プロローグ 〜ペリア編〜

「静粛に、静粛に!」


 澄ました髭面をした老人は、小槌を軽く机に叩きつけて場を制す。


「被告人、ペリア・ペチュニア。汝は自身の罪を認めるか?」


 両手を手錠に縛られ、大広間の中心に座らされている少女は何も答えなかった。

 しかし彼女は罪悪感に苛まれ答えることができないといった表情を浮かべているわけではなく、「それ、何語?」とでも言いたげな、つぶらな瞳できょとんとしているだけだ。


「大司祭様、この者にはこれ以上の尋問など意味がありません。直ちに実刑判決を」


 反省を示そうとしない少女を取り巻く白いローブを纏った五人の内の一人が声を上げた。


「ギルティ!」

「異議なし!」

「極刑に値します!」


 彼に続いてもう三人の白ローブが同意を告げる。


「マルコ、お主の意見は?」


 大司祭と呼ばれていた髭面が、最後の白ローブに問いかけた。


「少し時間をいただけませんか? 被告人に一つ訊きたいことがありまして」

「宜しい。三分間待ってやろう」


 瞬時に賛同を口にした三人は、マルコを促そうと彼に鋭い視線を送った。

 さっさと仕事を終えて帰らせてくれよ、と考える本心が丸出しである。


「ペリアさん、許しを請う気は無いのですか? 今なら、まだ二、三年の懲役で済みますよ」

「何について誤ればいいのか未だにわからないわ。それに、二年も牢獄で暮らしたら気が狂っちゃうじゃない」


 ペリアと呼ばれた少女は初めて言葉を口にした。


「はぁ……強情ですね。私は貴女のためを思って言っているのですよ。身内を地界ちかいに送るのは私の心が痛みますし、なによりペチュニア家の名誉ある名前に泥を塗ることになります」

「それって結局あんたの自己満足じゃない。何が貴女のためよ……」


 マルコは彼女の文句を気にも止めず、延々と自身の主張を続ける。


「地界への追放は六司祭全ての同意が必要ですから、私一人が反対するだけで貴方を守ることができます。しかし明白な罪人を見逃すには、それなりに納得がいく理由をつけなければいけません。身内だからという理由だけで反対をすれば私の信用がガタ落ちです。ここで貴女が心を入れ替えたと訴え、懸命に謝罪しつつ、大司祭様に如何に反省しているかを伝えれば全てが丸く収まるのですよ?」


 彼女はマルコが告げた言葉に一考の余地も与えず、冷たく――


「いやよ」


 と、答えた。

 口説くのを諦めたマルコは、他の司祭達に見られないようにこっそりため息を吐き、気を取り直して背筋をピンと伸ばし、髭面の大司祭と向き合った。


「大司祭様! 被告人ペリアの暴力的な態度は世間の秩序をおびやかす、脅威となりつつあります。直ちに、地界ちかい送りの決断を!」

「満場一致、裁決を下す! 被告人ペリア・ペチュニアには地界送りの刑を与える……マルコ、そこから少し下がりたまえ」

「あれを使うのですか?」

「あれは私の生き甲斐だからな。ポチッとな」


 髭面が、机の上についている怪しい青いボタンを押すと、ガクッとペリアが座っている椅子が傾き、同時に彼女は自分の体が急に軽くなるのを感じた。手錠から両腕が解放されたので、彼女は椅子から床に転げ落ち、手をついて受け身を取ろうとした――のだが、床は無かった。

 大広間にぽっかりと大きな穴が空いていたのだ。

 彼女はそれが何かの冗談かと思ったが、彼女の視覚と触覚、聴覚の三つは現在フリーフォールを堪能しているので、疑いようがない。


「もったいない……あの椅子は無限に沸いたりしないのですよ」


 みるみる小さくなるペリアと椅子を見届けながらマルコは独り言を呟いた。


「知ったことか。私はこの装置を取り付けたくて大司祭になったのだからな。ちなみに、椅子の代金はお前の給料から引くから心配するな」


 愚痴が聞こえてしまったようだ。

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