12 ブラダマンテ、貞操の危機?

 女騎士ブラダマンテ――司藤しどうアイは、力が入らず倒れかかるのを、魔女アルシナにどうにか支えられる形だった。

 先ほど口の中に押し込められた丸薬をどうにか吐き出したものの、頭の中に霞がかかったようで、思考がまとまらない。


「ふふ、効いてきたわね」アルシナは舌なめずりをした。

「薬といっても、そんなに怪しげなモノじゃあないのよ。

 リンゴ、ザクロ、イチジク、タマネギ。サフラン、ナマコ、ヒツジの睾丸、マンドラゴラ。

 いずれも強壮作用があるというだけで、我が魅了の催淫効果を手助けするだけのモノだもの」


(後半の材料がスゴく怪しいんですけどォ!?)


「くッ……離して……離、し――」


 しなだれかかる魔女の肢体に、抵抗らしい抵抗もできず――ブラダマンテは首筋に指を当てられた。

 アルシナはつつ、と指を這わせた後……なぞった箇所を噛みつくように、幾度も唇をあてがった。


「あッ……うぅ……」

「いいわねェ。程よく逞しく引き締まった筋肉……それでいて、女性らしい綺麗なラインも保ったまま。

 女だてらに第一線で戦い続けてきた、騎士の名に恥じぬ素敵な身体。

 とっても、とっても好みよォ!」


 アルシナは女騎士の首から鎖骨にかけて好き放題、口づけと唾液で濡らした後、恍惚とした様子で彼女の耳にフウッと吐息をかけた。アイはぞくりと悪寒を覚えたが、同時に快感めいたモノも湧き上がり、されるがままである。


「痛ッ」

「あらあら、ごめんなさい。左肩を怪我していたのね……

 大事に扱わなくちゃ。痛くしないように」


 言葉とは裏腹に、女騎士の苦痛に歪む様を見て、嗜虐の笑みを浮かべる魔女。


「とはいえ、このままじゃあお互い楽しめませんわ。

 貴女の鎧や身体を支えたままというのも疲れるし、ベッドに運ばなくっちゃね」


 悪徳の魔女はパチンと指を鳴らした。

 程なくして、美女二人が部屋に入ってきた。ブラダマンテが都に入った際、一角獣ユニコーンに乗って出迎えた魔女の付き人たちだ。

 彼女らに支えられ、なす術もなくアルシナのベッドに横たわるブラダマンテ。


鎖帷子チェインメイルが邪魔ねえ。

 ちょっと薬が効き過ぎちゃったかしら? 無抵抗なのを弄ぶのもイイんだけど。

 本当の快楽というのは、一方的な関係ではダメなの。互いが互いを求め合って、共に絶頂を迎える事に意義があるのよ。

 だからブラダマンテ。わらわだけでなく貴女も――愉しんでくれなきゃ意味がない」


 付き人たちは、ブラダマンテの鎧をどうにか脱がそうと悪戦苦闘している。

 ぐったりした人間の鎧を脱がせる作業は意外と難儀なものだ。今まで魅了された騎士たちは自ら進んで脱いでいたので、勝手が分からないのかもしれない。


(……指輪を、使わなきゃ……

 このままじゃ、鎧も服も何もかも脱がされちゃう……

 そうなったら、もうわたし……駄目、かも……)


 朦朧とする意識の中、アイは必死で考えをまとめようと足掻いた。

 しかし指輪の解呪の力を使うにも、ある程度の集中力を必要とする。

 薬の作用なのか、思考がまとまる前に解きほぐされてしまうのだった。


「……そうだわ。貴女、ロジェロを知っていたわねェ?

 ひょっとして恋仲? 囚われた想い人を救うために乗り込んできたのかしら?」

「……!……」


 ロジェロの名前を出され、ブラダマンテの表情が一瞬強張った。


「ウフフ、表情が変わった! 図星みたいねェ……

 いいでしょう! どうせなら貴女も、好きな人としたいわよね?

 我が変身の魔術によって、貴女の想い人の幻影を生み出しましょう。

 そうすればきっと貴女も快楽に身も心もを委ね、悪徳の虜となるハズ……!」


(ええええ!? ちょ、それって……!

 ロジェロに変身するって事!? つまり黒崎じゃん!

 ヤだ! 絶対に嫌! 幻影とはいえ初めての相手が黒崎とか……酷すぎるッ!)


