好きだった人の話

きゃたぴらのつじ

雷が落ちるよりはわかりにくく

 初恋、と書くと聞こえがいいのですが、これはただませていた私が“女性性”への憧れを恋と勘違いし、次第にその人の女性性ではなく人としての偉大さに気付いた、というだけの話です。

 これを初恋と呼んでいいのかそれとも幼き日の勘違いのカテゴリに分類すべきなのかは分かりませんが、出来ることなら初恋と呼びたいと考えています。

 少しだけ、私と彼女の話を聞いてください。


 彼女と出会ったのは、確か私が小学校第3学年のころ。彼女は新任の教員として私の通う小学校に赴任してこられました。器用な手から生まれる滑らかなピアノの旋律や可愛らしいイラストに人形、それに快活な動きで私たちを圧倒するバスケットボールなど、彼女がそれまでに積み上げてきた努力の証に私はまず偉大なる尊敬の念を抱いたものです。


 彼女に惹かれるようになったのは自然の摂理で、下心から第4学年では彼女が担当する部活動や委員会に入って距離を縮めようとしていました。そのため、第6学年の担任を彼女が受け持つと発表されたときにはこの上なく嬉しくもどかしく、すこし気恥ずかしいような気持になったのを覚えています。

 彼女は観察眼にたけており、私がクラスになじめないでいるところを素早く見つけ、何かと気にかけてくれる優しい人でした。もちろん、教員としては当たり前なのかもしれませんが。


 クラスから浮いた私に、彼女は特別に教室ではない部屋を私に貸し与えてくれました。毎日昼休みだけに限定して、隣の校舎の二階の端の、よく日が差す暖かな部屋。毎日昼休みになると私はその部屋の鍵を借り、彼女が来るのを待ちわびていました。私にとってその部屋は、教室から離れられるというだけでなく、彼女の時間を私のためだけに割かせる独占欲を限りなく満たす充足に満ちた空間でした。


 彼女は私たち児童にいわゆる普通の授業を受けさせ学習面の指導に力をいれるのよりも、まずは学校に登校し一日充実した時間を過ごさせることに特に熱心に取り組んでくださいました。おかげさまで友人が教室にできにくかった私でも毎日学校には行っておくかという気分で毎日を過ごし小学校を卒業することができました。


 これはすべて私の勘違いで、彼女の目には絶対に触れさせたくないことなのですが、彼女、すごく色っぽくて美しかったんです。親戚の家のトイレにあった成人誌のお姉さんみたいな、私にはない胸のふくらみ、腰のくびれ、彼女によく似合う洋服、短く寝ぐせのついた髪を編み込んで誤魔化したの、と言うその笑顔でさえ全て、エロかった。今思えば私は、私を救ってくれた彼女を私は性的に搾取していた。消費していた。漫画のエロいお姉さんの身体がそこにあるように見えた。私がいずれこうなる未来への資料じゃなくて、自分と男性目線の興奮が入り混じった何かを解消する材料として私は彼女を眺め続けた。

 最悪だ。人間として最悪だ。自分が気持ち悪い。善悪の分別は確かについていた。彼女の「魅力」に気付かないクラスメイトを嘲笑う気持ちと下品でよくないとわかっていつつも彼女を眺め続ける背徳感とを私は確かに抱いていた。そこに、私しか悪くないのだが、彼女の人間としての素晴らしさが加味されてしまった。そんな背徳感と優越感と彼女の本当の魅力とがごちゃ混ぜになったよく分からない何かを小学生だった私は「恋」ととらえた。そんなきれいな言葉じゃなかったんだ。初恋なんかじゃなかったって分かっている。でも私は、私はこれをどうしても初恋と呼びたいのです。


 私の通っていた小学校は少子化のあおりを受け、私が卒業した年に廃校が決まりました。彼女はまだ、近くの小学校で先生を続けていると伺っています。卒業してからも彼女との交流は続き、時々食事に出掛けることがあります。

 きっと彼女は、私のいろいろな汚い感情も全部わかっていたのではないかなと思います。本当に申し訳ないことをしていました。


 今この記録を残している私は、彼女のような誰かに寄り添う教員になりたいと思い、大学で教員免許取得を目指しています。進級が危ういようなこんな状態では、彼女の面汚しになってしまうかもしれないのですが。


 爽やかに、強かに、彼女のためにもう少し頑張って進級するつもりだ、なんていえてしまうくらいには成長しました。

 まだ彼女に誇れるようなものは何もないのですが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る