運極@最弱の冠をかぶった最強のステータス

スウ

第1話





 運極。それは最弱の冠をかぶった最強のステータス。

 確率の低いドロップアイテムなんて苦労せずとも入手可能。

 偶然を必然に変えるのはお茶の子さいさい。

 だけども死に戻りは当たり前。

 冒険者登録を瞬時に済ませ、ポイントを割り振りいざ出陣。

 雑多を書き抜け門を抜ければ、頬を撫でる一陣の風。

 視界いっぱいに広がるのは地平線がくっきり見える広大な草原。

 排気ガスを一切感じさせない新鮮な空気を大きく吸い込み、私は期待の1歩を踏み出した。


「おぉー!」


 地面を踏みしめる感触が足の裏から伝わってくる。

 ほんの些細なことだが、これがたまらない。思わず頬が緩んでしまう。

 それを引き締めることなく、辺り一面を敷き詰める雑草を三本ほど抜いてみた。


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 種類:雑草 品質:C 耐久:4/5 容量:1

 そこらに生えている草。生命力が非常に高く、根絶は不可である。


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 根絶は不可、ね。

 確かに雑草はしぶといからなぁ。

 顔の高さまで上げて匂いを嗅ぐ。


「…土の匂いだ」


 それにプラスして微弱だけども草独特の青臭い香り。

 まじまじと手のひらに乗る数枚の草を見つめる。

 お、葉脈まであるや。

 一つ一つ手が凝ってますなぁ。

 表裏を交互にひっくり返し、ふと思った。

 味、どうなってるんだろ。

 そう思い立ったが吉、流れるような動作で雑草を口にくわえ、そのまま咀嚼そしゃく


「えぐぃ……」


 うぐぉぉぉ、舌が、舌がぁぁ。

 何とも形容しがたいこのえぐぃ味。

 私は盛大に顔をしかめて悶絶した。

 ということはないけど、かなり苦しんだ。

 吐き出すのも淑女としては躊躇ためらわれるので、そのまま飲み込むしかないのだけど、体が拒否反応を起こしてる…! みっ、水……。

 腰についているポーチをガサゴソ漁り、チュートリアルで貰った麻布の水袋を取り出す。

 次いでふたを外して口に押し付けた。


「ぷはっ……い、生き返ったぁ」


 まだ口内に嫌な味が残っているけど、さっきよりは断然マシだ。

 雑草は当分食べたくない。

 まずい。とにかくまずい。口に入れるべきものじゃなかった。

 というか、なぜ食べようと思った私。


 口元を拭い、ざっと周囲を見渡す。

 雑草の他にも違う種類の草が生えてる。

 危ない色をしているものは、触らないでおきましょうね。

 プチッと何本か抜き、手のひらに乗せていく。

 右から順に、雑草、痺れ草、雑草もどき。

 何だ雑草もどきって。

 見た感じ、ザ・雑草。ミスター雑草だ。

 そのままの雑草表記でいいのに。なんて不便な雑草さんだろうか。

 さてはここで手を抜いたな? 運営よ。


 手当たり次第に草を抜き、ポーチに収納する。

 すると、半径1メートル程が更地となった。

 大丈夫。雑草はしぶといから、代わりに生えてきてくれる。明日の今頃にはひょこり芽でも出してるんじゃなかろうか。


 今日一日草抜きで占めてしまってもいいかな、なんて考えていると、握っていた雑草がそよ風に連れ去られ遥か遠くへ消えていった。

 それを追いかけるように立ち上がると、まるで進めと言わんばかりに柔らかい風が背中を押す。


「まずは鉄板のモンスター狩り、もとい、レベル上げかなぁ」


 軽く屈伸しながら遠くの方を見ると、プレイヤーとモンスターが戦闘を繰り広げているのが見えた。

 パーティーを組んでいるようで、危なげなくモンスターを囲み、一網打尽にしている。

 ふむん、立ち回りがいい。さては上級者だな?

強そうな装備をしている。


「パーティーか。ふっ……」


 実はここに来る前、『集いの広場』にてパーティー募集をかけてみた。

 結果から言うと、誰一人として組んでくれる人はいなかった。ちょっと悲しい。

 声をかけてくれた人はいるにいるのだけど、ステータスを表示すると、「コイツ、地雷プレイヤーだ」などと大声で酷評され、周りから向けられる視線は冷たく。ソロ活動を余儀なくされてしまった。

 よって、集団を見ると、少しの嫉妬心が芽生えてしまうのは仕方のないことなのだ。

 誰だって一人でいるのは寂しい。寂しいのだ。皆とワイワイしたいのだ。


 つまり、つまりだね、私が何を言いたいかというとだね。


 ……ホントはパーティー組みたいんだよ馬鹿ヤロー!


 今思うとフツフツと腸が煮えくり返りそうだけど、私は大人だ。

 仕方ないと割り切るしかないわな。はははっ。

 仕方ない仕方ない。

 そもそも、一つのステータスに全ポイントを振り分けた私の問題だ。後悔はしてないさ。

 それに、こっちの方が面白いに決まっている。


 ……覚えてろよ、名は知らんが赤い髪の男。

 いや、パプリカよ!!

