エピローグ

30 愛

  1 愛の結晶


 ――二〇〇六年十二月。


 結婚前から、遠距離恋愛の時に手紙に子どもの名前を書き連ねる程、二人とも愛らしい子どもを待っていた。

 櫻が強い薬を飲んでいたので、巡り合うのは叶わなかった。

 葵や菫のような不用意な妊娠は避けたかったので、櫻は手帳をつけており、検査薬も使っていた。


「どうしよう。職場から帰って来るのを待てないよ」


 携帯電話にカメラで通話する機能がついていた。


 ピピピピピ……。


「おー。どうした、さーちゃん」

「妊娠したー!」


「お、おい。聞こえるから……」


 カメラの向こうの慧は、困っていた。

 初めての妊娠。

 心臓の拍動が危ういとの医師の言葉に櫻はひやりとした。

 その子は、流れてしまった。

 しんみりとした年明けとなった。


 ――二〇〇七年秋。


とよの秋 恙身つつがみながら 子を宿す』


 ――二〇〇八年五月五日。


 幾度かの苦難を乗り越えて、無事に櫻のお腹が大きくなった。

 帝王切開で、可愛い赤ちゃんと出逢えた。

 元気な女の子だった。

 

「慧ちゃん……。この子を愛情を持って育てるんだよね。私達ね……」


 感謝と感動と決意を深く胸に刻み込んだ。


「さーちゃん、今日からママだね」

「うん、慧ちゃんはパパだわ」


「名前は、絹矢茜きぬや あかね。女の子だったらの茜……。そうだよねパパ」

「この子に似合うと思う。あ、か、ね、ちゃん」


 慧パパはにまにまと櫻ママの隣を覗き込む。

 茜と命名したのは、『命の源』との意味を込めた二人の愛情からだった。


 家族が三人となり、我が家は賑やかになった。

 育児に励むもへろへろの毎日だった。

 

 ――二〇一一年三月十一日十四時四十六分十八秒。


 東日本大震災が突如として生きとし生けるものを襲った。

 植物、動物、命は平等だと言わんばかりに、まっさらに殺して行った。


 未曾有の大地震が襲って来た時、櫻は、任意入院をしていた。

 フロアにいたので、体を支える所もなく揺れに任せるしかなかった。

 心配なのは、慧だ。


「生きている……?」


 櫻は、慧の携帯電話にがむしゃらに聞いた!


「大丈夫」

「生きていてくれてありがとう……!」


 その後、病院へ面談の申し込みをしてあったからと本当に来てくれて、高田仁たかだ ひとし医師も驚いていた。


「これ、二人の誕生日だから、たまご屋さんのプリンな。売ってくれますかと訊いたら、売ってくれましたよ。最悪だよな。俺の誕生日、一生忘れられないよ」

「ありがとう……。慧ちゃん。茜ちゃんは?」


「保育園で無事だって。お袋が引き取りに行ってくれた」

「ほっとした……。ありがとうね。茜ちゃん、ママに会いたいよね……。何で入院なんてしているんだろう」


「仕方がないよ」


 食堂の方から、絹矢櫻が呼ばれた。


「折角、慧ちゃんと会えたのに」

「高田先生が、早く帰った方がいいと仰っていた。俺も帰るから。又、会えるから。大丈夫だからな」


 面会室で抱き合う事もはばかれたので、握手だけして、その場を離れた。


「慧ちゃん、無事に帰って。茜ちゃんも待っているから、ママもがんばって退院するよ」


 慧が帰宅したのは、夜を越えて明け方だった。

 茜は寝ていたが、パパの匂いが分かったのか、泣いて起き出して、抱っこをせがんだ。


「もう、大丈夫だよ。来週には、ママも帰って来る。茜ちゃん」

「パーパ……。あーん。マーマー。マーマー」


 その話を聞いて、櫻はもう入院しないと決めた。


 茜を泣かせない!

 慧パパに頼らない!

 櫻の為にも!


  2 永遠の愛


 茜は、ミルクを飲むのが遅かった。

 離乳食も嫌がっていたが、納豆だとなぜかよく食べた。


 茜は、胸の中で日々大きくなっている。

 小柄なママの背もいつしか越すのかも知れない。


 茜は、保育園でデザートが見えるとご飯が進まなくなってしまうらしい。

 ケーキ屋さんになるのかな。


 茜は、小学校が大好きだ。

 参観日に行ったら中々手を挙げていなかったが、この頃ではよくがんばっている。


 茜は、バレエを習いたいと一年生の冬に頼み始めた。

 発表会を何度か経験して、ママは気を遣ってお疲れ気味だが、本人は華々しい。


 茜は、フィギュアスケートにも興味があるようだ。

 平昌ピョンチャン五輪をテレビ越しに応援していた。


 茜は、男子はいじめするなど話して、ちょっとおしゃまだ。

 パパは、結婚が早いのではないかともう心配している。

 

 茜は、図工と音楽が大好きだ。

 ママに似たのかしらと微笑んでいるのをパパが微笑んでいる。


 茜は、あっと言う間に中学生になるだろう。

 受験とバレエの両立が難しくなって来ないか。


 茜は、高校生になったら、家にいる時間も減るだろう。

 好きな人も教えてくれるかな。


 茜は、一途な所があるから、ママとパパみたいに早く結ばれるだろう。

 パパは、むすっとしないだろうか。

 ママは、めそめそしないだろうか。


 茜は、結婚したら、可愛い子を授かるだろう。

 パパとママの初孫だ。


 パパとママは、おじいさんとおばあさんだ。

 もっと、もっと、一緒にいたい。


 茜の幸せを見届けたい。

 長生きして、今の幸せを新鮮なまま届けたい。


 おじいさんとおばあさんは、ひいおじいさんとひいおばあさんになる。

 もっと、もっと、もっと、もっと、一緒にいたい。



『慧ちゃん……』


『さーちゃん……』




『お茶がおいしいね』


『ちいさな事にこだわっていたわ』




 櫻は、そっと瞳を潤した……。




 ざざざざ……。


   ざざざざ……。




  ざざざざ……。













Fin.

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いつまで餌付けされてんの! いすみ 静江 @uhi_cna

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