文明が遅れた平行世界で学園校舎を建てることになった件

生島いつつ

序幕

プロローグ 逃避行

 36歳にして大手ゼネコンの建築設計部長まで昇りつめた。大学の建築学科を卒業して2年の実務経験を経て一級建築士の試験に合格したのは最短ルートだ。仕事も真面目にこなしてきたから認めてもらえたのだと自負はあった。

 合格翌年には社内結婚もした。忙しい理系大学を卒業して資格試験までまともに遊んだ記憶もない俺が、社内でマドンナと言われた1歳年上の社員を娶ったのは、今まで頑張った自分へのご褒美だと思った。そして娘も2人生まれ順風満帆だと思っていた。


 しかし俺は今、富士の樹海まで来た。夜の樹海は実に不気味だ。なぜ俺がこうなったのか、愚痴と言うには物足りない、人生に絶望するほどの出来事があったからだ。


 俺が在籍した会社はゼネコンなので、必要悪と大義名分を引っ提げて公共工事の談合が頻繁に行われていた。その発言を交わしているのは会社の上層部だけだ。とは言え、部長になりたての俺はこれからその場に引き込まれる予定ではあった。しかしまだ犯歴はない。

 それなのに、俺が部長就任前から水面下で行われていた談合が表面化し、そして事件になった。途端に会社は俺を祭り上げ、俺の部長就任の辞令など日付を改ざんし、その談合を主導したのが俺だと突き出した。しかも俺の独断と単独行動として。

 もちろん会社の管理責任は問われたが、そんなものはたかが知れている。つまり、無知な若手管理職をいいことに俺は切られたわけだ。


 その後、俺は失職。と言っても解雇されたわけではない。退職に追い込むような不遇を受けた。それをしたのは後任であり前任の設計部長。俺は自主退社を選択した。

 職を失うわけだから家庭にも影響が出る。妻は2人の娘を抱えて、更に預金を全て持って家を出た。やがて俺は離婚した。


 しかし後に知る。これは俺を嵌めるための罠だった。


 俺は見てしまった。もうこの街にはいないはずの元妻が男と歩いているところを。しかもその男は離婚をしたての俺の元上司。そう、俺の待遇を変えた前任と後任の上司だ。

 俺はすぐに悟った。この2人は以前から関係ができていて、俺を嵌めて一緒になるためにこの談合をいいことに仕組んだのだと。元妻は元社員なわけだから当然男と面識もある。


 俺は絶望した。やけ酒を飲んだ。もちろん法に訴えれば勝てる可能性もある。それこそ証拠を集めればいい。しかし俺にはそんなことをする気力も失せていた。

 恨む気持ちは多大にある。仕事と家庭の両方を俺から取り上げ、人生のどん底に突き落としたのだから。しかし情けなくも俺は酒を煽るばかりだった。


「お客さん、どうしますか?」


 タクシーの運転手が後部座席に体を捻って問い掛けてくる。俺は真っ暗な樹海を、窓を越してぼうっと眺めていた。

 とっくにタクシーのメーターは5桁を表示している。クレジットカードはあるから支払いは問題ないだろう。そのクレジットカードの引き落とし日になって、口座に残金があるかは甚だ疑問だが。


「もう一度東名に乗って更に西に向かってください」

「は!?」


 運転手の驚いた声が車内に響いた。俺はそれに動じることもなく淡々としている。いや、無気力で思考がない。ただ本能に任せるように死に場所を探しているだけだ。


「はぁ……、本当に行きますよ?」

「お願いします」


 タクシーの運転手は心底うんざりした様子で車を発進させた。面倒な客を拾ったと思っているのだろう。大方俺がこれから何をしたいのかを悟っているのだろう。

 しかし俺にそんな運転手の思考なんて関係ない。結局何時間も車を走らせ、途中地元のタクシー会社とリレーをして乗り換え、俺は山奥まで来た。たぶん、東海地方か信州のどこかだ。よくわからない。


「お客さん、本当にここでいいんですか?」

「はい、ありがとうございます」


 俺はクレジットカードで支払いを済ませるとタクシーを降りた。地元のドライバーは何度も「ここでいいのか?」と念を押した。どうやらよほど不吉な場所のようだ。


 俺が停めてくれと言った場所は一車線ほどの狭いトンネルの入り口。ここは心霊スポットにもなるほどで、地元の住民も近づかないらしい。タクシー運転手からの情報だ。

 なんとなくではあるが、俺はこのトンネルに惹かれた。どうせ捨てる命だ。オカルトに巻き込まれたってどうってことはない。俺はそのトンネルに足を踏み入れた。


 春と夏の中間の時期だが、トンネルの中は冷んやりしている。俺は昼間に就職面接に行っていたのでスーツ姿だが寒さで若干震える。

 因みにその面接は落とされたと思う。やはり談合の事実は業界内で有名になっていて、あからさまに嫌な顔をされた。それならば書類選考の時点で落としてくれればいいのにとも思うが。まぁ、これはただの愚痴だ。


 トンネル内はコンクリートの劣化が激しく、地中の水が水滴となって滴っている。蛍光灯は切れているのか一切点いていない。そのカバーのメッシュも錆びて、物によっては切断していた。

 俺は足元をスマートフォンで照らしながら歩いた。しかし出口が見えない。単純に暗いからだろうか。少し上り坂になっているようにも感じるので、途中から下るため地面で先が見えないのだろうか。


 途中から俺は無心だった。恐らく300メートルくらいあっただろう。その長いトンネルの真ん中をひたすら歩いた。人通りも車通りも一切ない。足元を照らすスマートフォンの光しか明るさはない。前方は近距離の視野も保てないほど暗い。

 無心だったため、このどん底に落とされた人生やそう仕組んだ人物を恨む気持ちもなかった。ただ淡々と所々湿った路面を歩いたのだ。


 すると突然開けた。暗いのでわからなかったが出口を出たようだ。しかし思いもよらないことが起こる。

 なんと一気に日が昇った。恐らく300メートルほどを歩いたが、まだ真夜中のはずだ。俺はわけがわからなかった。そこには岩山が広がっていて、とにかく日光で明るかった。俺が覚えているのはここまで。


 次に俺が目を覚ますとそこは室内だった。ベッドの上だ。俺は上半身を起こすと辺りをキョロキョロと見回した。ベニヤ板の壁だ。今時壁紙クロスが主流なのになんだ、この部屋は。そうかと言って和風建築ではない。

 窓は木製枠で、見るからに薄いガラスがはまっている。その周囲は外壁だとわかるのだが、どうやら石造りだ。


「はっ!? 組積造そせきぞう!?」


 今時の日本では考えられない建築様式に俺は驚いた。内壁側には木材が見えるので、外壁だけ石を積んだ造りで、内部の間仕切りは木造ということか。

 一体ここはどこだ? 確か俺はトンネルを抜けて、突然日光が降りかかって驚いた。そしたら途端に気が遠くなったのだ。


「気を失った……?」


 ということだろう。


 するとガチャッと音を立てて、木製のドアが開いた。


「お目覚めか。親善大使よ」


 俺はあんぐりと口を開けて固まった。そこにはなんと高校時代の同級生、椎葉凛しいば・りんが立っていたのだ。

 ん? 親善大使? なんだそれ?

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