11 らー・ちゃん
1 ラーチャン事変
最寄りの羽理科大学前駅迄来て、線路沿いに左へ曲がった。
そこからは、違法駐輪ばかりが散らかっていた。
「ラーメンがお好きなんですね」
「ん? どうして?」
二人は狭い道を絹矢先輩を前にして歩いた。
「さっきの『X年』で、ちょっと気になってしまって」
「あーあ。元々、山ん中育ちで魚に縁がないとかってのもあるけど、こっちに来て友達と行くって、ラーメン屋だろう?」
私は、風間ちゃんともラーメン食べに行かないな。
学食にもあるけど。
「皆さん、ラーメン屋さんに行くんですね」
今日は、絹矢先輩だけだ……。
うん、悪くない。
「さーちゃんはどこに行くの? 実家で食べるの?」
そっか、知る訳ないか。
「うーん。家庭教師のバイトがある日は、生徒さんのお祖母様が出してくださるのですよね。外食する時は、スパゲッティーとか好きですね」
実家では食べられないとは言いにくかった。
米は一升ずつ炊くので、臭いが出ても食べないといけないし、おかずは定番の火を使わない料理。
それでいて、キッチンらしき所が汚いので、殆ど入らない。
買い物は、出掛けないで組合の通販で二週間分するので、冷凍品か生野菜が多く、私は葵お母様から特別な洗礼を受けている気がする。
「もう着いたよ」
「は、はい」
ぼけっとしていた。
店にはラーメン屋らしくない『パラダイス』と言う文字が読み取れた。
来来軒とかじゃないんだ。
「ばんわー」
ガラガラ……。
暖簾をくぐると六席のカウンターと二人掛けの席が二つ。
そして、入り口には何故か駄菓子が置いてあった。
何屋さんだろう。
じいーっと見てしまった。
「うちはね、昼間、ばあさんが、駄菓子屋をやっているんですよ」
奥から声がした。
「そうなんですか。いいですね」
微笑ましく思った。
「ここに掛ける?」
「はい」
壁際の二人掛けのテーブルに絹矢先輩を真ん前にして座った。
うわっ。
真っ正面で近くないですか?
どきどきはらはら。
「何にする? 俺は元々決まっているから」
「そうなんですか。うーん……。うん、決めました」
「すみませーん」
さっと絹矢先輩が手を挙げてくれた。
「はいよー」
「何? さーちゃん」
「タンメンお願いします」
「後、俺は、ラーチャンね」
何してもきらんきらん。
銀縁眼鏡もいいなあ。
「はいよ!」
威勢の良い声がした。
私のどきどきは未だ続いていた。
絹矢先輩とごはん。
絹矢先輩と初めてごはん……。
「ラーチャンって何ですか?」
「ラーメンと半チャーハンのセットだよ。パラダイスでは」
「何か、格好良いですね!」
「はは……!」
ガラガラ……。
「いらっしゃい!」
「ん? 絹矢先輩じゃないですか」
「おう! 」
お知り合いかな。
「ここに座ってもいいっすか?」
二人掛け席に椅子を持って来て、絹矢先輩と私の間に座った。
「アニ研の新人さんだよ、夢咲櫻さんだ。こちらが、わっちーこと平泉航流君。三年だよ」
「もう頼んだっすよね。俺、ラーチャン!」
「はいよ!」
「鬼の羽大愛の農場実習からの帰りっす」
「大変だな」
「体使うと腹減るっすよね」
二人きりの初めてごはんは、な、ら、ず……。
がっくり。
でも……。
やるべき事が……!
2 二つめの大学
こうして、わっちー先輩も交えて、絹矢先輩と『パラダイス』でごはんにする事にした。
「へいよ! ラーチャン二丁にタンメンあがり!」
店主が奥さんと三人前を一度に運んでくれた。
赤いテーブルにキチキチと並んだ。
「うふふふ」
私は、堪らなく楽しくて笑ってしまった。
「あは。楽しそうだねえ、さーちゃんの笑った顔は可愛いね」
えー。
いやん、そう?
多分、頬が紅潮していると思って、慌ててムンクの叫びみたいに隠しちゃった。
「さーちゃんって呼ばれているの? 櫻さんだからかな?」
わっちー先輩も優しそうである。
二人っきりの時よりも寧ろ落ち着くかも知れない。
「へーい」
私は、お冷やで一人乾杯をした。
「何か飲ませたっすか? 絹矢先輩……」
「いや、雰囲気かと……」
二人とも私をじっと見ている。
そして、のってくれた。
「へーい、カンパーイ!」
「いええーい、カンパーイ!」
もう、何だか分からない。
「いただきます!」
箸で麺からいただく。
伸びたら勿体ない。
「タンメン美味しいですねえ」
ちゅるちゅる……。
「具沢山が又、天国ですねえ」
もぐもぐ……。
安くても、もやしは天国。
「俺、チャーハンが旨い店が好きなんだ」
へえ、流石、ラーチャン好き。
「勿論、ラーメンもだよ。ラーメンなら初めて行く店は塩を頼むよ」
「拘りがあるんですね」
余程お腹を空かせて来たのか、わっちー先輩が、飲む様に食べ、お冷やに口を付けた。
「俺は、先輩が旨いと言った所で外した事ないっすよ」
ことっと空のコップを置いた。
「ぐるめハンター並みですね。三ツ星探しができるかも」
暫く黙って食べていた。
ちゅるちゅる……。
ラーメンは、母上の葵は出前でしか食べなかった。
それも、自分が恥ずかしいから、櫻に出前の電話をさせていた。
お店で食べるのは美味しいんだなあ……。
「所で、さーちゃんは、現役だよね? 見た感じ。三歳下かあ。若くていいね」
絹矢先輩から、シルクアローが飛んで来た。
「え、えーと、幾つか受験したのですが、希望の所が落ちてしまったので、浪人しました。神保町の
「若く見えるからさ、それに賢そうだし」
「若い! 賢い? どっちも違いますよ。賢かったら浪人しませんよ。お世辞が上手ですね」
タンメンを食べて出た汗と冷や汗をハンカチで拭いた。
「それから、言いそびれていた事があります」
割り箸を置いた。
言わなきゃ。
今の内に言わなきゃ……。
「何だい?」
ごくりと唾を飲み込んだ。
もう、逃げない。
「二年生なんです。新入生じゃなくて」
「……。浪人で、二年生?」
「まだ、隠している事があります」
「何でしょう?」
曇った眼鏡を絹矢先輩が拭いた。
「私、他大学出てます」
「そうなんだ。どこ?」
眼鏡を掛けて、私を再び見つめた。
「東京の紫藤美の短期大です」
言ってしまった!
とうとう殆ど喋っちゃった……!
「びっくりしたな……」
「結局……。今、何歳……?」
後に聞くと、本当にびっくりしたらしいです。
ごめんなさい……。
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