「好き」って言葉を解き放とう
naka-motoo
第1話 前編
「好き、です」
言ってしまってから、はっとした。
そして、後悔した。
一瞬の静寂の後、教室がどよめく。
「なになに、キモ
「
「おー? 返事は?」
わたしの目の前で呆然としている柿田くんの顔から耳たぶ、首筋まで一気に真っ赤になる。
ただ、残念だけれども彼の赤面は女子に告白されたことに対する恥じらいではない。
告白された相手がわたしだったことの、周囲に対する恥ずかしさだ。
わたし自身声に出すつもりはなかった。
本当に偶然に席を立った時に彼と向き合う態勢になって目が合い、これまでの切ないわたしの気持ちを自動的に口が勝手に発声してしまったのだ。
柿田くんは。
すっ、とわたしから目をそらして斜め下に視線を落とした。
だっ、と反転して駆け出すわたし。
教室の喧騒が耳に入ってくる。
聞くに耐えない卑猥な言葉も聞こえる。
ただひたすら柿田くんに申し訳ない。
廊下を何本も走り抜け、上履きのままで玄関を飛び出した。
校門をくぐり抜けて幹線道路へと向かう。
わたしの行き場は一つしかない。
「あらあら、キヨミちゃん、今日は早いのねー」
パートさんが朗らかに声をかけてくる。
わたしの避難場所。
今日はまだ昼休憩の前の休み時間なのでいつもより1時間早い到着だ。
学校に一番近いスーパーマーケット
コンビニを通り過ぎてわたしはいつもここまで歩く。
長い学校の1日の中のほんのひと時、教室の誰からも距離を置くために。
わたしは朝晩鏡に向かって願いの言葉を口にする。
「どうぞ、普通の顔にしてください。人に不快な思いをさせない、普通の顔に」
誰に願っているんだろう。
鏡を覗き込むたびに、今日もその願いが叶えられなかったことを確認しながら、枕に顔を押し当てて毎晩眠りに就く。
けれども、どうして柿田くんだったのか。
最初は打算だった。
柿田くんを一言で表すと、「温厚」。
特にかっこいいわけでも、スポーツが得意なわけでも、頭がいいわけでもない。
ただ、決して人の悪口を言わず、いつも微笑している。
もしかしたらこの人ならば、わたしが隣にいても周囲に違和感を与えないのではないだろうか。
彼は博愛主義者に違いない。
そういう打算だった。
けれども、左斜め後ろの席から彼を毎日見ているうちにわたしの心が徐々に変化していった。
「わたしは、この人が、好き」
はっきりと自主的にそういう気持ちを男の子にいだいたのが、高校三年生というこの遅いタイミングだったことがわたしらしい。
なぜなら、自分自身客観視できるわたしの不快な容姿でもって、誰かを好きになることは背徳のような気持ちすらしていたから。
けれども、柿田くんは、自律して人の悪口を言わないのではなく、人を悪く思うことができない人なんだって、直感できるまでになった。
これはずっとわたし自身が客観的に『キモい』容姿であることを自覚し、他者からもキモさと不快感を与える性格を蔑まれることを事実として受け止めてきたからこそ会得した、『能力』。
「柿田くんを好きな自分でいたい」
わたしはこう渇望した。
だからこそさっきの唐突な告白が柿田くんを窮地に追い込んだという事実にわたしは今苦しんでいる。
レジをくぐる時にパートさんがわたしに問いかける。
「あら、今日は飲み物だけでいいの?」
「はい・・・ちょっと食べられなくて」
「まあ。恋煩い?」
軽い冗談が核心を突くことが世の常なんだろう。
ズキン、とさらに心をえぐられ、ミルクティーのペットボトルを手にイートインの一番端っこの椅子に腰掛けた。
ガラス張りの店から外の景色を眺める。
ちょっとだけ涙が滲んでくる。
ぼやけた視界に思いがけない風景が見えた。
駐車する主婦や老夫婦たちの軽四を避けながら、スーパーのパーキングエリアを、彼がこちらに駆けてくる。
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