剣と盾、英雄重奏。

瀬乃そそぎ

序章 緋剣、英雄独奏

緋剣、英雄独奏。




 鮮血の様な炎が飛び、群がる魔物の身体を焦がしていく。

 魔術の炎に当てられ黒く染まった身体はボロボロと崩れ、灰となって風に吹かれた。

 金銀の鋭い軌跡が宙を舞い、人狼の首を断ち切る。

 硬い毛皮に包まれた身体へ、滑らかに刃を通していくその剣技は超一流だった。


 紅蓮の液体が跳ね、灰が覆った地面を染めていく。

 鼻を突き刺す鉄臭さが蔓延し、眼の奥に沁みるような痛みを感じさせた。


 惨劇である。


 とある平原は魔物の死骸によって黒く彩られ、同色に濁った分厚い雲に見下ろされていた。

 高温の炎に焼き尽くされて灰になったもの、斬り裂かれて肉塊となったもの、多くの命の結末が転がっている。

 そこで、一人の少女が戦っていた。

 大量の魔物と、魔王軍の元幹部を相手にして、一歩も引かずに戦っていた。


 艶やかな黒髪ボブに、眠たげな紅い瞳。

 端正な顔立ちは表情が希薄で、簡単に壊れてしまいそうな儚さを感じられた。

 身に纏うは様々な付与エンチャントが施された赤と白のバトルコート。

 輪郭があやふやな、まるで光の様な『剣』と、刃も柄もある一振りの剣を握りしめている。

 そんなよわい一八の小柄な少女が、たった一人、剣を片手にボロボロになりながら戦っているのだ。


 いつもは感情が伝わりづらい静かな表情は今、苦痛で眉根が寄せられ唇を一文字に引き結んでいる。

 バトルコートは所々が破れ、自身の血でより赤く彩られている。


 その姿を、一人の少年が遠くから見ていた。

 警備の騎士と、城壁に囲まれた町の中――安全地帯から、ただ眺めていた。


 こんなはずはない。

 だってあの少女は。

 あの女の子は、勇者で、英雄で、伝説の魔法【剣】Swordの継承者。

 人類最強の戦士なのに。


 多くの魔物に囲まれ、かつて幹部だったらしい魔族に攻撃され、血反吐を吐きながら戦っている。

 それは、少年が知る彼女の姿ではなかった。


 少年が知る少女は、どんな敵を相手にしても飄々としている、圧倒的なまでの"最強"。

 誰にも負けない絶対的な頂上。

 最恐災厄と呼ばれた魔王さえも屠ってみせた無敵の勇者。

 そのはずだった。


 でも実際は。

 そんな、人類にとって都合のいいものではなかった。


 目の前で、無敵だと思っていた少女は嬲られている。

 理想と空想が、現実に塗り替えられていく。


 なのに何故。


 ――何故、ぼくは。


「こんなところで、ただそれを見ているだけなんだ……ッ!!」


 引き絞るような声は、剣戟の音に掻き消された。

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