ママには内緒

カゲトモ

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「お、奈々子じゃん」

「あっすかいっ!」

 見覚えのすごくある背中に声を掛けると、勢いよく振り向きながら少女は答えた。首に巻いたピンクのマフラーがよく似合っている。

「いらっしゃいっなににするー?」

 一丁前に店先に立ち、出迎えてくれた三歳児はデンッと仁王立ちをして訊いた。

「奈々子が店番しているのか? パパとママは?」

 えっとね、と奈々子が言うよりも早く、真後ろで声がした。

「こっちです」

「わっ」

 キャップを被った優しそうな顔が少し悪戯に笑っている。こういうところはちょっと奈々子に似ている気がする。

「いらっしゃい、今日は何にします?」

「ふ、えーっとレモンと」

 いつも通り“かどわき青果店”で買い出しをして、仕込みをして、開店までぼんやり待つのがこれからの予定。昼飯に大盛りで有名な定食屋でカツ丼を食べたから昼寝をしたい気持ちもあるが・・・。

今日はバイトの斉藤君も出勤してくれるみたいだし、新作の味見でもしてもらおうかな、なんて。ま、とりあえず出勤してから考えるか。

「はい、丁度ね」

「毎度ありがとうございます」

 門脇君からバッグを受け取って、近くにいた奈々子に声を掛けようとすると、店の奥から奥さんが慌てたように掛けてきた。

「ごめん、ちょっと配達に行ってくるわね」

「え、配達? 今からか?」

「何でも食材が無くなってしまって、困っているんですって」

「どこが?」

「森野さん」

「あー」

 パティスリー森野はこの商店街で有名なケーキ屋さんだ。庶民派のその店はケーキよりもシュークリームの方が有名だったりする。

奥さんの話では、バレンタイン限定で作ったメニューが大繁盛でイチゴが足りなくなってしまったらしい。まだ時刻は昼過ぎ、これからの稼ぎ時に追加で作ろうとしたら食材の発注をミスっていたのに気づいたんだと。

 同業者としても良く分かる、めっちゃ困るよな。

「今手が離せないらしくて、ちょっと行ってくるわね」

「はーい」

 こういう時にこそご近所さんのありがたみを実感するよな。うんうん。

「それじゃありが」

「ななちゃんはっ」

「ん?」

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