二択
男は困惑していた。
道が塞がっていたからである。
引越し作業もひと段落し、折角だから近所を散策しようとアパートを出た。
入り組んだ路地や石畳の通りなどがある、なかなか趣のある町だ。
しばらく東京本社での勤務が続いたため、男は、この都会から離れた今回の赴任先を気に入ったようだ。
かなり歴史のある町なのだろう。木造平屋の建物が多く、タイムスリップしたような感覚だ。塀に囲まれた路地は、まるで迷路のように続いており、探検気分で進んでいく。
そして男は、突如足止めをくらったのである。
道が塞がっている。
目の前にあるのは、赤と青の壁。赤い壁にはAの文字が、青い壁にはBの文字が書かれている。クイズ番組やバラエティー番組で見たことのある、あれだ。体当たりして突き破り、不正解の場合には泥まみれになる、あれだ。
道を引き返して歩いてみても、ぐるっと回って結局この壁に戻ってきてしまう。
どうしたものか。若手芸人よろしく突き破れというのか。
きっとドッキリだ。男はそう思った。
一般人をターゲットにしたドッキリ番組だってあるじゃないか。
男は、目立ちたがりな性分である。
新天地初日に遭遇した二択の壁、まさに「オイシイ」状況だ。
壁の向こうには、カメラを持ったスタッフがいるのだろう。
テレビに映るのなら、泥まみれになるのも悪くはない。
男は勢いよく、Aの赤い壁に体当たりした。壁を突き破るのも、なかなか快感だ。
さあ、泥かセーフか。
男は拍子抜けした。転がった地面には、「〇」と書かれているだけだ。その隣、B側の地面には、同じ大きさで「×」と書かれている。
そして、前方は全く同じ壁で塞がれている。
やけに手の込んだドッキリだな。きっとここで戸惑っている俺を見て、プロデューサーもしめたと、にやついているに違いない。
男はそう思いながら、2枚目の壁を突き破った。
選んだ壁側の地面には「〇」、反対側には「×」、そして前方には壁。
全く同じ状況である。
おいおい、何枚あるんだ?そもそも、〇と×が書かれた地面に、一般人が勢いよく転がる映像なんて面白いのか?
制作側のセンスを疑いながら、男は3枚目の壁、またまた同じように4枚目の壁を突き破った。日は、もう沈みかけている。
前方の5枚目の壁には、「これがさいご!」と書かれたパネルがついている。
やれやれ、やっと終わりか。ここまで、全て「〇」である。
4枚連続「〇」!俺はやはり持ってる男だ。
ここまできたら、5枚連続「〇」を狙いたい。それかいっそ最後は「×」を選んで、派手に泥だらけになるのもオイシイかもしれない。
男は壁に向かって、いや、その先にあるであろうカメラに向かって駆け出した。
壁を突き破る感触。バリっという清々しい音。
男の体は、冷たい地面に投げ出された。その拍子に頭をぶつけてしまい、ガンガンという音が響いている。
〇か?×か?
日は沈み、地面の印は見えない。起き上がろうと手をつくと、どうやら地面は砂利のようだ。頭の中は相変わらずガンガン鳴っている。
薄目に光が近づいてくるのが分かる。カメラと照明スタッフがこちらに向かって来ているのだろう。
鉄の匂いがする。頭から血が出ていたら、これはお蔵入りになってしまうのだろうか。
光が眩しい。照明ってこんなに眩しいものなのか?
光から顔を背けて、ふと地面を見る。
「これが最期!」
その瞬間、男の上を快速電車が走っていった。
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