第022話 咆哮する隻腕
「まず一匹目。……かわいそうだけど。私だって食べられたくないし――!」
一息つく暇はない。さらに別方向から跳躍してきたタイラント・アラクニドが
タイラント・アラクニドは跳びながら口から白い粘糸を吐く。
「っととと、危ないところね」
後退しながら飛行していた
「さぁ、お返しよ!」
ロラは砂塵を巻き起こして走るタイラント・アラクニドを目標に定めて、トリガーを引く。三〇ミリ回転砲身式機関砲が唸りを上げて回転し、驟雨の如く魔導炸裂弾を吐き出した。
大地を猛烈な勢いで弾雨が駆け抜けていく。
タイラント・アラクニドは追ってくる弾雨を背に猛然と走る。
ときに急激に走る方向を変えて、ときに簡易宿舎の陰にと、ロラを翻弄しながら機銃掃射を逃れる。
「はやいわね……」
ロラは唇を噛んでくやしがる。
まぁ、それは、タイラント・アラクニドだって死にたくはないので避けるだろう。
何にせよ、動く的は難しい。先までのラッキーストライクとはいかず、タイラント・アラクニドの巻き起こす砂塵の風を吹き散らすにとどまった。
突如、危機感を煽る警告音が鳴り渡る。
戦闘用でないロラの
機内に鳴り響いたのは接触警告音。旋回する
一匹に集中しすぎてしまっていた。
ロラは警告音に我に返る。そして、ぞわりと鳥肌が立った。
なにせ、機首後方を映すカメラにはタイラント・アラクニドが大写しにされていたからだ。
「きゃぁ!?」
衝突と衝撃。
機体が大きく揺さぶられてガクガクガクと凄まじい振動に震える。
機体後部。格納庫の辺りにタイラント・アラクニドが一匹取りついた。強靭な鉤爪を機体に叩きつける音が機内に反響する。
タイラント・アラクニドの重量で機体が失速しそうになるが、すぐさま
数千キロガルムもある岩石を輸送できる
だが、
ロラは思い切った行動に出る。
機首を下に向けて急降下。地面スレスレまで高度を下げた。
出力全開の
タイラント・アラクニドがへばりついているのは機体後部。後方カメラで確認すると、
旗艦都市に借りている猫の額ほどの駐機場に着陸するときにぶつけやすい箇所だ。
「ぶつけないように降ろすのは得意なのよ!」
ロラは操縦桿を巧みに調整しながら機体を簡易宿舎に体当たりさせる。タイラント・アラクニドは為すすべもなく簡易宿舎の壁と機体の装甲に圧し潰された。
耳を塞ぎたくなるような湿った圧砕音がこだます。
あまりの衝撃にタイラント・アラクニドは叫声を上げる間もなく、文字通り爆発した。甲殻が粉々に砕け散り、水風船が破裂したかのように緑色の体液が弾ける。
ぶつけられた簡易宿舎も堪らない。
大地に突き刺さっていた固定用の杭が根元から吹っ飛んで空高く弧を描く。ひしゃげた簡易宿舎はゴロゴロと転がりながら十メナルも移動してようやく止まった。
ロラは無傷。
が、さすがに
機体の側面に取り付けられていた三〇ミリ回転砲身式機関砲の固定具が破損。魔導ケーブルだけに支えられた機銃はダランと情けなくぶら下がっているのみである。
「シィィィ――ッ!」
そこへ最後のタイラント・アラクニドが襲いかかる。
蟲に感情があるのかわからないが、最後の一匹となったタイラント・アラクニドは怒り狂っているように見えた。雄叫びを上げながら操縦席に特攻してくる。
大顎の一撃で
そして、振り下ろされた鉤爪がフロントウインドウを突き破る。
鋼鉄を貫く鉤爪がロラに一直線に迫ってくる。
「――ッッッ」
ロラは悲鳴を呑み込む。
本能で横に転がった。
巨大な鉤爪はロラのいた操縦席を貫通して床に突き立った。
まさに、間一髪。
横着な性格がロラを救った。
もし座席ベルトをしっかりと締めていたら……。
胸元からお腹までをざっくりと抉られて、飛び出した内臓を眺めながら喰われることになっていただろう。
