#魔女集会で会いましょう

如何ニモ

第1話 鈴蘭の魔女

・子供


 この世界は理不尽で満ち溢れている。


 戦争孤児の僕は必死に生きようとした。

 けれど、大人たちはドブネズミのように僕を毛嫌いし、親の居る子供は守ってくれる人がいない僕に石を投げる。

 孤児の仲間も一人で生きるのが精一杯で、ただただ僕は孤独だった。


「この世界には優しさも、救いも、魔法もないんだ」


 これで3日目くらいだろうか、ご飯にありつけないのは。

 市場でりんごを盗んで。でも、捕まって痣だらけになるまで殴られた。

 軋む体の痛みと、大人たちの容赦のない暴力に怯え。僕はご飯を盗む、奪うこともできずに一人で壁にもたれかける。


「やっぱり、死ぬのかな……」


 僕と同じ子供の死体をなんども見てきた。その死体が街の外観を汚すと、大人たちが川べりで死体を山積みにする。そして、どこからともなくやってきたトラックに載せられて、ゴミのように捨てられるんだ。

 ああ、僕も同じだ。僕も路傍の石ころのように捨てられるんだ……お腹が減りすぎて涙すらでなくて、僕はただじーっと路地裏で乾いた太陽を眺める。


「そこの小汚いの。お前だ、お前」


 僕に話しかけてくるやつは、僕に酷いことをするやつだ。下品な笑い声で殴ったりつばを吐いたり。ああ、僕には触れたくないから木の棒とかで殴るんだ。血が出るから嫌だなぁ。


「余は鈴蘭の魔女だ。最近、人間界に降りてきてな」


 ゆっくりと顔を向ける。人間とは思えない紺色の髪をしたとても美しい女の人。けれど、手はとても大きく、指先は鷹のように鋭い。この人が人間じゃない何かなのはすぐに理解できた。


「人間というものを本でしか知らんのだ。人間とは浅ましく、ずる賢く、人を傷つけることに至福を感じる生き物だという」


 全くそのとおりだと僕はこくりと頷く。

 今までであってきた人間は、みんな誰かを虐めて喜んでいるやつばっかりだ。

 戦争をしてお互いに殺し合ったり、弱いものを見つけて虐めるんだ。


「お前は孤児というやつだろ? 誰の庇護下にも置かれない、貧弱な存在。生きる力もない朽ち果てていくゴミそのもの」


 悔しい。悔しいけど、それを言い返せない僕がいる。

 だから、ぎゅっと手をにぎるけど、すぐに力を抜いた。


「だが、余は寛大だ。余の下僕となるのであれば、生かしてやろうではないか? 余は人間という生き物を間近に観察したい。そう、お前は余の鑑賞生物になるのだ」

「え……」


 この人は僕を助けてくれる……って言ってるのかな。

 いや、この人は僕を下僕にするって言ってた。下僕にして、僕を虐めるのかもしれない。

 もしかしたら、僕が死を望むくらいに酷いことをするかもしれない。

 けれど、僕はまだ生きる意味も知らないんだ。だから、何があろうと生きてみたい。


「お願いします、魔女さま……僕を下僕にしてください」


 そこらの石にでもすがる思いだった。

 どんな酷いめにあったとしても、僕はまだ生きていたい。


「なら、余にすべてを差し出すか? 余の足に接吻するがよい。そして、こう唱えるのだ『私は鈴蘭の魔女に従い、歯向かわず、すべてを差し出します』と」


・大人


 70歳になると私の体もガタが来てしまう。

 戦争孤児になり、生きることも難しかった私だが、魔女様が助けてくれた。

 魔女さまはとても冷酷な方で、人や動物を魔法の材料にしても心を傷めない方だった。様々な毒で苦しむ生き物を見て、嗜虐心を感じて身悶えるのも見てきた。

 そんな魔女さまに対して、私は恐怖心を抱いていた。

 しかし、私に対しては魔女さまは暴力を振るわなかった。私が従順だっただけなのかもしれない。


「お前も老いたものね。人間の命はあまりにも短い」

「申し訳ありません。魔女さまの側でもっと仕えたかったのですが……この身では、家事すら出来ません」

「別にいい。魔法ですべて解決するというのに、お前はわざわざ自分でやるから理解に苦しむ」

「そうしなければ、私は魔女さまの下僕であるプライドを失いますから」


 ベッドに寝込む私に魔女さまが看病してくださる。

 不甲斐ない。私はこの身が朽ちるまで魔女さまに奉公せねばならないのに、今では魔女さまのお手を煩わせてしまった。

 鈴蘭の毒で今は体に痛みを感じないが、それも長くは持たないだろう。自分の体のことだからよく分かる。


「余の薬を飲めば生きながらえることも出来るのに。なぜ、お前は飲まんのだ?」


 魔女さまの薬を飲めば、私は生きながらえることも出来るだろうし、若返ることも出来る。しかし、私は魔女さまと契約する時に交わした約束を覚えていた。


「人間は死ぬ生き物です……最後に私は魔女さまにそれを伝えたい」

「余は人殺しだ。それくらい知っておる」

「違うのです、魔女さま」


 殺すことと、死を看取ることは違う。


「魔女さま。私は下僕でありますが、魔女さまは私に愛を与えてくださいました。そして、私も魔女さまを愛しました」

「それがどうしたというのだ」

「愛する人の死を、あなたにも知ってほしい。私は小さい頃に覚えましたので」


 両親が死んだときの空虚感。そして、それすらも消し飛ばしてしまう世界の理不尽。優しさも、救いもない世界に絶望していた。


「魔女さま、不思議な事に死ぬのは怖くないのです。ただ、魔女さまが悲しむことだけは辛い」

「死ぬのが怖くない? お前は何を言っているのだ?」

「この世界に満足しているのかもしれません。私はとっても素敵な夢を見せてもらったのですから。魔女さまの魔法は恐ろしいですが、それでも私には楽しかった……ゴフッ!!」


 もうじき私は死んでしまうのだろう。

 えづく私の顔を無表情で眺める魔女さま。

 私はニッコリと笑い、最後に伝えたい言葉を紡いだ。


「私が一番好きな魔法を教えて差し上げます」

「……なんだ?」


「魔女さまと出会えた奇跡こそ、私にとって最高の魔法だったのです」


 人間よりも長い命を持つ魔女さま。

 私は先に死んでしまいますが、あなたの死を悲しむ人がいることを願います。

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