真夜中に踊る
三つの目(加筆修正版)
時計の針は二時を指した瞬間にチャイムが鳴り、巡回の時間になったことを示している。仕事の内容としてはとても楽なのだが、気負いするのは致し方のないことだなと思う。それでも不気味で拘束時間の長い病院よりはマシだし、ここに忍び込もうとする酔狂な人間などいないだろう。
監視カメラを見ているだけでも十分な物ではないかと思うのだが、そうもいかないのが夜間警備の仕事だ。見守っているのは希少価値のある美術品なのだから仕方がない。先ほどここに勤めて十年になる先輩(先輩と言っても歳はもう五十を過ぎている)が巡回に行ったのだから、次は後輩の自分の番である。
「じゃあ、そろそろ見回り行ってきますね」
「はい、お願いします。気を付けてね」
こちらに向かって落ち着いた物腰で頭を下げた先輩は、また監視カメラを見つめ始めた。楽な掛け持ちの仕事を探していて見つけた短期のバイトとしては、目標としている金額に一番近いものだった。他にもこのバイトに応募している人はいたが、若かったのは自分だけだった。
懐中電灯を持って管理室を出て、そのままいつものルートに沿って歩き始めた。非常灯だけの薄暗い廊下を歩いて行くと展示ルームに出た。明日から新しい展示会が始まる。芸術に興味がないので、一回見れば見飽きていた展示品が変わっているということで新鮮な気分で見回りをした。
それにしてもだ、警備の仕事がこんなにも退屈な物だとは思っていなかった。もう少し緊張感がある物だとばかり思っていたのだが、いや、美術館だからこそ、怪盗や泥棒に狙われるイメージがあったからこそ、そう感じているのかもしれない。
まぁ、これで賃金が発生しているのだから非常に気が楽である。もう一つの居酒屋のバイトは忙しなくて疲れがどっと来る。こうして、展示品の絵や装飾品があるか確認しているだけで良いのだから。
カタカタッ!
「何だ?」
電気が走ったような冷たさが全身を駆け巡った。鳥肌は総立ちしていて、少しばかり震えている。何かの音が聞こえたと思ったのだが、気のせいだっ――。
カタカタッ!
気のせいじゃない。何かの音が聞こえる。それは金属と何かが擦れているような音だ。無線を入れてすぐにこの事を伝えようと思ったが少し考えた。もし美術品を狙った泥棒であるなら自分が危険だ。小声で話をしなければ。
「すいません。今特別展示の方から……物音がしました」
『ピッ――何だって? 聞こえないよ――ピッ』
「特別展示の方から物音がしたんですよ。カタカタって」
『ピッ――特別展示の方には何も映ってないよ――ピッ』
「今さっき物音がしてたんです。良く見てください」
『ピッ――もしかしたら展示品が落ちたのかな――ちょっと見てきてくれるかな――ピッ』
何とも軽い感じで答えてくれたものだ。本当にそれで対応はあっているのかと不安しかない。恐る恐るゆっくりと特別展示の方へ歩いて行く。中に入るとそこには先ほどまで見ていた展示品とは違う趣の物が展示されていた。そういえば「アイヌ民族の戦いと儀式」と銘打たれた看板が入口にあった。
カタカタッ!
またあの音が聞こえてきた。今度はすぐ近くだ。そう、思っているよりも近い。右側のショウウィンドウ越しに聞こえた気がした。見れば、そこには刀が展示してあった。
日本刀よりもやたらに太いその刀は「アイヌ刀」と書いてあった。
カタカタッ!
今刀が揺れた。確かに動いた。気のせいでは決してない。刀が動いて――
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ――
「刀が! 刀が!」
無線に大声で訴えようと思ったが、何をどう言ったら良いのか冷静に――。
バリーン!
「あ!」
ガラスの割れた音が響いた後、暗闇に浮かぶ三つの目を見た途端に意識が遠のいていった。次第に視界は狭まっていき、眠る時のような穏やかな暗闇が全てを覆い尽くした――。
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