小箱の中は甘い香り
カゲトモ
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「気を付けてお帰り下さいね。くれぐれも転んで怪我などされませんように」
「何よ、私そんなに鈍くさそうに見えるの」
「見えないとでも?」
「酷い男ね」
「お褒め頂き光栄です」
だって転んで明日のデートが台無しになってしまったらどうするんだ。蘭子さんが待ちに待ったバレンタインデートだというのに。
「褒めてないわよ。あ、そうだこれ、良かったら受け取って? いつもお世話になっているから」
思い出したように蘭子さんがバックの中から取り出したのは小さな紙袋だ。
「そんな、頂けません」
「いーのいーの、高いものじゃないから遠慮しないで。お返しはいいから。いつものお礼だと思って受け取ってよ」
明らかに超有名なチョコレート店のものですけど? いや好きだけども。
「はいはい、女に恥かかせない」
そこまで言うなら。もちろん、
「頂きます。お礼はまた今度」
「ふふ、いらないったら。また来るわね」
「お待ちしております」
蘭子さんを見送ってカウンターへ戻ると、先ほど来店した志麻がぼぅっバックバーを眺めていた。そんなに見てもお前にはまだ酒は出さんぞ。この未成年が。
「今日はひとり? 常盤さんは?」
未成年がバーに出入りしているのはいささか問題があるのかもしれないが、志麻は常連客の常盤さんの娘だ。よく待ち合わせにも使われるから、今更なにってこともない。
「えっ、あ、あぁそうなの、このあとパパと待ち合わせで」
「そう。常盤さんいつも遅くまで仕事大変だね」
「それがパパのお仕事だから仕方ないわ」
ま、そりゃそーか。常盤さんはIT企業の社長だから。忙しいのはいつもの事だ。それでもこうやって娘とデートするんだから凄い父親だよ。
「何か飲む?」
「シンデレラがいいわ」
オレンジ、レモン、パイナップルのノンアルコールカクテル。今では志麻のお気に入りになっているらしい。初めて志麻に作った時はかなり嫌われていたけど、今では随分柔らかくなった。こうやって目を見て話してくれるほどには。
「・・・美味しい」
「ありがとう」
黒髪の美少女は育ちが良いのに強がりで態度がデカくて実年齢より上に見える時もあるけれど、こうやってたまに年相応の表情で素直になったりするとその純粋さが透けて見える。ずっと素直だったらきっとモテモテだろうに。いや、このルックススタイルだとこのままでもモテモテか。
「明日はお休みなのよね?」
「え? あぁ、そうだよ。水曜は定休日なんだ」
だから明日は新しく買ったスピーカーで映画を観る予定。今日の昼間に三本借りてきた。
「へぇ」
ってそれだけかーい。ドライかーい。
志麻のいつも通りの反応に、そうだよねと思いながらグラスを磨くために手を伸ばす。と、かろん、と扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいま」
「はーなちゃんっ」
「ミヨ」
このくそ寒いのにミニスカートで登場したのは裏の店のミヨだ。相変わらず顔だけは可愛い。
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