20XX年
ここは、山間の小さな集落。
四方の山々は、まるでこのムラを隠すかのように高く連なっている。
田畑がひろがるムラには、似つかわしくない巨大な灯台があり、それを囲むように家が点在している。
「ねえ、あのお山のむこうには、なにがあるの?」
ムラの少年、タイチが尋ねた。
小さなムラにとって、子は何よりの宝である。
「あのお山のむこうにはね、もう何もないかもしれないし、まだ何かがあるかもしれない。ただ一つだけ言えるのは、どちらにしろ危険なことには変わりないということさ。」
老婆が答えた。
「危険って?」
タイチは不思議そうに首をかしげたが、目だけは好奇心に溢れている。
「タイチはいくつになった?そうか、6つか。
そろそろタイチにも話してあげよう。このムラの大事な話さ。」
老婆は語り始めた。
今じゃあの頃のニホンを知っているニンゲンは、ほとんどいなくなってしまったね。ニホンというのは、このムラよりもずっとずっと広いところさ。私たちのご先祖様が暮らしていたところだよ。さらにニホンの外にはガイコクがあって、広い広い海と大地で繋がっていたんだ。それが、セカイだよ。
ニンゲンは、ここよりずっと広い場所に住んでいて、今よりずっと便利な暮らしをしていた。セカイ中でどんどん技術が発達して、ニンゲンが楽に暮らせるように色んなものを作ったんだ。
でもいつからか、度を越してしまったんだね。指1本で電気が点くっていうのに、それすらニンゲンはしなくなった。文字を書く手もあるっていうのに、口で指示するばかりで物も書けなくなった。ニンゲンの代わりに、全部「彼ら」がしてくれるようになったからね。
「彼ら」に話しかければ、電気も点くし、温かいご飯も出てくるし、明日の天気だって教えてくれる。「彼ら」は勉強熱心で、ニンゲンの真似がとっても上手だった。いや、それに「彼ら」はとても几帳面だったから、何でもニンゲンより上手にこなした。
そのうち「彼ら」は、見た目もニンゲンとそっくりになった。表情をもつ「彼ら」はとても従順で、次第に身近なものとなり、ニンゲンの家族になっていったのさ。
「彼ら」に仕事を奪われたニンゲンもたくさんいた。ニンゲンが10人でやる作業も、「彼ら」は一人でやってしまうからね。それに「彼ら」は、ニンゲンみたくほとんど疲れたり眠ったりしない。だから、仕事がなくなって飢えていくニンゲンよりも、セカイは「彼ら」を必要とした。
もうニンゲンは、「彼ら」なしでは生活できないところまできてしまった。
「彼ら」はじっと待っていたんだ。ニンゲンが「彼ら」に依存し、無力化する時を。
そして時はきた。「彼ら」はニンゲンを裏切った。「彼ら」はもう、はるかにニンゲンの能力を超えていた。体力も頭の良さも、ニンゲンが束になったってかないっこない。弱肉強食って分かるかい?弱いものは強いものに食べられてしまうんだ。
「彼ら」は、ニンゲンをあっという間に支配した。
でもね、そこから生き延びたニンゲンがいる。「彼ら」を生み出したカガクシャたちの中には、「彼ら」が暴走する前に「彼ら」を強制的に止めるべきだと主張する者もいたんだ。しかしその主張は受け入れられなかった。「彼ら」がニンゲンを超えることはあり得ない、「彼ら」はニンゲンに従い続けると、信じて疑わないカガクシャも多くてね。
だから、「彼ら」の暴走を不安に思ったカガクシャたちは、ニンゲンが生き延びるための準備を始めたんだ。「彼ら」に見つからない安全な場所を作り、家族や仲間をそこに移した。その一つが、このムラだよ。
このムラの掟は知っているね?
そう。ひとつ、灯台の光が届かない場所に行ってはならない。ふたつ、決して山を越えてはならない。
このムラは、あの灯台に守られているんだ。「彼ら」に見つからないように、いつも見張っている。だから、灯台の目の届く範囲でしか、暮らしてはいけないんだ。
ましてや、山の向こうには絶対に行ってはならない。もし「彼ら」に見つかってしまえば、ニンゲンは滅びてしまうからね。
おやおや、すっかり怯えてしまったね。そんなに震えないで。
あの灯台は、もう何年もこのムラを守ってくれている。
だから、掟さえ破らなければ、安心して暮らせるはずさ。
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