第2話 出会い
この満点の星空は私に何を見せてくれるか?
星の数を想いの数なのだと言った人がいた。その言葉はどんな表情をしながら言ったのだろうか。しかし、なるほど。それは間違いではないのだろう。人間は多くの願いを持って生きるのだと思う。そんなものはただの欲望だと笑ってはいけない。私たちはどうやって今まで発展してきたというのだろう。その固定化された側面だけでそのものの価値を決めてはいけない。我々には解釈をする自由があるのだから。そういえば彼女も空を見上げることが好きだった。
かつて、私が住んでいた場所には不思議な物語があった。この空はとある王が作ったというのだ。笑ってしまう、王だって人間に変わりはないのに。王がまるで神様みたいな所業を行えるのだろうか?何者かと契約して行われたというのならば、その物語にいくらか同意できたのかもしれない。けれども、結局はこれも外面から見た解釈だな、さて。と私は目を伏せ続けることはやめて、ゆっくりと顔をあげる。あーあ。これだから好きじゃない。まるで、自分だけが取り残されているみたいだ。
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この空に浮かぶのは天上のオブジェ。昔々・・・と始まる御伽噺はきっと誰もが聞いたことある言葉であって、誰もが想像を馳せたのではないかと錯覚させる。何度も聞かされるお伽話。そして、その御伽噺の光景が目の前にある!・・・なんて素敵なのだろう。僕はこの風景がいつまで経っても好きだ。
子供っぽいと言われるかもしれないけれど、幼い日に見た輝きは、今も消えずに残っている。
星空と一緒で街明かりのない場所は空の文様がとても綺麗に見える。
それだけで、なんだか嬉しくなってしまう。
でも、今の僕の状況を振り返り、想像を馳せているだけではいられないなあとも考えていた。夜のとばりが降りている。もう少しで闇があたりを支配するだろう。それでも残る明るさから、その物体の存在はわかってしまう。目の前に映る記念碑。なあ、僕はどうしてこんな場所に来たのだろう。
加えて、警察官も配備されていた。だから、この場所は、こうして事故の起こった日、年に一度しか開放していない。
今なお、ここはまだ危険地帯にはかわりないのだな、とどこか冷めた目で僕は見ていた。・・・これで、どれだけ悲惨な事件だったのかがわかるだろう。
後ろからポンと頭を叩かれる感覚。
「手を合わせましょ、あなたにとって辛い場所であってもそのぐらいはしてくれないと、私は兎洞を恨むわ。」
ニヤッとした、という言葉が似合う表情をした少女がいた。
黒、青髪にその自信があって傲慢そうな表情。ß
「・・・奇遇だね、那古。会うだなんて。」
「奇遇かしら・・・?毎年ここにはきてますもの、きっとあなたが私を避けていただけでしょ?」
あなた、という呼びかけに悪意を感じつつ僕は手を合わせる。
しぶしぶ、でもない、悲しみを持って、でもない。
これは他人事、といった感覚だ。
那古は、小学生の頃の幼馴染だ。しかし、事故の後からめっきりと会うことはなくなった。それはきっと僕にもいくらの理由はある。何度か手紙が来たことも覚えている。けれど僕は・・・
「私はたまたま体調を崩したのが助かったのよね、事故にはあってないけれど。・・・彼らは私にとっても大切な人だったわ」
そうだったね、と返す。僕はあの時、と思い出そうとして視線を感じた。
「・・・僕の顔に何かついてるかな?」
隣で、視線を投げかけている張本人さんに質問をする。
「なんでもない」
と返答そっけない返答を聞く。けれど言葉はしっかりと聞こえていた。
「あの日以来、兎洞は違う人のように・・・」
その中に含まれていたのは失望とか、そういったものだった。戸惑いではなく、ただ、感情に出せないような悲しみ。そういった顔をして欲しくは無かった。
約束だ、そう心の中でつぶやいた。だから、とっさに言い訳をして、フォローするように言葉を紡ぐ。
「大事故にあったんだ。そりゃあ性格にも影響が出るさ」
「聞こえてたの?」
「聞こえてたよ、僕は耳がいいからね」
その返答に那古はふふっと笑うと
ただ、さみしいだけだよ、と那古はまた軽く笑った。私たちは友達だし、今は再会を喜ぶべきね、と。
森の出口へ着く。少し前へ進んで那古の方へ振り返る。
「じゃ、これで。那古気をつけて帰りなよ。」
「ねえ兎洞?これからどっかで食事でもしていかない?」
ええと、と僕が言葉を探す仕草をすると、ふふ、と那古は笑ったかと思うと僕に詰め寄った。
「あなたには罪状が有るのよーーー私から逃げ続けたという罪状が!」
言う言葉が見つからない。そもそも僕はなぜ那古を避けていたのかも自分の中で明確になっていないのに、食事とかに誘われるととても複雑な気分になるーーー「えっ」
「なぜ手紙に返信しない!なぜ学校の集まりにもこない!?」
「そ、それは・・・」
言いよどんで慌てて視線をそらす。それが気に障ったようで、
「そしてここで断る、とは!?せっかくの私の気持ちを無下にしたわね貴様!」
ね、それでも断るのかしら?と、彼女はふと微笑み、
「やっと幼馴染に会えて、私も嬉しいところ。そして数少ない生き残りよ・・・・過去は水に流すから早く承諾しなさい?」と笑顔の那古に言われて何か身震いする。
僕も身は守りたいなと思った。