 この恨み、いつか果たしてくれるわ!


「うっし、行くか」


 まずは経験値を稼いでレベル上げ。ついでに資金の調達だ。











 時折すれ違うプレイヤーと挨拶を交わしながら、整備された街道を黙々と歩いていると、視界右にあるくさむらがガサガサ揺れた。

 目を凝らせば逆三角の赤マーカーが浮かんでいる。

 それが示唆するのは、そこにモンスターがいるということだ!

 ゴブリンかな?スライムかな?コボルトかな?

 ネット小説で知り得たモンスターを想像して、口角を上げる。

 どれも想像上の生き物だから、それが実際に目の前に現れると思うと、なんというか感動だ。

 人間、ここまで進歩したのか的なアレと全く同じものだ。


 しみじみとくさむらを見つめ、ポーチに手を突っ込む。

 実はこのポーチ、アイテムボックスのような存在で、プレイヤーの必需品だ。

 容量は決まっているけど、レベルが上がることによって中身も拡張されていく仕組みなのだとか。

 便利だ。将来的に、一家に一ポーチは欲しいところ。

 …まぁ、私が生きているうちには無理だろうけどさ。


 ロングソードの柄を握り、ポーチから引き抜くと、ポーチの大きさでは到底仕舞う事が出来ないような剣がその身を現した。

 太陽光をわずかに反射する鉄の刀身。ずっりしと重みを感じさせる一振の長剣。


「ファンタジーだ!!」


 思わず拳を握り、ガッツポーズ。

 込み上げる興奮、背中を走るゾワゾワ。両手で柄を握ると、ヒンヤリ冷たくて手汗が止まらない。

 まさか自分が剣を握る日が来るなんて思いもしなかったから、嬉しすぎて泣きそう。

 あ、既に目尻に涙がっ!


『キィィィィ!!』


 ゴシゴシと目を擦っているうちに、くさむらからモンスターが飛び出してきた。プレイヤーの隙をついたうまい奇襲である。

 突然の出来事に反応が遅れるが、何とか体を反って避ける。

 これぞ、イナバウアー。

 腰がぎっくりいかなかったのは、日頃の柔軟体操の賜物だ。

 これが出来なかったら直撃してたかも。

 ナイス、私。

 内心安堵のため息を零しながらロングソードを地面に突き刺し、それを支えに上半身を起こしてクルリと体を反転。

 そして、私と対をなして立ち塞がる相手を見据えた。


 最初に目に入ったのはもじゃもじゃな根っこ。多分ひげ根だ。

 その中心部から伸びるのは青白い茎で、その頂点から生えるのはスラッと伸びた葉。

 これは間違いなくどこから見ても、


「単子葉類じゃん」


 うじゃうじゃとまるで一本一本が生き物のように動くひげ根を除けばまさにそれだ。それしかない。

 どういう原理で植物が動いているのかは気になるけど、襲い掛かってくる凶暴な植物にそれを求めちゃアカン気がする。


 ロングソードを構え、今度こそ隙を作らないように脇を閉める。

 何故素人な私が脇を閉めるという行為を行ったのか?

 答えは単純明快。

 漫画でよくある「脇を閉めろ! 詰めが甘いっ!」を思い出して、素直に脇を閉めてみた。

 何が変わったのかと聞かれると、ぶっちゃけよく分かりません。


 流派は、自己流で行く。剣の使い方なんてチンプンカンプンだ。1回死に戻りリターンしたら、その足でギルドに行って、剣の稽古をつけてもらおうかな。


「ふぅ……」


 初のモンスター戦で緊張と興奮で胸がいっぱい。アドレナリンはドバドバ。

 なまじ、ゴブリンとかを期待していたために落胆の色は隠せないけど。

 互いに睨み合っていると、単子葉類の頭上に吹き出しが現れた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グラスルート Lv1

 状態:困惑 マーカー:赤


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 何故に困惑。

 逆に私が困惑してるよ! 奇襲を仕掛けてきたやつが困惑するんじゃない!

 剣先を地面から引き抜き、手首を回して正面に構える。

 へっぴり腰なのは気にするな。

 なにせ生まれてこの方剣なんて一度たりとも握ったことがなくてね。

 それに、重いのは腰に来る。この年でぎっくり腰は笑えない。


 ジリジリとグラスルートとの距離を詰め、先に先制攻撃を仕掛ける。

 奇襲は先制攻撃にカウントしてないから、初手は私ということで。

 地面を蹴って、下から上に剣を切り上げる。

 ブォン、と空を切る音。手応えなし。

 それもそのはずで、グラスルートはひげ根の脚力を使って空に逃げていた。その姿を追おうと顔を上げると、顔に影がかかり、顔面に強い衝撃が走る。


「いッー〜〜!!」


 頭が割れそう!!

