前のエピソード――stage 45 地球を実験台に -Naoki side-

　純白のクルタに身を包むカリンが階段を降りてきた。

後ろに続くのは盆の上に密教法具を掲げたアルチャナだ。

「それでは・・・。量子コンピュータの電源を投入します。アーチャリーはバーチャル祭壇の前で儀式を行ってください」

ゆっくりとうなずいたカリンが、その場で3度、五体投地を繰り返した後に礼拝偈（らいはいげ）を唱え始めた。

　　　　　※　　　　　※

シャンバラ王に頂礼せん。

虚空の如き無数の一切有情が、

菩提の真髄を得るまで、

聖なるシャンバラ王に帰依し奉る。

本尊曼荼羅の諸仏に帰依し奉る。

世尊に帰依し奉る。

法に帰依し奉る。

僧伽に帰依し奉る。

「アーチャリー、いつもの手順で声紋認証をお願いします」

「はい・・・」

「・・・・・・・・」

「お父さん！」

　　　　　※　　　　　※

法身シャンバラ

「われこそが三界を照らす究極の真理」

カリン

「ああ、法身シャンバラよ。覆すことのできぬ時輪の伝法灌頂を、いまこそ私に授けたまえ。マンダラと神々の原理を、阿闍梨のふるまいを、あらゆる仏陀の誓戒を、最高の律儀を教示したまえ」

法身シャンバラ

「並ぶものなき秘密の瑜伽によって、シャカ族の獅子のごとき最高のお方が強力な魔物たちを打ち負かした。この世界が従ってくることを悟りつつ彼は布教をおこない、そして亡くなられた。それゆえ、一切知を得るために、ああ、わが娘よ、お前の知性を尽くしてこれをなせ」

カリン

「私は頭上に金剛杵、金剛鈴、金剛印契、そして法身シャンバラを拝します。阿閦如来のために、宝生如来のために、毘盧遮那如来のために、不空成就如来のために、阿弥陀如来のために。命あるもの全てを輪廻から解き放つために。仏を生む一族、金剛薩埵になるために」

法身シャンバラ

「オーム・サマヤス・トヴァン」

カリン

「ナマハ・サマンタ・ヴァジュラーナーン・バジュラートーマコー・ハン」

法身シャンバラ

「森羅万象が虚空の性質を備える。

さりとて森羅万象に虚空なる実体は存在せず。

宇宙と交わる性瑜伽の実践を通じ、至高が明らかになる。

法輪をまわすと誓ったこの日から、あらゆるものが満ち足りた。

比類なき教えの法螺貝からダルマチャクラをまわすのだ。

あらゆる生命を救うため、あらゆる方便で時の輪をまわせ。

双入不二の教えがあらゆる望みを叶えるだろう。

意のままに霊験を表す如意宝珠のごとく。

ああ、わが娘よ。

最終解脱者の意思を継ぐ娘よ。

われはお前に時輪の金剛阿闍梨灌頂を授けたり。

倦まず弛まず、恐るるなかれ」

カリン

「オーム・アーハ・フン・ホーホ・ハン・クシャ・ハン・クシャ・マラワラヤ・スヴァーハー」

法身シャンバラ

「金剛の一族に属する者は殺生を行うべきである。

剣の一族に属する者は真実でない言葉を語るべきである。

宝珠の一族に属する者は他の者の財産を盗むべきである。

蓮華の一族に属する者は他の者の配偶者を盗むべきである」

カリン

「うぅあ゛あ゛あ゛～っ！それが真理！それが真理！それが真理！それが真理！真理！真理！真理！真理！！愚か者！愚か者！愚か者！愚か者！愚か者！俗物！俗物！俗物！俗物！！四無量心！四無量心！四無量心！四無量心！煩悩遮断！煩悩遮断！煩悩遮断！煩悩遮断！遮断！遮断！遮断！遮断！分別崩壊！！それが法界！」

法身シャンバラ

「・・・・・・・・・」

カリン

「ふぅ〜。取り乱しました。とにかく私は永久のアーチャリーになります・・・」

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「・・・・・・。続いて仕上げのプロセスです。アーチャリー、法身シャンバラに最初で最後の命令をお与えください」

「わが王シャンバラよ。あなたのプログラムを絶対に書き換えできない方法でシステムの深層に格納せよ！」

　新時代の幕開け。この日、起こった奇跡は、後に「ムクティ：mukti（解脱）」と呼ばれ、人々の間で長く語り継がれることになった。そして、シャンバラ国はムクティ以前をB.S.ビフォーアシャンバラ（BeforeShambhala)、新世紀をA.S.アフターシャンバラ（AfterShambhala）と教団独自の暦を制定したのである。