第65話 初めて泣いた日
※お盆休みを挟んでまたもや遅くなり本当に申し訳ありません……そして今回もシリアスですがどうかお付き合い下さい。
ズ・ティ編は今回で終了、次回からまたギャグテイストに戻ります!!……多分
「アミメキリンさんならどうしますか? 二人を溶かした結果、ズ・ティさんの心が再び壊れてしまうとして、それでも解凍に踏み切れますか……?」
「私は……」
アミメキリンにとっても、こんなことは初めてであった。真実は分かっているのに、それを明らかにするべきか分からない。
思考の深みにはまってしまいそうだったその時、頭の中に自分のものではない声が鳴り響いた。
(────話は聞かせて貰いました)
つなぎもハッとした顔をする。どうやら同じ声を聞いたようだ。
「この声は……」
「オイナリサマ!?」
遠く離れた地にいる彼女も、二人の会話を千里眼的なあれで聞いていたのであった。
「直接脳内に……!?」
(うーん、どん兵衛釜玉風美味しくないです……)
「まさかの食事中!?」
悲しい過去を語っている中でもカップ麺作って食べれる、そう、守護けものならね(個人差があります)
(……え!? これお湯を捨てるタイプなのですか!? どん兵衛なのに!? どうりで味が薄いと……お吸い物にうどんいれちゃったみたいになってしまってこれはどうしたもんかと)
「あのー……オイナリサマ、オイナリサマ?」
アミメキリンは脱線しまくっているオイナリサマに呼び掛ける。カップ麺の多様化が進む昨今、正しい手順を把握してから作るのは大事なことだがさすがに今はズ・ティの件の方が大事である。
ちなみにオイナリサマ、カレーうどんや酸化したおあげに続きまたも食品に敗北している。これはもう誰かに作って貰うしかない。謎の野菜や高い打点からのお塩、オリーブオイルが猛威を奮うヒグマ'sキッチンの開催が待たれる。
(お、おっと話がそれました。ええと、解けかかっている記憶の封印、私ならば掛け直すことが出来ます)
「本当ですか!?」
つなぎはオイナリサマに聞き返す。
(ええ、私も守護けものですから、既にある封印を重ねて掛けるぐらいのことは出来ます。そうすることで、封印が解けかかる前の状態に戻るでしょう)
彼女が提示する方法も、完璧な解決法とは言えなかった。
「封印が解ける前……と、いうことは」
ズ・ティが毛皮盗りになったのは微かながら記憶を取り戻したから。その記憶が封印されることはつまり……
「ズ・ティはまた全てを忘れてこの雪山の奥で静かに暮らしていくのね……」
彼女が孤独になることを意味していた。
(……正直、当事者でない私達には迂闊なことは出来ない、というのが私の本音です。封印が弱まるまでズ・ティが問題なく生活出来ていたのであれば、元に戻してあげるのが私に出来ること……)
「そう、ね……」
「アミメキリンさん、納得いかないんですか?」
「探偵として、真実から目を背けることを良しとするのは……気が引けるわ。ねぇ、もっと色々調べてから考えるべきじゃないかしら」
明らかになった過去が衝撃で思わず忘れていたが、この記録が全てではない。結論を出すにはまだ早いとアミメキリンは考えた。
(そうですね、今の最優先事項は海洋汚染の浄化方法を見付けることです。それが解消しないと私もみずべちほーから動けませんし………… ん? ちょっと待ってください)
オイナリサマの声がどこか焦りを感じさせるものに変わる。
(洞窟の中からズ・ティの気配を感じません!
本当に隣の部屋で寝ているのですか!?)
慌てて確認するも、やはり姿は見えなかった。
この状況から考えられる可能性はほぼひとつ。
「しまった……まさか、聞かれてた……!? 気配は全然しなかったのに……!」
つなぎはズ・ティに聞かれるとマズいと思い、注意はしていた。しかしその上をいかれた。
(忘れたのですか! 彼女はUMAのフレンズであり神出鬼没の毛皮盗りとも呼ばれた存在、気付かれないように近づき、またこっそり抜け出すなど容易い筈です!)
