悪女なんて心外です‼

ゑ門介 玖

クレーマーは三文の徳

 「今宵こそは私と踊って貰えないだろうか?」


 「いや、私と踊って頂きたい」


 「いやいや、私と」


 次々と上がる声の主たちは一輪の花を取り囲む。

 王城で開かれた絢爛豪華な夜会の中心には闇夜を纏った漆黒の髪に雪のように白い肌の女性がいた。緑とも青ともとれる色味のドレスに身を包むもその豊満な胸は谷間を覗かせる。光の具合により変わる青い瞳もまた彼女の魅力を引き立てるが、十代でありながら大人の女性特有の色気も持つアンバランスさもまた男性を虜にしてしまう一つだろう。

 そんな彼女をちらちら見ながらいくつかの女性の集団がひそひそ話している姿が窺える。

 女性受けがよくないことは本人も自覚している為、悪口を言っているのは容易に予測できる。この逆ハー状態が未婚の女性からすれば特に面白くないものであることも理解している。

 しかし、言わせてもらえるならば私の心境も察して欲しい。好き好んでこの状態になっている訳でもなければ、喜ぶどころかうんざりしている現状である。むしろ、代われるのならばぜひ変わって頂きたい。断るのも大変なのである。


 「素敵な男性の皆様に誘って頂き嬉しい限りでございますわ。ありがとうございます。しかし、実にありがたいことですが……」


 言いかける彼女の視線の先には一直線にこちらに向かってくる一人の男性の姿があった。

 行き交う人々は道を開けて会釈をしていく。勿論、彼女の周りを囲う男性陣も少し驚き内心嫌な顔をするも他の人たちと同じようにするしかなかった。


 「リリアナ姫。よろしければ私と踊ってくれまいか?」


 「ユーリヒト殿下。唐突に女性をダンスに誘うのは如何なものかと思いますが、ご機嫌麗しゅうございます。まさか此度の夜会に参加されているとは思わず、ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません(こんなつまらない催しに何で来たのよ。仕事しなさいよ)」


 「いや、いつも通り参加する予定ではなかったので気にすることはない(断る)」


 「王城での夜会ですから参加されるのは当たり前だと思いますわよ(時間の無駄でしょう)」 


 「私がおらずとも兄君が皆をもてなしているのだから問題なかろう。それに仕事が立て込んでいればそちらを優先するのは当り前であろう。しかし、婚約者である君が参加していると聞いては出てこない訳にはいかない(私がいないと君は色々と危ないだろう)」


 「あら。それは殿下の大切な時間を奪ってしまい申し訳ございませんわ(婚約者になりたくてなった訳じゃねーよ)」


 「私がただ愛しい婚約者殿に会いたかっただけだ。気にする必要はない(いい加減大人しくダンスに応じろ)」


 にこやかな二人の会話に裏があることに気付く者はいないだろう。リリアナは内心ため息をつくも断る訳にもいかずエスコートされることにした。

 どうして王子の婚約者などになってしまったのか自分の出生からすればありえないことである。だが、例え両親が平民や罪人でもそれが許される身分が存在する。

 巫女である。神に愛されし印を額に印された女子は誕生次第すぐに神殿に渡され奥深くで大切に育てられる。これは法で定められたことであり、受け渡しを拒否し者にはそれなりの罰がある。勿論、それだけでは子を渡さぬ親もいる。だが巫女が誕生する際、神殿には神の啓示がありどこに生まれるかわかるため嘘偽りが通らない。仮に死産だったとしても死体は渡さなければならないと法で決まっており、これは身分関係なく世界共通常識として人々に知られている。

 彼女らは決まって神の声が聞ける上にその国に存在するというだけで福を招き災いを遠ざける。故に他国からも狙われる。特に巫女姫と呼ばれる者はそこにいるだけで豊作が続き国に繁栄をもたらすといわれている。数百年に一人生まれる存在というならばどんなことをしても手に入れたい存在である。



 数年前、無理やり攫われた巫女姫がいた。とある国の王城にて彼女は来る日も来る日も泣いて過ごした。すると、連日続いていた雨粒は段々大きくなり、次々と天災が起きて行った。以来、巫女姫を無理やり攫うバカはいなくなり、彼女も元の国に帰った。それが何を隠そうリリアナの幼き日の話である。

 だが、実際は救出隊が行くとすんなり王城に通され王侯貴族に泣き付かれた。攫ったはいいが止まぬ災害に神の怒りを恐れ帰ってくれと懇願したがいう事を聞いてくれないという。無理やり連れて行こうとすると更に泣き、自分たちで無理やり連れて来ておいて勝手な言い分だと言って動こうとしない。このままでは国が滅んでしまうと言われたが自業自得である。

 しかしながら、あまりの懇願ぶりに救出隊も抱いていた怒りは憐れみへと変化し共に説得にすることになった。何とか話がついたはいいものの幼子とは思えない刑を処すように望み、その内容を聞いた者たちは顔色を悪くし中には気を失う者もいた。

 彼の国では『傾国の悪女リリアナ』『触れてはならぬ者』として一部で有名である。勿論、真相が広まぬように各方面で動いたので大半の者は『可哀想な巫女姫』と思っているし、知っている者たちには口外しないようにそれなりの対応をしているので事実が漏れることはない。