けれども、那古は別に苦手でもなく、大切な存在、とわかっているのにどうして避けたのだろう、その気持ちから避け続けていたな、と思い返し ただ、僕なんかに構うより、もっと自分の幸せを見てもらいたかったのかと自問自答する。加えて、彼女に罪の意識があった。僕だけが生き延びてしまった。大切な彼らを助けることができなかった、という。
「・・・いいね、久しぶりに積もる話でもあるかな そうだね。行こうか。でも準備とか必要ないか?」
この言葉にどれだけ僕が懸けたか那古はどれだけわかるのだろう。そんなことを思いながらいいの、準備ならできてるから、と言い鼻歌でも歌い出しそうな那古を見てそんなことはいいかとそう、納得してしまった。那古は言葉を続けた。
「一つ町しか離れてないのだから、これなら会いに行けばよかった・・・」
「君悪がられた人物に会うのは相当勇気がいることだ。そういってくれてありがとう、那古」
手紙も返さなくて、何も関わりを持とうとしなかった僕になんでこんな優しい言葉をかけてくれるのかは知らないけれど。那古は昔からの友達であることに変わりはない。
「どうだったの、中等機関は?そういえば、あなたは高等学校へは進まないのだっけ」
「そうだよ、僕はやりたいことがあって。この街へ来たんだ。今はこの街で記者をやっているよ。」
「兎洞はものを書くことが大好きだったものね」
「覚えてるわよ、図書館でお話を書いてて何してるの、って後ろから覗き込んだらささっと隠した兎洞を。可愛かったな〜」
「その話はもういいだろ・・・」
仕返しよ、と言いたげな満足気な表情を見ていくらか安心する。
あの日からもこのような会話ができていたら、とも感じてしまう。離れたい、とも思ったのは事実だと言うのに。なんて言う矛盾。話を続けようと僕は試みる。
「那古はどうしたんだ?」
「私は少し休もうと思って。先生に従事したいこともるし」
「先生?」
「ええ、昔お世話になったの。兎洞もいずれ会えると思うわ・・・」
よかった、森の出口だね。何もなくてよかったよかった、という那古に違和感を持つ。ふと那古が微笑んだ瞬間にその違和感が明確になった。だからさ、”僕”の方を見てそんな悲しそうな表情で笑わないで欲しいんだ。
「く、あ・・・・っ」
ーーー微笑む少女。懐かしい影。戻らない時間。
ーーーー本当に、大好きだったもの。
どうしたの兎洞、と駆け寄る那古が見える。
「出口にさっき辿り着いたよね?」
那古が何かいう前にまくし立てるように質問する。
違う。こんなものではなかった。
絶対に畦倉那古は僕を許すことはない。
僕は素直に彼らに手なんか合わせられなかった!
あなた、また誰かの人生を奪うの?何処かからそんな声がする。でもその言葉はいま言われるのではないはずだ。もう、自分の人生を生きてもいいでしょ?那古の声ではない、どこかで聞いたことがあるような声が頭の中で響いた。
「大丈夫よ、迷ってしまったのならば、道しるべ役の人に聞きましょう?ほら警察官が配備されてるでしょ。ついていけばきっと大丈夫・・・」
那古、と僕は小さな声で那古に呼びかける。
どうしたの、と困惑している彼女が見える。
ーーー空にはね、今は遠くなってしまった人々がいるのよ。
「僕は君なんかの友達じゃないだろ」
「へ?」
「君は僕が嫌いだろ?」
「は?私が兎洞を嫌いなはずないじゃん!」
ーーー私はこの風景が大好きなの。
「だったら話し方とか態度とか気をつけろよ、興味がないやつから手紙とかもらってもただ迷惑なだけだってどうして気づかない!お前は・・・」
な、何よ、と手を握りしめる
「僕は君がーー」
ーーーね、貴方もわかるでしょうーーー?
がん、と言う鈍い音がして倒れこむ。
顔がジンジンする。殴られるよな・・・やっぱり。
「ああ・・・」
後ろに倒れこむ。こんな言葉を言いたかったわけではない。本当に性格の悪いやつだ。
・・・うつ伏せに倒れてすぐに見えるものはその目の前にあるものだ。つまり、美しい空。美しい文様。青空の下で見る景色は素晴らしいが星とともに浮かび上がる景色はさらに素晴らしい。それだけで僕は物語が書けてしまいそうだ。
ああ・・・僕が大切だったのは・・・
額に手を当ててそっと目を閉じた。
過去を次々に思い浮かべてそっと思考の一番上へと持ってくる。
・・・それは僕が審判することではない。
けれど、僕はこの過去を赦してもいいんだ。
そうだろう?王さま。とても古いおとぎ話になぞらえて話す。
そしてごめんね澤奥兎洞。
過去の僕よ。
あの事件は僕にとって大きな出来事であった。過去を全て覆すものであった・・・
「僕は違う・・・そう違うんだ・・・」
違ったな、僕は「澤奥兎洞だ」
ごめん、那古。僕はきみにひどいことを言った。
けれど本当はこう突き放すべきだったんだ。そういえば傷つかなくて済む・・・。僕に関わらなくて済む。タブーを冒した僕に近づくのは危険だった・・。生きていれば辛いこともある、そして楽しいこともあるよねと返されるのがデフォであるけれど、それは逆だよね。楽しいことがある、でも辛い。ああ、何を考えているのだろう。思考が固まらない・・・
「もういいだろ?那古は突き放した。これが僕の答えなんだって」
どこかの誰かさんに話す。これがこの光景の鍵になるのだと確信して。
「そうだね、・・・でも解釈はその行為について別の答えをも指し示すけど」これは何かの意識か。僕は僕の目の前にいる何かにそっと意識を集中させるのだった。
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