンジェリカ。そいつはまだできない相談だ。
まだオレたち全員の安全が確保できたとは言い難い状況だし、今アンタに指輪を渡したら、その魔力を使ってトンズラされるかもしれねえ。
それにアンタとは、ブラダマンテも交えてじっくり話したい事がある。
指輪の返却はアンタの知ってる情報を全て聞き出してからだ、いいか?」
ぴしゃりと言われ、アンジェリカは恨めし気な視線をロジェロに送ったが……駄々をこねている場合ではないと彼女も悟ったのだろう、無言で頷いた。
一行は脱出劇を再開した。
ブラダマンテはメリッサの変身した天馬ペガサスに。ロジェロは幻獣ヒポグリフに。アンジェリカは名馬ラビカンに。それぞれ跨って、疾風の如く廃墟の中を駆け抜けていくのだった。
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