ケンカときどきチョコレート
猫宮たまこ
第1話
二月十四日、土曜日。
バレンタインデーと名付けられた今日。
周りが浮かれて騒いで、そこらじゅうにピンクのオーラが振り撒かれているなかで。
あたし、竹野はなは、憧れの男の子に手作りのチョコをプレゼントする―――
なんてことはなく、なぜか対戦ゲームに熱くなっていた。
………どうしてこうなった?
◆ ◆ ◆
『Winner,KOTA!』
パンパカパーン、という華やかな効果音と共に、対戦相手である男の名前が表示された。自分のキャラの乗った車を操縦して順位を競うこのゲームで、残念なことにあたしは現在十連敗中である。
「よっしゃ!またおれの勝ち!おまえ、ホント弱いなー」
「うるさいっ!あんたが強すぎるのよ。初心者に対してやさしくないと思いますけど」
悔しさを隠しきれないあたしを指差してケラケラ笑うのは、クラスメイトの笹原洸太。小学校のときから高一のいままでずっと同じクラスのあたしたちは、いわゆる腐れ縁ってやつで繋がっている。
何かとあたしに構う洸太は、かなり面倒で騒がしい。迷惑極まりない。
「めっちゃ手加減してるしー?まあ、おれの実力が高すぎるからー?おまえレベルに落とすとか逆に難しいっていうかー?」
……本当に、迷惑極まりない。
「その語尾を伸ばす言い方やめて」
「えー?かわいくなーい?」
「うざいきもい」
首をかしげてふざけるその顔が整っていることに腹が立つ。なんなのよ。男なのに女よりかわいいなんてずるい。中身はただのアホのくせに。
「ひどい!おれのこときもいとか言うの、はなだけだし」
「うぬぼれんな。猫かぶってるだけでしょ」
確かに、洸太は女子に人気がある。だけどそれは、外面がいいからだ。他の女子全員をあたしと同じように扱ったら、人気なんてすぐになくなるに決まってる。
「いやいや、あれが普通だし。おまえだけは特別なの」
「あたしも普通の扱いを希望します」
「却下します」
お願いは軽く流されてしまったけれど、洸太が猫をかぶっているときには見せない、本当に楽しそうな顔で笑うから、まあいいか、なんて思えてしまう。
結局、あたしはこの笑顔に弱い。うるさくて面倒くさいけれど、いちばんの男友達。それが、あたしにとっての洸太だ。
「ねえ、そういえばさ。あんた、今日いっぱいデートのお誘いがあったんじゃない?」
こんなとこでゲームしてて大丈夫なの。先週校内でいろんな女の子から話しかけられていたことをふと思い出して、次のレースを始めようとしている洸太に尋ねる。
朝っぱらからあたしの家にゲーム機持参で押しかけて来たときは、びっくりしていて聞くのを忘れていたのだ。
というより、ドアを開けた瞬間に「ゲームやろーぜ!てかやる、決定!」と宣言されて、あまりの勢いに何も言えなかった。
今更なあたしの質問に、画面に集中している洸太はうわのそらで返事をする。
「んんー。多すぎて選べなかったから、全部断った!」
あまりにもテキトーな返事にちょっと呆れてしまった。勇気を出して誘っていた子たちに、心の中で洸太の代わりに謝っておく。
「じゃあどうしてあたしの家に来たの?あたしは誘ってもいないのに」
「いや、高校生にもなって、彼氏がいないぼっちバレンタインはかわいそうだと思ってさー。寂しいだろうから、遊び相手になりに来てやったってわけ」
「ナチュラルに上から目線だね。ていうかあんたも彼女いないじゃん」
「おれは彼女ができないんじゃなくてつくらないだけだし!」
「じゃああたしもそうだ」
「………」
「………」
しばらく無言でにらみあう。目線で和解が成立すると、はあっと息を吐いた。
「もう、また負けた~!」
本日何度目かの嘆き声が、ふたりしかいない部屋に響く。また笑われるかと思ったのに、少し前から口数の少なくなった洸太は、十七回目のレースが終わりいまだ連敗中のあたしをからかうこともせず、あろうことか見たこともないような真剣な顔であたしを見ていた。