 恥辱と困惑がない交ぜになって、アイの思考は激しく混乱してしまった。

 アルシナは、ブラダマンテの狼狽ぶりを見て満足げに微笑み――変化の術を唱え始めた。

 肉体のフォルムが徐々に男性のそれへと変化し、魔女はロジェロの姿になった。


「……さぁブラダマンテ。これで気兼ねなく愉しめるわねェ!」


 ところが、ブラダマンテ――司藤しどうアイの反応は冷ややかだった。


「…………アンタ誰よ」

「……え?」


「どこの男か知らないけど、黒……いや、ロジェロじゃないしそれ!」

「なッ……そんな馬鹿な。確かにロジェロはこの姿のハズ――」


 予想だにしなかったブラダマンテの言葉に、今度は魔女が混乱する番であった。

 二人の認識に齟齬があるのも無理はない。アイが認識していたロジェロの顔は、あくまでも現実世界の黒崎くろさき八式やしきのものである。目つきが悪く斜に構えた、一度でも見たら忘れるはずのない、腐れ縁の悪友の顔がデフォルトなのだ。

 だが魔女アルシナにとってロジェロの顔は、物語「狂えるオルランド」におけるムーア人騎士のそれである。似ても似つかないのだった。


「ロジェロはそんな美男子ハンサムじゃないわ! もっと目とか吊り上がってるし、長時間見てるとブン殴りたくなるよーな生意気な感じよ!」

「え、いや、ちょっと……何を言って――?」


 勢いづいてまくし立てる女騎士に、悪徳の魔女は理解が追いつかない。


「似せるならもっとちゃんとやりなさいよね! このへっぽこ魔女!!」

「へ、へっぽこ魔女!? このわらわが……へっぽこォ!?」


 ブラダマンテの罵詈雑言は、アルシナの自尊心プライドを著しく傷つけてしまった。

 魔女の動揺が激しかったのか、強大な魔力を発していた魅了の術の波動が大幅に弱まった!

 それまで混濁していたアイの精神は、幾分落ち着きを取り戻し――どうにか現状を打破するだけの集中力を得た。


「指輪よ、お願い! 魅了の術を……この街にかかっている全てのまやかしを打ち砕いてッ!」


 ブラダマンテは残った気力を振り絞り、魔法の指輪による術の解除を願った。

 すると指輪は凄まじい輝きを発し――それは一瞬にして誘惑の都全体に広がり、すっぽりと覆い尽くした!


 発光が終わると――豪奢だったアルシナの部屋は、すっかり色褪せてくたびれた廃墟と化していた。

 扉も、装飾品も、何もかも。遥か昔に打ち捨てられた名もなき遺跡に幻覚の術をかけ、光り輝く楽園に見せかけていたのだ。


「貴女、その指輪はッ……道理で魅了の術の効きが悪いと思ったら……!」


 しかし何より大きな変貌を遂げていたのは、魔女アルシナ自身だった。

 アンジェリカの指輪の魔力により、偽りの衣を剥ぎ取られた彼女の姿に……アイは絶句していた。


 肌は不健康きわまる土気色で痩せ細っており、樹木のように皺だらけであった。

 髪の毛も白く乾き、その数もまばらで所々禿げ落ちている。

 身の丈は5フィート(約150センチ)にも満たず、歯も一本もないのか口は内側にすぼまり、まさしく老婆のそれであった。


「……あなた、アルシナ……なの?」


 呆然としたブラダマンテの疑問の言葉に、アルシナは何が起こったのか察したのだろう。

 部屋に飾られていた古ぼけた鏡に、己の真の姿が偶然にも映り込んだ時……魔女は絶叫した。


「ぎィィィィーーーー! 醜い、醜い、醜いィィィィ!?

 わらわを、わらわを……見るでないィィッ!!」


 凄まじい悲鳴を上げ、悪徳の魔女は脱兎の如く部屋を飛び出していった。


「お、お待ち下さいアルシナ様ァ!」

「わたし達は一体どうすれば――!」


 付き人の美女二人も、魔術による仮の姿を解かれていた。

 アルシナと違い、美しい女性の外見は保たれていたが……真の姿は小悪魔めいた容貌であり、もはや清楚な印象は微塵もない。

 奇妙なのは下半身である。片方の足は青銅製で、もう片方はロバの脚だった。

 アイは知る由もなかったが、彼女らの正体はギリシャ神話に登場するエンプーサと呼ばれる女吸血鬼。その名は「雌蟷螂メスカマキリ」を意味する。


 しかし主が狂乱して逃亡したため、エンプーサらも混乱し動けずにいた。

 ブラダマンテは未だ疲労と意識混濁の最中にあったが、今こそ脱出のチャンスと踏んで、どうにか寝室を脱け出す事ができた。

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