晴れない曇り空

@rent-drawing2

醒める夢


真っ青な空に、緑色の穂が揺れる。

真夏の太陽がアスファルトを照らし、遠くの景色が陽炎に覆われる。

道は舗装されておらずデコボコであり、まるでジェットコースターのように自転車は激しく揺れていた。

カゴに放り込んだスクールバックが飛び出しそうに跳ねる。


「まって」


思わず前を走る背中に叫ぶ。このスピードは、こわい。


しかし私の声が聞こえていないのか、前の自転車のスピードは変わらない。

必死に追いつこうとするが、恐怖心によりどんどん速度が落ちていく。

大きく開けた真っ青な空に、ポツリと白いシャツが浮かんでいる。


このままじゃ、おいていかれちゃう。


「ねえ、待ってってば」


焦りを含んだ私の声に、意外にも彼はスッと止まり、こちらを振り返る。

その表情はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。

どうやら、焦っている私を見て楽しんでいたようだ。


「信じられない!」


そう言って怒ると、彼は子供のようにケタケタと、それはもう楽しそうに笑った。

私は怒りと恥ずかしさと、ちょっとした楽しさで、やっぱり笑う。


一通り笑った後で、彼は口を開く。


「        」


けれど、声が聞こえない。

口は動いているのに、音が全く届かない。


「え、なに?」


「        」




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大きな音が頭に響く。

蝉の鳴き声だろうか。

夏の田舎道だから、蝉などいくらでもいるだろう。


いや、しかし今は夏だっただろうか。

それに、蝉にしては音が一定すぎる。


肌がヒンヤリとした空気を感じ、思わず体を小さくする。

寒い。


夏、田舎道、蝉。何かが違う。

ここはどこだ。

ここは、どこだ。

ここは、部屋の中。

ここは、小さなシングルベッドの上。


靄が晴れていくように、徐々に意識がハッキリしてくる。

ようやく全てを理解した。

ため息交じりに体を起こし、けたたましく鳴る目覚ましのベルを止める。


体がとても重く、だるい。そのままの姿勢で、窓からチラリと外を見る。

雪は降っていないものの、灰色に覆われた景色から冷たい空気が伝わってくる気がする。

足元にあった布団を引き寄せ、顔をうずめる。


また、夢を見た。ここのとこ毎日、夢を見る。

そして決まって夢には、何年も前に失恋した相手が出てくるのだ。

それも決まって良好な関係で、とても楽しい夢なのだ。


現実逃避。

この言葉がしっくりくる。


毎朝決まった時間に起きて、決まった仕事をして、決まった食事をする。

使い方が分からないお金だけがどんどん貯まっていき、時間だけが過ぎていく。

楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、腹が立つこと。

それらが一切ない毎日を、ただなぜ生きているのかも分からず、しかし命を絶つ理由もなく、仕事のタスクをこなすように淡々と過ごしている。


そして何がトリガーになったのか、急に学生時代の夢を見るようになった。

はじめはクラスメイトや部活動など様々な夢をみたが、徐々に時代は中学に絞られ、彼の登場頻度が増え、次第にはテーマのない夢になった。


夢の中でさえ、彼と恋人関係であることは一度もない。

ただ楽しそうに笑い、楽しそうにどこかへいき、少しだけ彼が自分に好意を抱いていることが感じ取れる。

その夢の中では、楽しく、嬉しく、たまに悲しく。感情が大きく動いている。

そして夢が醒めた時、私の感情は急に色を失うのだった。



時計を見ると、6時10分を指していた。

何事にも執着のない私にとっても、朝の時間の貴重さは大きかった。

7時には家を出ないと間に合わない。


私はゆっくりと体を起こし、頭を真っ白にして支度を始めた。






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