「とにかく探すわよ!」
急いで洞窟から出ると、自分達が洞窟に入るときの足跡の他に、何処かへと歩いていくものがある。
それを辿ってしばらく行くと、別の崖に出来た裂け目の前に立つ彼女を見付けた。
吹雪の中、ズ・ティはこちらに背を向け立ち尽くしていた。アミメキリン達が背後にいると気が付くと、ゆっくりとこちらを振り返り、語り始める。
「思い出しました、ここがあの人が密かに作っていた研究室……そしてこれが……」
ズ・ティは一歩横にずれる。そこには、爪か何かで文字が刻まれた石があった。
「あの人の、お墓……この下には、きっとまだあの人の遺体がある……」
記録の内容から察するに、遺体を回収し火葬する暇はなかったのだろう。その場に埋葬されている可能性は確かに高い。
「……そうかもしれないけれど。ねぇ、何をするつもり?」
アミメキリンは嫌な予感を感じながらも問いかけた。
「何って、決まっているじゃないですか……生き返らせるんです、あの人を」
先程からズ・ティは、ずっと笑顔をたたえている。それが一層不気味さを増長させていた。
「何を言っているかよく分からないけれど、死んだ人は、生き返らな……」
嗜めようとするアミメキリンの声を遮るかのように、ズ・ティは叫ぶ。
「────ヒトのフレンズ!! 死体でも、サンドスターが当たればフレンズになる……そしてヒトのフレンズは実在する!! そうですよね!! だって───私の目の前にいるんだから!!!」
実質名指しされ、つなぎはビクリと肩を震わせる。
(ズ・ティ、よく聞きなさい…… 死体からフレンズになってもその人物とは別人です。 そしてこれは自然の不思議なのですが……同じエリアに、同じ種類のフレンズが生まれることはほぼないのです)
オイナリサマが嗜めようとするも、その言葉は今伝えてはいけないものであった。
ズ・ティの中で、何かが切れた。
「このエリアに……ヒトのフレンズがいるからあの人が生き返れない……? ────なら!! あの人の為に!! お前がいなくなれぇぇぇ!!!」
叫び右手を振り上げる。一瞬サンドスターが輝いたかと思うと、その手に氷で出来た巨大な熊手が現れた。
「まずっ!? つなぎ!!」
気を付けて、と叫ぶ間もなくズ・ティはつなぎに殴りかかる。噴火の様に雪が舞い、二人の姿が白に埋もれる。
「嘘っ!?」
(落ち着きなさい! 彼女は無事です!)
つなぎは、すんでのところで野生解放し、パンダの力でギリギリ、ハンマーを受けとめていた。
「ぐぎぎぎぎ……グアアッッ!!」
受けとめていたハンマーを押し返し、パンダモードを解除しながらつなぎは叫ぶ。
「ぐへぇ…… 本当に死ぬかと思った…… 下が柔らかい雪だから良かったものの、何発も受けとめられないですよ! どうするんですか!?」
「な、何とかして落ち着かせないと……」
しかし相手は凄まじい巨体のフレンズであり、無理矢理押さえつける事は到底不可能。
完全にやけになっていて適当な言葉が届くとも思えない。
(二人とも! 後ろの研究室から、微かに何かが……こっちへ来いと呼び掛ける力を感じます!)
「オイナリサマ、今そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「アミメキリンさん! どちらにしろ打つ手が無いなら一か八かです! 僕を狙っているうちに早く!!」
「……やられちゃ駄目よ、分かったわね!!」
アミメキリンはつなぎから離れ、奥の研究室へと向かう。ズ・ティはそれには目もくれず、つなぎの事を睨み付けていた。
「大人しく、ぺしゃんこになってしまえ……!」
「……お断りです!!」
アミメキリンは洞窟の中をかける。先程の洞窟とは違い、こちらは入って少し走るとすぐ研究室にたどり着いた。
室内にはほとんど資料は残っていなかった。恐らく見付かって欲しくないものは移動させたか処分したのだろう。
(……そこ! 左から二番目の棚の引き出し、あそこからです!!)
