酔生夢死のトランスポーター

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 自動販売機を蹴り飛ばしてもお目当てのエメラルドマウンテンは出てこなかった。当然だ、と頭の中では分かっていてもつい足が出てしまうのが私の悪い癖なのである。良い方に作用するときもあるが。カフェイン依存症特有のイライラした頭を冷やすため、近くの水道で蛇口をひねり頭上へ滝のように大量の水を流す。いい気分だ。滝行とはこのような感覚かもしれない。高校生にあるまじき衝動的な暴力へ身を委ねた後の興奮した脳を治めたのでふたたびエメラルドマウンテンを探しに今度は校外へ出る。親友と約束した時間まで少ししかなかったのでやや距離がある最寄りの自販機まで軽やかなスキップを踏む。自販機に辿りつき、私の分のエメラルドマウンテンを一本、これから会う親友の分を一本、それからまた後で飲みたくなるかもしれないので自分の分をもう一本買った。三本の缶コーヒーを抱えながら落とさないように気をつけて学校の多目的ホールまで走って戻った。

「真弥、今日学校きてるの?」多目的ホールに向かう並木道で私からすると親友である到の親友というポジションの司に会った。東浩紀「動物化するポストモダン」を読んでいた。

「到が謹慎明ける日だよ」私は言った。

「始末書提出して面談したらもういいんだってメールきたからこれから会うところ。司もどう?」

「悪いけどこれから部活なんだ、到とは新学期に会うよ。会うべきときに」

「会うべきときに」私は余分に買ったエメラルドマウンテンを投げた。少し横に逸れたが司は見事に左手のみでキャッチした。流石名サックス・プレイヤーだ。リストが強い。私はじゃあね、と言いながら多目的ホールへ向かった。

 春休みに多目的ホールを利用する生徒はいない。普段利用する演劇部、ダンス部の活動が春休み中にはないからだ。内緒話をするにはうってつけの場所だ。といっても普段から到や司とたむろっているのだが。私は中で二本の缶コーヒーでお手玉をしながら到を待った。10分ほどお手玉をして遊び、慣れてきたので3本目の缶コーヒーを買ってきて増やしてやってみるかと考えたところで到がやってきた。

「久しぶり」私は言った。

「久しぶり」到は答えた。思っていたよりは普段通りの調子のようだった。

「ほとんど雑談だったよ。最終日だし。副校長には色々言われたけど、大丈夫」

「それはよかった」

「流石にもう懲りたよ。もう暴れて先輩殴りつけたり窓ガラス割ったりしない」

「もう上級生いないでしょ。私達が3年生になるよ」

「そうだな、やっと自由の身だ。」何が自由なのか私にはよく分からなかったが私はエメラルドマウンテンを渡す。

「到の謹慎明けに乾杯」

「乾杯」

私たち二人はエメラルドマウンテンを飲む。高度資本主義経済が生み出した工業製品特有の余韻の残らない甘い毒を身体に流し込んでいく。薄っぺらい日常を生きる私たちには丁度良い。


「俺、贅沢微糖のほうが好きなんだけどな」到は軽口を叩いた。


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