13 司藤アイ、黒崎の協力を取りつける
女騎士ブラダマンテ。魂は
異教の騎士ロジェロ。魂は
「なんで……アンタがロジェロやってるのよッ!?」
「声が聞こえた時に、もしやと思ったが……司藤かよ……」
黒崎の顔をしたロジェロは、げんなりした様子で言った。
アイも混乱していた。そして今まで、ロジェロを憧れの先輩・
(ううッ……最悪! この後何をどうするのか分かんないけどッ……
原典だと、ブラダマンテってロジェロに一目惚れして、この時点で相思相愛なんだっけ?
先回りして、アイの狙っていた種類の学食のパンを買い占めたり。
掃除の時にはしゃいで、注意したところに雑巾を投げつけてきたり。
遠回しに好きな男のタイプを聞かれて、翌日クラス中に知れ渡っていたり。
本当に、この男に関してはロクな思い出がない。
「……なんでって言われても。オレだって訳分かんねーよ。
気がついたら、この……ロジェロって名前の騎士になっちまってて」
どうにも証言があやふやだが、どうやら黒崎も魔本「狂えるオルランド」の中に引きずり込まれたようだ。
念話で文句を言った下田教授からは「精査する」と言われたきり、未だに返答はない。
不本意な展開続きではあるが、ひとしきり怒鳴り上げたアイは少しだけ平静になった。
考えようによっては――この物語の世界に自分と比較的近い価値観を持つ人間がいる事は、大きなアドバンテージに繋がる。
例えそれが、事ある毎に自分にちょっかいをかけてきた、鼻持ちならない悪友の腐れ縁であったとしても。
思い直した司藤アイは、大きく深呼吸してから口を開いた。
「わたしも、この本に引きずり込まれたのよ。ブラダマンテ役でね。
下田っていう頭おかしい教授が言うには、物語を最後まで進めてハッピーエンドを迎えれば、また現実の世界に戻れるんだって」
「……マジかよ。っていうかその話、信用できるのか?」
「できない」
「できないのかよ!?」
「でも、他に考えられる方法もアテもないのよ。
黒崎。アンタだって、この本の世界から外に出たいでしょ?」
「……お、おう。まあな……」
「だったら協力しなさい。物語をやり遂げなきゃ、いつまで経っても本から出られない。
最悪の場合、ここで死んだりする、かも――しれない――」
突如、勝ち気だったアイの言葉が途切れてしまう。
思い出してしまったのだ。先ほどの戦いの場面を。
大泥棒ブルネロの右手を誤って斬り落としてしまった事を。そして彼が、谷底へと滑り落ちてしまった時の断末魔を。
「……司藤? 大丈夫か……?」
アイの表情が青ざめているのに気づいたのか、黒崎は心配そうに声をかけた。
「……大丈夫、やり遂げなきゃ……演技だけど、演技じゃない……
騎士の物語だもの、殺し合いだって起きる……当たり前、じゃない……
こんな事で、へこたれてたら……ダメ……」
目の焦点が合っておらず、彼女の瞳は黒崎を捉えてすらいなかった。
自分に言い聞かせるかのように、ブツブツと呟く姿は――黒崎から見ても危うさを強く感じた。
「おい、司藤……! いや、ブラダマンテ。しっかりしろッ!」
黒崎は咄嗟に、女騎士のほうの名前を呼んで、その腕を引いた。
深い考えがあった訳ではない。ただ、物語の名を呼んだ方が、彼女を勇気づける言葉を言いやすいと思った。
「ここに来るまでに、誰かと殺し合ったのか?」
「……うん……」
「それが、恐ろしかったのか。血を見るのが?」
「ううん。血そのものは、割と平気。わたしだって一応、女の子だもの。
ただ……わたしが未熟だったせいで、必要以上に相手を傷つけてしまって。
そのせいで、相手はわたしを殺そうと向かってきて――それが、怖かった」
アイは意外と素直に、自分の感情を吐露した。
黒崎も必死で、彼女を安心させようと考えながら話を続けた。
「……この物語が、中世の騎士道を題材にした話で良かったかもしれねえな」
「どうして?」
「騎士って連中は戦いの中にも、大惨事にならないようルールを作る為に生まれたんだ。ただ略奪したり殺戮するんじゃ、蛮族と変わらねえし」
「…………」
「困った人は助ける。貴婦人は大事にする。必要以上の戦いは求めない――
騎士道のお陰で、凄惨な殺し合いの場面って奴はそんなに多くないんだぜ」
「そう、なんだ――」
黒崎の言葉は、まるっきり気休めという訳でもなかった。
騎士道じたい、実際の歴史において成立したのは、14世紀以降――火縄銃や大砲が発明され、職業軍人としての騎士の価値が形骸化していく頃ではあったが。
「狂えるオルランド」は実際の歴史ではない。生きた騎士道が存在する世界だ。
だから馬上槍試合で打ち負かした時点で決着がついたり、命の取り合いまで発展せず身代金や代償を支払って解決、というケースも見られるのである。
「オレもこの城に囚われるまで、こっちの騎士と実際に何度かやり合った。
危ない目にも遭ったさ」
「――怖くなかったの?」
「ンな訳あるかよ。こっちを打ち負かそうと本気で武器を振り回してくる連中と面と向かって、怖くない訳がねえ。
だから必死だったよ。無我夢中で打ち合って――幸いロジェロって、結構強いんだな。
オレがへっぴり腰なせいで、泥仕合な時もあったけど……何とかこうして、生き延びてる」
司藤アイは、不思議な感覚に捉われた。
目つきの悪い、斜に構えた、憎たらしさしか覚えなかった腐れ縁の顔に……ふと見入ってしまったのだ。
虚勢ではない。ただ素直に、自分を励まそうとしてくれている――そう、感じたのだ。
「だから――その、あんまり思い詰めんなよ。
オレだって生きてこの本から脱出したい。だから……協力するよ。
もしこの先、殺し合いに発展しそうなヤバい場面になったら、オレが何とかしてやるから、よ――」
言葉の最後はぎこちなく、黒崎は目を背けてしまっていたが。
それでもアイにとって、彼の協力的な言葉は救いだった。現実世界の自分を知る者は、今までこの異世界に誰一人として、いなかったのだから。
(……何よ、黒崎のくせに。ちょっとは頼もしい事、言えるんじゃない)
アイは落ち着きを取り戻し――クスクスと笑って言った。
「……なんか、不思議な気分ね」
「え?」
「小学生の頃はさ。アンタが泣いてた事あったじゃない。いじめられっ子でさ。
わたしが割って入って助けてたの、思い出しちゃった。あの時と逆よね――」
「ぶうッ!? お、お、お前……! そんな大昔の事、まだ覚えてたのかよッ!?
ふざけんな! 時効だ、時効! オレは忘れた! 記憶にございませんッ!!」
今度は黒崎が顔を真っ赤にして叫ぶ番だった。
司藤アイは、気づいていただろうか。
今この時――異世界に来てから初めて、自分が心の底から笑えていた事に。
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