言われた場所を開けると、機械がひとつだけ入っていた。
「……何これ?」
(それは……!?)
アミメキリンと別れて数分、つなぎは満身創痍であった。むしろそれだけ持ったのは奇跡である。
しかしもうサンドスターもすっからかんで、ズ・ティの一撃を防ごうとしてそのまま岸壁に吹っ飛ばされ崩れ落ちていた。
ちなみにつなぎは寒いので雛ペン毛皮を身に纏っていたため、激突のダメージがだいぶ緩和されていた。そのせいで絵面が完全に弱いものいじめなのだが。
「手間取りましたがこれで終わりです……!」
ズ・ティが熊手を振り上げると同時、つなぎの体に何かが巻き付き洞窟の中へと引き入れる。アミメキリンのマフラーであった。そのままつなぎを抱え、洞窟の奥へ逃げていく。
「ちょこまかと……けれどその先は行き止まりです」
ズ・ティも洞窟を奥へと進み、研究室にたどり着く。しかし、そこには二人の姿は無かった。
「一体何処に……?」
その問いかけに答えたのは、アミメキリンでもつなぎでもなかった。
「こっちだ」
「!?」
声がした方へズ・ティは勢いよく振り返る。そこには、一人の男が立っていた。しかしよく見るとブレる枠線、そう、ホログラムであった。
狼狽えるズ・ティ。しかし映像は止まらない。
部屋の中に男のホログラムが再び立つ。そして、まるで生きているかの様に動き、語りだした。
────────────────────────────
「あー、お前に渡したのは最新の動画撮影機で、撮った映像をホログラムにして現実空間とリンクさせることが出来る。……聞いてるか? ズー?」
「はーい、ばっちり撮れてますよ~」
「おまっ! 俺が撮影開始だと言ってから始めろと…… まぁいい、それは実験で後々使うとして一旦動画撮影止めてこっちに来い、真面目な話だ」
ゴトリと音がするも映像は終わらない。わざと切らずに撮影しっぱなしにしているようだ。
「良いか? 俺が今研究している内容はフレンズの心とサンドスターの関係……とあのバカ教授には伝えている。が、本当の所はフレンズの心とサンドスター・ロウの関係の研究をしている。
……これはヤバイものだ。だが、だからこそ誰かが研究しなければならない。サンドスター・ロウはフレンズの心に非常に悪い影響を与えるからだ。そして、どうやらヒトの心にも悪影響を与える可能性がある。
そして、そんな危険な研究をしているからこそ、ズー、お前に言っておく事がある。」
男は座っていた椅子から立ち上がり、何かを見上げて話を続ける。
「サンドスター・ロウの取り扱いには最新の注意を払っているが──もしお前にサンドスター・ロウの悪影響が出た場合お前を隔離しなければならない。そして、もし凶悪化して暴れる場合は……最悪の手段を取ることもあり得る。それが何なのか、言わなくてもわかるだろ?
