GAME

ポム

天使サイド

「そいつ」は突然やってきた。何の前触れもなく地の底から湧き出るように或いは、空の彼方から降ってくるように。

朝、僕が目を開けると「そいつ」は僕のベッドの横に立ちまるで水溜りでも見るかのようなジトッとした目で僕を見下ろしていた。僕が目を開けたことに気づいた「そいつ」は頼んでもいないのに自己紹介をし始めた。果てしなく気だるそうに。

「あ、起きましたか。初めまして、天使です。天使と聞くと人間は可愛い女の子なんかを想像するのかもしれませんが、残念ながら私は男です。翼も頭の上のリングもありません。それに...」

天使と名乗るスーツの男はあまり抑揚のない声で続けようとしたが僕の頭の中を一瞬にして支配した恐怖はそのまま口から溢れてしまった。

「こ、殺さないで、下さい...」

普通に考えてみてほしい、いや、見た瞬間にわかることだろう。これはただの不法侵入だ。もう怖くて怖くて全く体が動かない。自称天使の不審者は怪訝そうな顔をして言った。

「はい?なにを仰っているのですか?不審者などではありませんし、まず天使は人を殺めるなんて野蛮なことしませんよ。」

「ふ、不法侵入だ。出て行かないなら、警察呼ぶぞ。」

勇気を振り絞って「警察」というワードを出してやった。動揺した隙に頭の横に置いてある携帯を取って通報しようと考えたのだ。我ながらよくやったと思う。僕の思考はあっさりと粉砕された。

「ふっ、警察ですか。そんなもの呼んでもどうにもなりませんよ。警察官に私は見えませんし。そしてもう一度言いますが私は不審者ではなく天使です。今日は用事があってきたのですよ。とりあえず起きてください。いつまで布団をかぶっているつもりですか?」

寝起きの頭では整理出来ない、いや、絶好調に働いている頭ですらこの状況についていくのは難しいだろう。

遠回しに布団から出ろと言われたので僕はビクビクしながら布団から出る。こういうときは相手から目を離してはいけないと思い実行していると天使は呆れたような顔で言った。

「まだ私のことが怖いんですか?」

バレている...

僕はそんなにわかりやすくビビっているだろうか...

確かに腰は引けているし膝はガクガクだし呼吸も浅い。さらに体中に変な力が入っていてまともに歩けるような気がしない。

...バレる要素しかないではないか。

「そうですよ。バレる要素しかないんですよ。まぁその前に、私にはあなたの考えていること、全部筒抜けなんですけどね。」

欠伸まじりに自称天使はとんでもないことを言った。

「じゃあ僕の名前もわかるってことだな?い、言ってみろよ。」

「はぁ、信じて頂けないのですか。まぁいいですよ。あなたは鬼頭洋介、十九歳。大学の一年生ですね。実家は埼玉県、お父様は林業をなさっている。こんなもんでいいですか?」

「そ、そんなもの、探偵とか使って調べたらわかるだろ。僕しか知らないことを...」

僕の言葉を遮り自称天使は言った。

「中学生のときに一度だけ平均点八十点のテストで二十三点を取り、そのテストは未だに屋根裏部屋の角の隙間に入っているんですよね。」

ここまで言われて信じるなと言われる方が無理だ。僕はもう唖然としてしまった。

「じゃあ本当にお前は天使なのか?」

「先程から何度も申しているはずなのですが、記憶にありませんかね。」

天使は最大限にめんどくささを出した顔をして言ったのだった。

僕は顔を洗ったり着替えたりと朝の準備をした後、食卓についた。

今日の朝食はいつも通り簡易的なものだった。少し焦げた食パンにマーガリンを塗ったものと賞味期限間近な牛乳。ふと天使は食べるだろうかと考えるとすぐに返事は返ってきた。

「いえ、大丈夫です。ここ座っていいですか?先程言った用事のことを話したいのですが。」

僕はどうぞと言い、その用事とやらを聞くことにした。

「ではまず簡単に大まかなことを話していきます。わからないことがあれば気軽に質問していただいて結構です。

今回あなたにはある大会に参加していただきます。その大会というのが簡単に言うと鬼ごっこです。」

そういうと天使は地図を広げた。

「東京の渋谷区全体が舞台となります。もちろん参加者はあなただけではありません。鬼ごっこですからね。戦っていただくのは悪魔、の選んだ人間です。次にルールを説明しようと思いますがここまでで質問はございますか?」

僕は少し冷めてしまったパンをかじりながら静かに首を横に振った。普通なら理解出来ないであろうことのはずなのに何故かすらすらと内容が頭に入ってくる。これもこの天使の影響なのだろうか。

「そうですね、私が少し思考回路を補助しています。」

「あ、1ついい?あの、なんか話し方が固くて僕が緊張しちゃうからフランクな感じでいいよ。」

「なら、お言葉に甘えて...と言いたいところですが決まりですのでこのままいきます。これからするのはルール説明です。まずは参加人数ですね。天使の方から五十人、悪魔の方から五十人です。ゲーム中は渋谷区からは出ることができません。出ようとすると障壁にぶつかってまぁ少なくとも三メートルは吹っ飛ぶでしょうね。でも障壁は見えるようになりますからぶつからないでしょう。開催中でも一般人は渋谷区を出入りできます。そうすると参加者の判別の仕方になりますね。これは簡単なんです。参加者の頭の上にはカーソルが現れ、これは一般人からは見えなければ、自分で触れることもできません。まぁただの光の塊だと思ってください。天使軍には黄色、悪魔軍には黒に近い紫色のカーソルが現れます。ここまででご質問は?」

僕はパンくずが散らばっている皿を眺めてから天使に視線を移し首を横に振った。

「さぁ、ここからが本題なんですよ。このゲームは言うなれば『殺し合い』です。しかし安心してください。このゲーム内で殺されてもゲームに関する記憶とカーソルが消えて今朝に帰ってくるだけです。片方のチームが全滅かタイムオーバーしたときの残数で勝敗は決まります。そして、勝利したチームで最後まで生き残っていた者には特典があるんです。なんと、願い事が1つ叶うのです!生き残っていたとしてもチームが負けたら殺された時と同じようになるから、忘れてはいけませんよ。勝ったら記憶は消えません。まぁおまけみたいなものだと思って下さい。さて、今から一番大事なことを言いますね。制限時間です。制限時間は5日間。先程も言ったようにその間渋谷区から出ることはできません。しかし睡眠を一切必要としない為文字通り一日中動き回れます。長くなりましたがここまでが私が説明しろと言われていることです。最後に質問はありますか?」

質問という質問は無かった。しかしやはり「殺し合い」という言葉は頭に引っかかる。

「殺すって、どういうことだよ。」

僕は聞いてみたが天使は悪魔のような笑顔をして「そのままの意味です」と言っただけだった。

天使は椅子から立ち上がるとそのまま部屋を出て行こうとしたが立ち止まり振り返った。

「そういえば、言い忘れていましたが実施は3日後、昼の12時からです。それではまた。」

それだけ言うと天使は煙のようになり消えていった。僕は悪い夢なのではないかと思い、夢ならば冷めてくれと願った。しかしその思考こそがこれが夢ではないということを証明していた。

窓の外の空は僕の心とは裏腹に嫌に晴れ渡っていた。

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