ガッツ燃やすぜ!ゴォーカイザー!
宇宙怪人イギョウの拳が、
剥きだした山肌が抉られ、蒼き装甲が敗北の運河を形作った。
「ぐわあああッ!」
セイリュウのコックピット内に、
首の抜けるような衝撃と、ウンウン唸る警告音が、ひどく不快に痛みを疼かせた。
「ちくしょう……!」
山々が形作る椀めいた谷。
そこに無残に傷つき横たわる機神の影は、ついに四つとなった。
リョウガのセイリュウ。
シュンヤのビャッコ。
ゴウタのゲンブ。
アユミのスザク。
すべてやられた。
たった一体の宇宙怪人――漆黒の鋼で総身を翳らせ、影の兜で天を涸らす闇の化身イギョウによって。
「くそぉ!」
リョウガは中央に配された
しかし、機神は応えない。黄金に輝く瞳も、今ではイギョウの闇を前に沈黙する。通信を介して届く仲間の声は、敗北者の呻きと嗚咽だった。
以前にもこんなことがあった。
怪人ロガとの戦いで、リョウガたちは敗れたのだ。
だがあの時、街が滅ぼされることはなかった。
犠牲となった、たった一人の英雄がいたから。
「アニキ……」
それは機神キリンの適合者にして、リョウガの兄ハヤテだった。
喧嘩に明け暮れていたリョウガを、セイリュウの許へ導き、力を使うべきときを、その背中で語ってくれた、たった一人の兄。
散り際の言葉が、脳裏に明滅する。
『リョウガ。ガッツを燃やせ』
「燃やしてきたさ。灰になるまで……」
リョウガは泣いた。
兄を喪った悲しみか、敗北の悔しさか解らない。ただ目頭が熱く、胸が苦しかった。
けれど涙に歪んだモニタの中、敵は悲劇の終幕など待ってくれない。漆黒が歩み、大地を枯らし、命を奪う。傷ついた機神たちにとどめを刺すべく、手中に黒き稲妻を握りこむ。
そのときだった。
「グオアアアァ……」
不意に、セイリュウが悶え始めたのだ。細長い体躯に備わった小さな腕を振り回し、天を仰ぎ吼えていた。谷に
リョウガはその咆哮に、はっとして目を
「セイリュウ……泣いてるのか?」
リョウガには解った。セイリュウは、たしかに泣いていた。
死が怖いのか。別れが辛いのか。
たしかなことは解らない。
けれどその咆哮が、リョウガの中の忘れてはならないものを、かっと燃え上がらせた。
その胸の
『……って!』
呻きと嗚咽の通信が、不意に別の音を捉えた。
リョウガは、そのノイズ混じりの通信に耳をそばだてた。
『……ばって! 頑張って、リョウガくん!』
「これは……シズクちゃん!」
幼馴染の声だった。
挨拶代わりに拳を振るっていたリョウガを、ただ一人優しく見守ってくれた――リョウガが守るべき人の声。
『がんばれ! 走れ、シュンヤ!』
『這いつくばってんじゃない、ゴウタ!』
『飛んで! 飛んで、アユミ姉ちゃんっ!』
次々と声が溢れる。
山々の向こう、帰りを待っている人々の声が、狭いコックピットの中で、無限に拡がってゆく。
リョウガは涙を拭った。
「なにしてんだ、俺……。これじゃ敗けないために戦ってるみたいじゃねぇか」
『ああ、そうじゃねぇよな』
シュンヤの応答があった。
『うん、間違えてた。そんなことのために戦ってるんじゃない!』
ゴウタの声が力強く響いた。
『忘れちゃってたね……。私たち、ずっとみんなのために戦ってきたはずなのに』
決然として顔を上げるアユミの姿が目に浮かんだ。
リョウガは笑った。仲間たちと、守るべき人々の姿を胸に抱き、玉に強く手をかざす。
「大事なもんは、取り戻したぜ。行こうぜ、みんな!」
『『『応ッ!』』』
機神から返ってくる力は重い。全身が軋んで、バラバラに砕けてしまうような痛みがある。
けれど、それ以上の力が、胸の底から湧き上がってくる。
通信から感じられる声以上のものが、みんなと繋がっているのが解る。
そこに天が応えた!
『おい、あれは!』
ビャッコの頭がもち上がり、天を仰いだ。
そこに黄金に煌めき、空を馳せる神々しい姿がある!
「キリンだッ!」
あの時、ハヤテはたしかに死んだ。キリンの胴に穿たれた巨大な風穴が、その証左だ。
それでもたしかにキリンは来た。最後の機神は戻って来たのだ!
「キリン! アニキと一緒に、お前も来てくれぇ!」
「コオオオオッ!」
キリンの呼応とともに、玉が燃え上がる。胸に爆ぜる熱が、流れ込んでいく!
「ガッツ燃やすぜ! 機神合体!」
リョウガのかけ声とともに、五つの機神が宙へ舞った。
一拍遅れて吐き出されたイギョウの雷撃が、むなしく虚空を這い山肌を削る。
それを眼下に、神々は結ばれる!
天に巨大な人型が影をなす!
脚に白き爪牙、双腕に鋼の盾、胸に
「「「「これぞ俺たちの正義の思い!
天へ視線をめぐらせたイギョウは、次なる雷撃を放った。虚空を裂く闇の稲妻が、大気と爆ぜ、ゴォーカイザーを襲う!
しかし正義の思いは、すでに結ばれた!
「みんな行こうぜ! アニキの思いものせて!」
盾の双腕から土塊が渦を巻く! 虎の爪から白き風が舞い上がる!
紅蓮の翼が燃え上がり、竜とともに白き炎をまとう!
胸の一角獣から雷光が迸り、それらを一つに紡ぎ合わせた!
「「「「必殺ッ! カイザーフレアーッッッ!」」」」
解き放たれる五つの光!
束ねられた正義の渦は、五柱の神々の姿を現し、闇の稲妻と切り結ぶ!
衝撃が白き輪となって膨れ上がる!
邪竜の如く、黒き稲妻が跳ねた。
神の姿が霞む。
一つ二つと消えてゆく。
三つ四つと消えてゆく。
しかしその中に、たった一つの煌めきが残る。
黒き光の中央に螺旋を編み、絶えず吼え続けている!
「コオオオオッ!」
「アニキィィィッ!」
絶叫とともに、闇が爆ぜた。
一条の光がイギョウを貫く!
たちまち静寂が覆った。
ゴォーカイザーは踵は返した。
背後で闇が収縮した。
「守ったぜ――」
リョウガの頬を涙が伝った。
刹那、収縮した闇が火炎の柱となって爆発した。
それが山々の連なりから覗く街を、微かに照らし出した。
爆風のあとには穏やかな風が吹いた。
リョウガは、その風を受けて笑う人々の顔を思い浮かべた。
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