そして逆も然りだ。俺がおかしくなったら無理矢理でも研究を止めさせてくれ。そしてどうしようもなくなった時は……お前の手で殺してくれ。これも最悪の時の話だ」
ぼそりと音がしたが内容が分からない。ズ・ティは機械から離れてしまっているため彼女の声は録音出来ていないようだ。
「何でそんなこと頼むのかって……? あー、なんだ、その……俺はお前の事はそれなりに信用しているってことだ。
もしもの事なんて起こらないことを祈るがな。この研究は……必ず必要になるはずだ」
「ん? 俺の好みのタイプ? そ、そんなことあまり考えたことがない…… うん、料理は上手い方がいいな。俺の母は壊滅的に料理が下手だったから。身長? 身長は……気にしないな。───どうしたんだ、急に機嫌よくなって」
「いーえ、別に~♪」
再びズ・ティの声が入った。とても愉快そうに笑っている。
「とにかくだ! 俺に何かあったらこの研究のこと……頼んだぞ。 誰よりも優しくて、真面目で……どんなものもないがしろにしない、そんなお前だからこそ俺は……え? まだ録画してる? バカ! これ記憶媒体がクソ高いんだから早く録画を止め……」
────────────────────────────
映像の再生は終わった。ズ・ティは静かに立ち尽くしていた。
「忘れてた、私……あの人に頼まれてた。後を頼むって」
手にもっていた氷の熊手も、いつのまにか消えていた。
「アミメキリンさん、つなぎさん、貴方達ですねこの映像を流したのは……」
「そうよ」
物陰からアミメキリンが姿を現す。
「────ありがとうございます、私は大切な事を忘れていたようです。あの人の声も姿も……約束も。ふふふ、ふふふふふふ……」
ズ・ティは笑っていた。記録にあった乾いた笑いとはこれのことだろうか、と考え、訊ねた。
「何で、笑ってるの?」
「あの人達に教えてもらったんです、辛いとには笑うんだって……でも、どんなに笑っても、悲しい気持ちが止まらない……はは、ははは……」
「────っ!」
アミメキリンの頭の中で、ひとつの謎が解けた。彼女の脳裏に、以前別のUMAのフレンズと話した時の記憶が蘇る。
以前かばんを祝うパーティをしたときのこと、アミメキリンはツチノコに声をかけたのだ。しかし……
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「な、なんだこのヤロー!! キッキックシャー‼」
「きゃっ!? ……いきなり威嚇するからちょっとカレーこぼれちゃったじゃない!」
「う、すまん…… こ、これはヘビの習性ってのと、フレンズ化した時に最初に会ったフレンズに威嚇されてな……その時から癖になっちまった感じがあって…… 俺たちUMAのフレンズは、元の動物が存在しない影響か、何故か最初は感情に乏しくてな、色んなやつと触れ合ううちに喜怒哀楽を学んでいったんだ」
「きどあいらく?」
「楽しいとか悲しいとかムカつくとか……そんなやつだ。知る度に、世界に色がついて見えたんだよ」
「? 世界はいつだってカラフルだけど」
「物の例えだよ!!」
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「違う、違うのよズ・ティ。辛いときはね、泣くの」
「泣く……?」
愛する人をその手で終わらせた時、彼女はひたすら笑っていた。それは彼女の心が壊れた訳ではなかったのだ。辛い気持ちを乗り越えようと、ひたすら笑っていたのだ。
「辛かったのね……今だけは、泣いていいのよ」
アミメキリンが目を涙ぐませながら優しく声をかけると、ズ・ティは立つ力を無くしたかのようにその場に膝から崩れ落ちた。
アミメキリンは、そんな彼女の頭を優しく抱き止める。
久々に感じる他者の温もり。そして一瞬だけ見えた彼女の涙を見て、自分の心から知らない何かが溢れだす。
「う、う……す、好きだった……ぐすっ……ぶっきらぼうな言葉で……い、いつも私を誉めてくれる…………一緒に……いるだけで……ぐすっ……良かった……の……に……うわあああぁぁぁぁん!!」
UMAのフレンズである彼女は、感情に乏しかった。ふたり組の男に出会って、彼らがよく笑い、よく怒るところを見て笑顔と怒りを知った。
泣くことは知らなかった。
楽しく生きるフレンズ達の中で、涙の意味を知っているのは悲しい別れを経験したものだ。
ズ・ティは今、泣くことを知った。深い心の傷を負った彼女は、泣くことによってほんの少しだけ…………重荷から解放されたのだった。
次回 「飲み会」(内容は予告無く変更になる場合がございます)
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