いつのまにかゲームのサウンドも消え、代わりに秒針と衣擦れの音が耳に届く。さっきまでのレースとは違う、指先がピリピリする緊張感を感じて、あたしも洸太をまっすぐに見た。いつもは暴言しか吐かない口が、ゆっくり開く。
「……あ、あのさ。おまえ、…チョコレート、作ってないの?」
「―――えっ、作ったけど……?」
何を聞かれるんだろうとかなりソワソワしていたから、予想外の質問に拍子抜けする。そんな顔で聞くことか?と疑問に思いながら笑って答えると、ぎゅっと寄って固まっていた眉毛がピクッと動いた。
そのまま黙りこんだ洸太は、あたしをちらりと見てうつむくと軽く目を閉じてしまって、視線のやり場に困る。テレビ画面を穴が開くほど凝視しながら、まるで雰囲気の違う洸太にひとり驚いていた。
何でもないような顔の裏で、懸命に頭を働かせる。ふたりで遊んだことは何度かあったけれど、こんな、しーんとした感じは初めてだ。さっきまであんなに笑い合ってたじゃん。いつもどおりのあたしとあんたで、いつもどおりの言い合いしてたじゃん。
というか、そもそも洸太は、どうしてあたしにチョコのことなんか聞いてきたんだろう。
……もしかして、
思ったときには、もう口が動いていた。
「洸太、チョコ欲しいの?」
面白いくらい肩が揺れて、図星だとわかった途端、笑いが込み上げてくる。
なーんだ。そういうことか。
「ふふっ!心配しなくても、ちゃんと洸太の分もあるよ。本当は帰るときに渡そうと思ってたんだけど」
冷蔵庫に向かいながら、洸太に話しかける。
「ケンカばっかりしてるけど、まあ、一応あんたも友達だし。ていうかいままでだって作ってたじゃん。今年だけあげないとか変でしょ」
そんな顔できくことじゃないじゃんと笑って、いちばん上の棚の隅っこにまとめて入れておいた小袋をひとつ取り出した。
「はい、どうぞ。味の保証はしないよ」
おどけて言いつつ、それなりに自信作のブラウニーを差し出す。ラッピングのリボンは水色にした。洸太以外はみんな女の子だからピンクだったけれど、さすがに高一男子にピンクは恥ずかしいかなあと思って、特別だ。
「お返し期待してるから、三倍でよろしく!」
冗談半分でニカッと笑いかけると、なぜか不満気な洸太が、あたしの手のひらの上のチョコを値踏みするみたいににらんでいた。そのうち火が出るんじゃないかって思うほど、じいっと。
また、わけがわからない。モヤモヤ、不安な気持ちが膨らんでいく。ちゃんと作って、ラッピングまでしたのに。それなのに、しゃべらないどころか受け取りもしないなんて、
「ーーー今年も、義理?」
とんでもなく不機嫌な声でそう言われたあたしが、意味を理解できずにしばらくフリーズしてしまったのは、当然のことだと思う。
「………、え?あ、……え?……」
しんとした部屋に、言葉にならない声がこぼれていく。びっくりして目が点になるっていう表現、間違いなくいまのあたしにぴったりだ。この上ないまぬけ面になっているあたしに、洸太は眉をしかめて、一言ずつ確かめるように問いかけてくる。
「だから、今年も義理チョコかよって聞いてんだよ」
「え、……あ、うん」
確かにそう聞こえたけれど。聞こえたんだけど。まだ呑み込めていないあたしは、ひきつったような返事しかできない。
というか、義理かどうかなんてそんなこと、どうして聞くんだ。
「義理、じゃなくて」
ふいにチョコレートから目をそらしてそっぽを向いた洸太は、ひとつ大きく息を吸って。
そして、気を付けていないと聞き漏らしてしまいそうなほどちいさな声で、あたしに大きな大きな爆弾を投げた。
「……おれはっ、…義理、じゃなくて。……特別、なのが……いい」
すきだ、と。そう言った口も、あたしを見た瞳も。ぜんぶ、知らないひとみたいで、初めて見る洸太で。
あたしはまた、動けなくなった。
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