歪んだ街

みぃまん

第1話 605号室

 どこにたどり着くのかわからないような狭い道を1人の男が歩いていた。薄汚れたその道の両端には、いつからそこに捨てられたのか判らないゴミ袋がいくつも放置されていた。男は足元のゴミ袋に当たらないよう道を進む。

 男はおもむろに腕時計で時間を確認すると、午後9時36分と表示されていた。予定通りの時間。少し道幅が広くなった道をそのまま進み、この辺りでは小綺麗な感じのマンションに入る。

 オートロック式の入り口で「605」の呼び出しをすると、いつも聞こえてくるはずの声とは違う声がスピーカーから聞こえてきた。

「俺です。近藤です。」

『おぅ。』

 真横にあるガラスのドアが静かに開くと、近藤はマンションのエントランスへ進んだ。それと同時にエレベーターが開く音がしたので近藤が目線をやると、エレベーターから40代ぐらいの派手めな服を着た女が降りてきた。男に気付いた女は少し笑みを浮かべ、肩から下げていたブランド物のバッグを軽く叩くとマンションの外へ軽い足取りで去って行った。

 近藤は、『取り戻したんだな』と呟くと女がいなくなったエレベーターに乗り込み、6Fのボタンを押した。


 605号室とだけ書かれたドアの前に着くと、近藤は5回ドアをノックした後にポケットから取り出した鍵でドアを開けた。玄関に男物の靴が3足綺麗に並んでいたが、自分の脱いだ靴は横に置いてある棚に入れ、モスグリーンのスリッパを履いて奥の部屋に進んだ。

「おはようございます。」

 近藤が控えめな声で挨拶をすると、キッチンの横にあるゆったりしたソファからインターホンで聞いた声がした。

「おぅ。近藤ちゃん来たか。そんな時間なんだな。」

 薄茶色のスリムなスーツを着たその男は、コーヒーを飲み干し立ち上がる。

「え?安立さん、もうお帰りですか?」

 近藤が愛想笑いを浮かべながら飲み干されたコーヒーのカップを手に取ると、安立は近藤の肩を軽く叩き、醜い笑顔でそっと耳打ちをしてきた。

「コレと待ち合わせしてるからよぉ。」

 突き立てた小指を近藤の目の前でちらつかせたが、その小指は半分で消えていた。

「あ、こっちじゃわかんねぇか。こっちの手か。あははは!」

 安立はそのまま背中を向け、玄関に去って行った。



 

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