「ふぅ、はぁ、ふぅぅぅぅ……ッ!」
怖い。怖い。怖い。
涙で目の前が滲みそうだ。
それでも、怯えているわけにはいかない。このままでは墜落してしまう。
いまにも爆発しそうな心臓の鼓動を聞きながら操縦桿にしがみついた。すぐ脇でもがいているタイラント・アラクニドに肝を冷やしながら、コントロールパネルを操作する。
三〇ミリ回転砲身式機関砲を起動させるときにコントロールパネルに発見した文字、
ロラは一瞬も無駄にしないように慎重にパネルをタッチする。
「おねがい! なんとかして!」
ロラは、SIX-BLADE-0A3を起動しますか、のダイアログの実行ボタンを押した。
SIX-BLADE-0A3。
アズナヴール・セリア製の魔神機専用格闘武器、通称:
SIX-BLADE-0A3は、嘘でも冗談でもなく、魔神機が腕部に装着する格闘武器である。
超高硬度の魔鋼で鍛えられた六枚の
何故そんなものが、と言えば――。
アズナヴール・セリアは新魔科学時代の企業ではない。レノックスが生きていた一万年前に企業紛争に負けて解体された過去の企業だ。
販売した
発掘品の知識がない店長は、型落ちの
このSIX-BLADE-0A3は、
また、発掘されたときから未整備であったが、……瞬間的な破壊力は健在だった。
永い刻を忘れ去られていた旧時代の兵器が目覚める。
隻腕には
「えええぇぇぇぇぇ――――!?」
いままで知らなかった兵器の存在にロラは仰天する。
整備は業者にお任せだったし、良くわからない部分は手をつけないで、とお願いしていたから報告もなかった。
整備業者がそんな体たらくで良いのかと言う疑問はさておき、まさかこんなものを装備しているなどとは知る由もなかった。
主の心など露知らず。
SIX-BLADE-0A3の三枚の
回転する刃に削り下ろされた肉片と臓器と体液が噴き上がる。
操縦席は大穴の空いたフロントウインドウから流れ込んできたタイラント・アラクニドの臓物と体液やらでスプラッタ劇場となった。
当然、ロラも惨い有様になっていた。
ロラは口に入った得体の知れない体液を唾といっしょに吐きだした。
「――ッ、――ッ、……ぅぶ……」
そして泣く。
「……もう、嫌……」
ロラは疲れ切った声で呟いた。
頭から被った緑の体液はドロリと頬を伝って糸を引いている。びしょ濡れになった白衣から、ズボンから、柔肌と下着のラインが透けて見えていた。
指先からつま先まで粘ついた体液が滴っていて、メガネの奥にある知的な瞳は潤み、戦いの高揚感から頬はやや朱に染まっていた。
惨いは惨いが、いまのロラは異性から見れば非常に目に毒だった。
ロラは白衣を脱ぎ捨てると顔と腕を乱暴に拭う。
そのまま白衣を座席に敷いて腰掛けた。刺さったままになっている鉤爪は引き抜けそうにないのでそのままにしておいた。
「はぁ……救助しないと、いけないのね…………」
タイラント・アラクニドの脅威は消えた。
半ばやけっぱちになったロラは次に為すべきことを淡々とはじめる。
ロラは緑の体液まみれになっている操縦桿を握りしめる。生存者がいる地点へと機首を反転させた。
レノックスの戦っている方角を見やる。
上空から極大のビーム砲を発射する魔神機の姿がある。魔神機の下では化け物の体が土煙にうごめいている。
倒せたのだろうか。そう思った矢先、信じられない光景にロラの心臓が跳ね上がった。
土煙から反り返った蠍の尾がレノックスの魔神機を両断したのだ。
魔神機の胴体は別たれてクルクルと宙を舞う。そのまま地上に落ちていく。
「レノく、――ッ、レノ君!!!」
通信は切られている。
ロラの涙交じりの叫び声は機内にむなしく響いた。
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