 キィィンってきた!! グワングワンするけど立てなくなる程じゃない。脳震盪は回避っぽいかな。

 歪む視界の片隅に、緑が入り込む。

 どうやら葉で顔を叩きつけられたらしい。多芸なやつだ。

 一気に体力を持っていかれた感じがする。

 うぁー、だるい。鼻痛い。

 やっぱり耐久が0だと、もろに相手の攻撃が自分に入ってしまうみたいだ。かすり傷でも結構なダメージを負うっていうのに、直撃とは。

 もう一発でも受けたら死に戻りリターンの未来が私を待っている。

 これはマズイ。

 非常にマズイぜ。

 序盤だからって油断してた。初戦で敗退は御免こうむりたいね。


 鼻を押さえてフラフラ後ずさり、グラスルートから目を離すことなくポーチから淡い緑の液体が入った試験管を取り出す。

 コルクをキュポンと抜いて、一煽り。

 じんわり体中に力が漲るのを感じた。

 あ、これはヤクではないから安心を。

 体力を回復させる不思議道具、ポーションだ。

 ちなみに味はオレンジ。

 空になったポーションは、ポリゴン状に変わって空に吸い込まれていく。


 戦況は振り出しに戻った。

 さぁ、相手はどう出るかな?


『キィイ!!』


 先に動きを見せたのはグラスルート。

 数十の足を使って飛び上がり、茎を捻って私の顔面を狙ったはたき。

 だがしかし、それを二度も受ける私ではないのだ!


「その攻撃、見切ったッ!」


 一歩横にずれ、グラスルートの着地ポイントに向けて水平に剣を引き、


 バコンッ!


 剣の腹でフルスイング。衝撃波のような軽いモーションが出た。

 今度こそ手応えはあり。ちょっと腕が痺れた。


《クリティカルヒットが決まりました》


 2メートルほど吹っ飛んだグラスルートは、地面に打ち付けられた衝撃でポリゴンに変わり、散った。


「っしゃぁ!!」


 爽快だー!

 達成感半端ない!!

 初戦は見事、白星だ!


《スキル【剣術】を取得しました》


 剣術のけの字もないフルスイングでスキルを貰えるなんて、幸先がいいぞぉ!

 ささ、詳細確認をしよう。

 ステータスを開いて、【剣術】が表記されている場所をタップ。


 …反応なし。

 あれ? も、もう一度。

 ワンタップ。

 ツータップ。

 スリータップ。


 ほ、ほほう? 詳細は自分で見つけろとな。奥が深い。

 ステータスを閉じて、グラスルートが果てた場所に何気なく目をやると、不思議な色をした石と、形の変わった葉が落ちていることに気づいた。


「ドロップアイテムだ!」


 そさくさ駆け寄り手に取ってみる。


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 種類:魔石(極小) 品質:D 耐久:5/5 容量:1

 モンスターのコア


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 種類:可能性の葉 品質:C 耐久:5/5 満腹度:ー5% 容量:1

 調合すると、ステータスの最大値を上げる薬を作ることが出来る。そのまま食べると、満腹度が下がるので、要注意。


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 魔石……! 使用用途は、確かギルドのカウンターでの換金。

 つまり、石の形をしたお金!


「これでやっと、脱貧乏に近づく!」


 耐久値が減らないように優しく優しくポーチに入れ、可能性の葉に関しては一度拝んでから入れた。

 ふっふっふっ、いい拾い物をした。

 可能性の葉はこのままじゃ使い物にならないけど、調合すると、化ける。となれば調合に手を出すべきなのだろうけど、私としてはまだ戦い足りてない。消化不良というやつだ。

 だからひとまずここは調合のことは頭の隅に追いやっておいて、狩りの再開と行こう。


 ロングソードを仕舞い、ポーチのボタンを閉じる。筋力0だから持ち歩くのは疲れるんだよなぁ。持ち上げるのも、一苦労だ。

 万が一億が一、モンスターが襲ってきたら、その時は潔く死に戻りリターンしよう。

 ロングソードを帯剣する選択はなしです。腰がやられます。


 さて、ポーチの残り容量はどれくらいになっただろうか。

 ちょくちょく見ないと気になって仕方がない性質たちなのだ。

 ポーチを凝視する。


《・ロングソード×1

 ・可能性の葉×1

 ・魔石(極小)×1

 ・ポーション∞

 ・麻布の水袋×1

 ・痺れ草×60

 ・薬草×70

 ・雑草もどき×15

 ・マジックポーション∞

 容量 13/20》


 あと7か……。この調子で行くとすぐにポーチがパンパンになりうだ。

 そうなると、レベル上げに重心をおいて行動しなくちゃいけなくなる。でも、ガッツリレベル上げする気はないからなぁ。生産とかにも手を出してみたい。

 まぁ、いざとなれば手で持って行動するのも一つの手だ。


「んー!おぅし、次行こう次!」


 ポーチについては、調合と同様に一旦保留で。

 あれこれ考えてたらキリがない。

 グッと背を伸ばし、真上に輝く太陽の光を浴びて足を進めた。

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