4 ブラダマンテ、ロジェロとの馴れ初め
ここは南フランス・プロヴァンス。フランク王国の領土である。
プロヴァンスの地は激しい戦闘状態に陥っていた。サラセン帝国軍の一人、アルジェリア王ロドモン率いる軍勢が攻め寄せてきたのだ。
フランク王シャルルマーニュも臣下の騎士を率いて応戦したものの、戦況は圧倒的に不利であった。
そんな中、フランク王国の白き女騎士・ブラダマンテもまた、必死で戦場を駆け抜け、戦い続けていた。
彼女は無我夢中で気づかなかったが、味方の軍は総崩れになっており、シャルルマーニュの命により撤退を始めていた。
ブラダマンテは襲い来る敵方の騎士を次々と打ち倒しては、味方を鼓舞しようと馬を走らせるが、視界に入る味方の騎士たちの姿は極端に少なかった。
そんな最中、今までとは比べ物にならぬほどの大柄な体格の騎士が、彼女の前に躍り出た。
ブラダマンテは敵の騎士と切り結ぶものの、これまで通り一撃という訳にはいかなかった。振るった槍が弾かれ、じんじんと腕が痺れた。
「クックック! どうやら腑抜けのフランク人どもの中にも、少しは骨のある騎士がおるようだなァ!
我が名はロドモン! アルジェリアの王よ!
汝のような好敵手に出会えた事、アッラーに感謝せねばなるまい!」
両雄ともに槍を捨てると、同時に下馬した。
ロドモンと名乗った異教の王は、
ブラダマンテもそれに倣い、
当時の一騎打ちの作法として、騎乗した状態での槍の戦いで決着がつかなかった場合、剣を抜いての地上戦となる。
馬に乗ったまま剣を振るうのはマナー違反であり、また相手より先に馬を下りると敗北扱いになってしまう為、互いに合図して同時に行うのが礼儀であった。
二人は徒歩にて互いの距離を詰め、白兵戦が始まった。
激しく剣を打ち合い、軌跡に合わせて閃くこと、十合……二十合!
まったくの互角に見えるが、劣勢の中、激しく動き回っていたブラダマンテと、勢いに乗り高揚するロドモンとでは、精神的余裕に差があった。
(くッ……この男、強い……!
だがわたしが敗れれば、ただでさえ強勢な異教の敵軍は、さらに増長してしまうだろう……!)
逆に言えば、ここで総大将たるアルジェリア王を打ち負かせば、劣勢に晒された味方を大いに奮起させる事に繋がるだろう。
負ける訳にはいかない。ブラダマンテは疲弊していたが、闘争心に火がついた。
幼少の頃より、父エイモンや兄リナルドと交じって、剣術や槍術、馬術の訓練に明け暮れた日々。
女性であるブラダマンテを分け隔てなく騎士として育ててきた父は、彼女の中に眠る才覚を見出していたのかもしれない。
疑問に思わなくもなかったが……今は感謝している。
この身を以て、剣と代えられる事を。強大なる侵略者に対し、怯えて逃げ惑うのではなく、立ち向かい打ち倒す力が己にある事を。
「おおおおッッ!!」
ブラダマンテは雄叫びを上げて、ロドモンに激しく突き進んだ。
気合いと共に繰り出される、絶え間なき斬撃! ロドモンはその全てを
「なんと……目の覚めるような連撃か! よもやここまでとは!
さぞかし名のある騎士であろう? 我が剣に討ち取られる前に、是非名を聞いておきたい」
「……我が名はブラダマンテ。クレルモン家、エイモン公爵が娘」
「娘ェ?……女の身でありながら、騎士……だと?
こいつは驚いた! インドの王女・マルフィサのような女傑が、フランク人にもいたとはなァ!」
ロドモンは歓喜に似た声を上げ、ブラダマンテの連撃が疲弊で一瞬、滞った隙を狙って反撃に出た。
今度は先ほどと打って変わって、ロドモンの放つ凄まじい
「くうッ…………!?」
たちまち防戦一方に回るブラダマンテ。今ので攻め切れなかった事は、彼女にとって痛恨のミスであった。
このままロドモン優勢のまま、押し切られるかに見えた。が──
「待たれよ! そこのお二方ッ!
すでに戦いの趨勢は決している! フランク人の騎士よ。
このままこの場に留まっていれば、いずれ必ず討たれる事となろう。
踵を返し、そなたの王の下へと帰還するがよい!」
威風堂々たる大声を上げ、馬を進め割って入った新たな騎士がいた。
見たところ彼はムーア人(註:スペインのイスラム教徒)の騎士であるようだ。しかし、孤立したブラダマンテを気遣ってくれている。
ところが同じく声をかけられたロドモンは、目前の勝利を邪魔されて腹を立ててしまったようだ。
「ええい、無粋な真似を! これは我とこの、白き騎士との一騎打ちぞ!
