第10話 『共産党宣言』

「どうしてこうなった!?」


 さきほどから内心で悲鳴のようにリフレインしている。


 僕は今赤の広場で演台に立っている。目の前には大勢に軍人が整列している。この場にいない人たちも、ラジオを前にして今か今かと僕の演説を待っているのだろう。

 脳内メモリにインストールされていた原稿あんちょこを読み上げるだけの簡単なお仕事です。嘘、めっちゃ緊張してる。


「ああ、種族をオートマトン自動人形にしておいてよかった」


 様々な知識がプリセットされているので参照できるし、感情を制御できるので落ち着いたいかにも指導者スターリンっぽい雰囲気を演出できている。鉄男だからと深い考えもなく選んだのだが、ナイス当時の僕!



 さて、なぜこんなことになっているのかというと、あの人民委員会議での僕の発言に起因する。どちらの言い分も理解できて、こんな重要な意思決定なんてできるはずもない。

 なにせ僕はまだ400歳に過ぎないのだ。

 だから、みんな冷静になろうよ、と言ったつもりが、なぜかラジオに向かって演説する羽目になってしまった。


 自分で言っておいて意味が分からない。

 

 なんとなく流れを察するに――。


 静止を呼び掛けたのだから、偉大なる指導者には腹案があるに違いない!


 と、トロツキーが修飾に満ちた言葉を連ねてきたので、ちょっと時間をくださいといったつもりだった。それがなぜか、演説するための時間が欲しいからだと曲解されて、流されるままに今に至る。


 節穴か!


 なんとなくだが、トロツキーにうまく乗せられた気がするのけれど、気のせいだよね?

 覇気のある美人にヨイショされると非モテとしては、いい気分になってしまうんだよ。仕方ないね。



 僕、大勢の前で話したことなんてないんだけれど。学校もすべてオンラインスクールだったし、ゲーム内のフレンドも通信でやりとりするだけだった。

 最後に生身の人間を見たのは、100年前だろうか。心配した母に叩き出されたんだっけ。


 こうなりゃ自棄だ! 男は度胸!


 データから適当な演説原稿をサルベージして、なんとか切り抜け……られるといいなあ。

 身体の動きもマニュアルからオートに変えて、身振り手振りも完璧なはず。心の動揺は抑えられないけれどね。

 ガワだけでもなんとかなるのは助かる。張りぼてだけど。張り子の鉄人スターリンだけど。

 とりあえず、これでも使おうか。



 ――その名も『共産党宣言』。

 


 中身知らんけれどタイトルがかっこいいからこれにしよう。そうしよう。


 異世界に『共産党宣言』が誕生した瞬間だった。


 レーニン? 細けえこたあいいんだよ!

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