義理だと思った?

アレクさん

第1話 義理だと思った?

 どいつもこいつもバレンタイン、バレンタイン、バレンタイン。


 周りはチョコを配ったり、チョコレートを交換したり、恋人を作ったりと色気づいている。

 俺はこのイベントが一番嫌いだ。モテない俺とは、全く無縁なイベントだからだ。

 クリスマスは冬休みにあるため、あまり意識しなくていいが、バレンタインはほぼ毎年平日に被ってしまうため、周りが浮かれているとどうしても意識せざるを得ない。


 そして今年は、特にこのイベントが憎い。

 なぜなら、毎年チョコレートをくれる妹が今年は、俺には渡さないと言ってきたのだ。


「えっとね、お兄ちゃん……。今年は、その・・・“特別なこと„がしたくて……その、今年はごめんね…?」

 毎年、学校の男にはチョコを渡さず俺のために作ってくれる妹が、色気づいてしまったのだ……。

 おのれバレンタインデーめ、許すまじ。



 今日の分の授業がすべて終わり、放課後、俺はなかなか帰れないでいた。

 決して、まだチョコが貰えるかもしれないという可能性に期待しているわけではない。

 家に帰るのが嫌なのだ。家に帰ると、妹がどんな表情で待っているかが怖い。もしかしたら、恋が実って惚気話を聞かされるかもしれない。大好きな妹の惚気なんて聞きたくない。


 そんなことを思いながら自分の席でふて寝をしていると、19時になっていた。生徒は学校から、完全下校しなくてはならない時間だ。仕方なく、帰り支度をして帰路につくことにする。

 もちろんこんな時間まで学校にいたとしても、机の中や下駄箱にチョコが入っているなんてことはなかった。


 帰路についたはいいが、やはり家に帰る気にはならない。

 帰り道にある公園によって、時間をつぶすことにしよう。


 そう思い、公園に入って自販機で缶コーヒーを買い、ブランコに座ろうと移動する。

 しかし、どうやら先客がいたようだ。

 同い年くらいだろうか、制服を着た女の子が俯き加減に座っていた。

 バレンタインで玉砕したのだろうか。


 少しためらったが、隣のブランコに座ることにした。

 しばしコーヒーを飲みながら空を見上げ、ふと隣の女子を見やった。


 腰まで伸びる長い髪に、首元にはマフラーを巻いている。上着はブレザーだけでコートも何も羽織らず、とても寒そう。ずっと俯いていて、顔はよく見えない。

 手元には、小さな箱を持っている。おそらくその中には、バレンタインのチョコが入っているのだろう。


「あなたも、玉砕したんですか……?」

 視線を外し、もう一度空を眺めていると、不意に声をかけられた。

「玉砕っていうか、元々俺はバレンタインとは縁のない人間だ」

「つまりは、誰からもチョコレートを貰えなかったってことですよね?」

「そ、それは……」

 なぜ初対面の女子に、そんなことを言われなくてはならない。失礼な。

「私も、渡せなかったんです。チョコレート」

「あぁ、何となく察してるよ」

 じゃないと、特別な日に寒い中、一人で公園のブランコにいることなんてないだろう。

「私の思い人には、毎年チョコレートをあげてるんですけど、今年は少し特別なことをしようと思ってたんです」

「毎年って、彼氏か?」

「いえ、それ以上に大切な人です」

 彼氏以上に大切な人………。

「だから今年は、チョコレートをあげる素振りは見せずに、驚かせようと思ってたんです」

「だけど、渡せなかった?」

「はい。いつもはすんなり渡せるんですけど、今年は一向に渡すタイミングがなくて・・・。たぶん、他の女の子から貰っちゃったんでしょうね。それで今日はその子と、デートでもしてるんでしょう」

「でも、そいつは恋人以上に大切な人なんだろ?だったらなんで…」

「だからです!恋人以上だから、私の傍から離れていってもおかしくないんです…」

 そう言って彼女は、俺の顔を見上げてきた。目には涙が溜まっており、今にもあふれ出してしまいそうだった。


「えっ・・・・・・」

 しかし俺は、それ以上に気になる点があった。

「え……、お兄、ちゃん……?」

「……かえでか?」

 ずっと、話していた女子は、妹だったのだ。


「お前、どうして……?」

「お兄ちゃんこそ……」

 こんな偶然ってあるのか?てか、なんで今まで楓だと気づかなかった。

「俺は、お前が他の男にチョコ渡すって言ってたからそれで、何となく家に帰りずらくて……」

「え!?私そんなこと言ってないじゃん!ずっと家で待ってたのに…」

「だって、お前、特別なことって……」


 そこでふと思い出す。今朝、楓が言っていた言葉を。


『えっとね、お兄ちゃん……。今年は、その・・・“特別なこと„がしたくて……その、今年はごめんね…?』


 そういや、他の男に渡すとは一言も言っていないじゃないか……。


「だったら、あんなに恥ずかしそうに言うんじゃねぇよぉ。てっきり、好きな男が出来たから、そいつに渡すんだと思っちまったじゃねぇか」

「そ、そりゃ!恥ずかしいよ……」

 そう言って楓は、少し俯く。

 そしてもう一度顔をあげ________________。


「だって、初めて本命チョコ作るんだもん……」

 そう言って楓は、俺にチョコを渡してきた。

「お、お前……」

「お兄ちゃん、いつもありがとね。大好きだよ」



「ハッピーバレンタイン」

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義理だと思った? アレクさん @arekusan

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