まだ決着はついておらぬ! ブラダマンテとやら。
よもやこの程度の横槍で怖気づき、我との戦いから逃げおおせるつもりではあるまいなァ?」
挑発するロドモン。しかしこれを聞いて逆に怒り出したのは、戦いを制止したムーア人騎士であった。
「この戦いはこれ以上続けても無意味だ。
命を無駄に散らすは、騎士の本懐にあらず!
アルジェリア王ロドモンよ。そうまでして一騎打ちによる勝利を得たくば、この私、ムーア人のロジェロを倒す事によってもぎ取るがよい!」
いかな騎士道にあるまじき行いを見たとて、敵であるフランク人のブラダマンテを逃がすため、味方であるはずのロドモンに戦いを挑むとは。
ブラダマンテは信じられない気持ちだったが、ロジェロと名乗った異教の騎士の高潔さと豪胆さに感謝の意を示すため、彼に一礼すると馬に乗り、戦場を離脱する事にした。
ブラダマンテの背後で、二人の騎士の激しい剣戟の音が響き渡った。
**********
ブラダマンテはロジェロの好意を受け、一旦は戦場を離れようとしたが……すでに周囲には味方たるフランク人騎士の姿は一人も見当たらなかった。
どうやら完全に撤退するタイミングを逸してしまったようだ。
ブラダマンテはしばし逡巡し……やがて再び馬首を返すと、ロジェロとロドモンのいる戦場を目指して、元来た道を戻った。
(あの異教の騎士、ロジェロと名乗っていたが……
わたしを逃がすためとはいえ、味方同士で危険な戦いを……!
やはり退くべきではなかったのだ。すぐにでも戻り、わたしがロドモンとの決着をつけなくてはッ)
ブラダマンテが二人の決闘の場に舞い戻った時、戦いは決していた。
ちょうどロジェロの振り抜いた鋭い剣の一撃が、ロドモンの持つ
「ぐッ……何という事だ。このロドモンが……!」
「これにて勝負あった。アルジェリア王ロドモンよ、潔く退くがよい。
丸腰のそなたを討ったとて、我が武勲の誉れにもならぬ。何よりそなたとは同胞であるがゆえに」
堂々たるロジェロの勝利宣言に、ロドモンはがっくりとうなだれた。駆けつけたブラダマンテにも謝罪をした上で、落とした武器を拾って、とぼとぼと自陣へと帰っていった。
騎士としての礼節。強さ。高潔さ。そのいずれをとっても。
ロジェロは異教徒とはいえ、ブラダマンテが尊敬と思慕の念を抱くに十分すぎる男だった。
「本当にごめんなさい。その……助かりました」
ブラダマンテは礼を述べたが、ロジェロは騎士に相応しき行いに従ったまで、と謙遜した。
彼女はその場で別れようと提案したが、ロジェロはブラダマンテを気遣い、共に行こうと聞かなかった。
意外に思えるかも知れないが、異教徒どうしであっても、戦いが終われば語り合ったり、友情を深めたりする大らかさが、この時代にはあった。
道中、ロジェロは自分の血統について語った。かのトロイの王子にして英雄ヘクトルの血を引く者であると。
それを聞いてブラダマンテもまた、自分の出自を隠す事なく名乗る事にした。
「わたしはブラダマンテ。
クレルモン家エイモン公爵の娘にして、十二勇士リナルドの妹です」
「娘……妹!? あなたは……女性だったのか。若々しい声だとは思ったが」
兜を身に着けているせいもあったが、あの豪勇なるロドモンと互角に打ち合った白い騎士が、女性だなどと思いも寄らなかったのだろう。
ロジェロは心底驚いた声を上げたが……やがて言った。
「不躾なお願いをさせてもらうが……どうかその兜を脱いで、お顔を見せてはくれないだろうか?」
「……分かりました」
ロジェロの求めに従い、ブラダマンテは白い羽根飾りのついた兜を外した。
たちまち輝くような金髪がこぼれ落ち、息を飲むほどの美貌を持った顔が露になった。
ロジェロはしばしの間、魅入られたように女騎士の素顔を呆然と見つめていた。が……返礼として彼もまた、同じく兜を脱いだ。
そこに現れた顔を見て──ブラダマンテは驚きの余り絶句した。
(え……嘘……
ブラダマンテ……いや、正確には中の魂である
彼女の呼び起こした記憶の中にあるロジェロの素顔は、紛れもなく憧れの先輩、
「……ど、どうしました? ブラダマンテ」
夢見るような瞳でじっと見つめられ、
ブラダマンテは我に返ると、何でもない風を装いながらも──礼儀正しき異教の騎士に、少なからぬ好意を抱いている自分に気づいたのだった。
そこから先の記憶は、勢いを増した急流のごとく流れていく。
ロジェロと二人でいる所に、サラセン人の奇襲を受けた事。
兜を外していたブラダマンテは、頭に傷を負い……必死で戦った末、ロジェロと離れ離れになり、森を彷徨った事。
森で偶然にも癒しの力を持つ隠者と出くわし、治療を受けた事。
それらの記憶を経て、ブラダマンテの回想は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます