木々を紡ぐ

@Kaquri

青年が一人歩いていた。


旅人だろうか?そう思わせるような服装の割に彼の荷物は案外身軽なものであった。


どこまでも続く果てのない木々の中、青年は歩き続ける。目的はない。もともと旅がしたかった訳では無いのだ。ただ世の中を渦巻く不幸が他の人よりほんの少し多めに、彼の人生に降り掛かっただけだったのだ。


森にはしばらく青年の足音だけが響いていた。ザク、ザク、ザクと規則的に響いていたその足音は、ある何かが青年の視界に入った途端に途絶えた。どこまで歩いても自然の脅威ばかりが視界を閉める中で、その大きな樹の根元に横たわるものの存在は、余りにも周りの風景とかけ離れているものであった。幾分か興味の沸いた青年は、もっと近くでそれを確認しようと近づく。どことなく良くない空気を孕んだそれまであと数歩、という距離まで来たところで、青年はそれが人間、至るところから血を流し虫の息である男の体であると理解した。


「こんなところで往生を迎えたいのかい?」


青年はその体に向かって語りかけた。



それを聞いた男は、ゆっくりと閉じていた目を開き


「往生なんてしネェ。俺は神が大ッ嫌いなんだ。」


低く、唸る様に答えた。


「驚いた。まだ喋れたんだ。」


「……」


「そんなに神が嫌いなのかい?」


「殺してやりてエくらいにな」


「ふうん」


目の前の男の返答に満足したのか青年は空を見上げた。そして再度男の姿を見ると、何か思い付いたような顔をして微笑んだ。


「……残念だね。」


そう言うとおもむろにその血だらけの体に触れ、何かを呟くと


「君はまだ神の残酷さを知らないんだね」


いつの間にか体中の傷が治っているその体を引き、立ち上がらせたのだった。

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