 この時の救出隊の隊長だったのがユーリヒト第二王子殿下であり、帰るといつの間にか婚約者にされてしまっていた。とりあえず嫌いではないしいざとなれば婚約破棄はいつでもできる。今の所、気楽に話せる相手と思ってもらえればいいということだったのでリリアナも深く考えずに了承している。

 だが、リリアナは婚約者になってからいつも思ってしまう。『美貌』『力』『知識』どの点に置いて気に入ったのか不明であるが『やっぱりあの時の選択まちがったかなぁ~』と。




 時はリリアナとして誕生する前に遡る。




 御愁傷様です。

 あなたは先程、こちらの手違いで死んでしまいました。このまま生き返らせることは不可能ですので、異世界で新たな人生を送って頂こうと思います。

それにあたりお詫びと言ってはなんですがギフトをご用意しました。この選択次第で異世界での暮らしが決まるといっても過言ではありません。

 さぁ、どれにしますか。選んで下さい。


 一.美貌

 二.権力

 三.知識


 白一色の空間にデパートの館内放送のような声が降ってきた。内容は酷いものであり色々突っ込みたい所ではあるが、これだけは言っておかなければなるまい。


 「手違いで死んでしまったが異世界で生活させれば問題ない。そう思ってるの?はぁ?……本当に悪いと思うなら全てどうぞという心意気があってもいいもんじゃないの!?」


 あらら、クレーマーですか。困りましたね。


 「はぁ?クレーマー!?クレームなんて言った覚えがないわ。私が言っているのは正論よ。そちらに非があるのに条件出してやるから選べっておかしいじゃない!そもそも何故、異世界なの?」


 え~っと、ですね~。

 いくつか理由はありますが~、管轄外なので私からの説明はできません。そもそも、めったに問題が起きないから来る者がいないと聞いて私は留守番を受けただけなんですよ~。誰か来てもマニュアル通りに言うだけだから何も心配いらないって言われたのに~なんですかこの仕事!?初めてのお留守番でクレーマーに当たるってなんたる悲運ですか!!?


 「ちょ、だから私はクレーマーじゃないといってるじゃない!」


 ただのクレーマーの自覚なしのクレーマーじゃないですか。なんですか。なんですか。何が望みなんですか。


 「だ~か~ら~、クレーマじゃないって!……って、もう話が続かないからとりあえずそれは置いといて、そっちのミスで私が死んでしまったのよね?それなのにそっちが提示した条件に流されるまま乗るのっておかしいんじゃないかって話よ。せめてその三つのギフト全て与えますくらい言われないと納得しないと言ってるのよ。でもあなたもなんか無理やり誰かからこの仕事を頼まれたということは分かったわ。無責任なそいつに押し切られてしぶしぶやっているわけよね?」


 わかってくれますか!?そうなんです。そうなんですよ~。神にも担当する部署というのがあるんです。勿論、部署が違うなら仕事内容は異なりますよ。それなのに休みを取りたいから代わってくれって……お前の所は一柱いなくても問題ないだろって、問題あるないの前に無理ですよ。そういってるのにマニュアルあるし人が来る可能性もほぼ0%だから大丈夫って……いやいや、何を根拠に言い切れるって話じゃないですか。神だから言い切れるって?……ふっ、そもそもその神が間違えるからここに来る魂があるんじゃないかって話ですよ。それなのに、それなのに~


 ……と、愚痴を聞くこと三時間ちょい。相づちもうちつつ親身に相談に乗ると意気投合した。結果、一時的にしろここの全てを任されているのだから自分の思うままにして問題ないとして彼女は私に三つのギフトをくれるという。プラス神の加護も与えてくれるそうだ。よくわからないが、ありがたや。ありがたや。


 さぁ、異世界転生させますよ~。私の全力ギフト楽しみにしていてくださいね!


 気合が入りまくった彼女に「リアちゃん、よろしくね」と愛称で呼ぶほど私たちは仲良くなった。

 政略結婚はしたくないから上の身分は嫌だけど、それなりの地位がないと生活が困るからそこらへんは良さそうなのをチョイスしてとか色々願望を話したので大丈夫だろうと安心し異世界転生した。




 外見的には優雅にダンスに興じる中、リリアナはそんな昔の出来事を思い出していた。

 ユーリヒトは上機嫌にリードし、時折見せる微笑に周囲のご婦人が見惚れている。

 女性が憧れるようなサラサラな銀髪。すっと通った鼻筋。優しくどこか獲物を狩るような凶悪な面も垣間見える琥珀色の瞳。まぁ、外見的に言えば美男子といえるだろう。だが、リリアナにとってどんな容姿だろうと恋愛、結婚に興味はない。

 今ではとりあえず納得はしているが、婚約が決まった時は真っ先に『リアちゃん。政略結婚嫌って言ったのに私の希望どこいった~!?』と叫んだのは懐かしい記憶である。『自分の思うままに生きたい』それがリリアナとして生まれる前からの望みであるのだから『あんな美男子なのに捨てるなんてもったいない』と言われても仕方がない。

 とりあえず、この一曲を踊り終えたら逃げようと心に決めてリリアナはユーリヒトに微笑んだ。



 果たしてこの後、仕事に行かせて逃げるのか。はたまた、脱兎のごとくこの場から去るのか。成功したのかしないのか。全ては神のみぞ知る。

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