第40話 戦い 1
━━メェェエエエエ!!
ミルキーゴートの鳴き声がいくつも大地へと響き渡る。
白く流れるような体毛を生やした、比較的大人しい魔物だ。
肉はジューシーで、乳は濃厚。
骨からも良質なダシが採れる、家畜として人気が高い。
それが今まさに凶暴化し、三ツ目族の村へと襲撃していた。
━━はずなのだが。
「おいおい、ご馳走が自らやってきたぜ! ひゃっはー!」
「これが十年に一度の脅威?いやいや、 恵み? 」
百に満たない数のミルキーゴート。
凶暴化したとはいえ、元々が大人しい魔物であり攻撃的ではないため、武器になるようなモノを持っていない。
角は丸く、牙もなく爪は短い。
数で押し寄せてはいるが、片っ端から門番の二人に打ちのめされていた。
「なんともないけどさー、数が数だから疲れるな……」
そう言いながら、門番の一人はミルキーゴートの頭に一撃を加え、テンポよく次々に気絶させていく。
「ああ。 しかし、これは今日はご馳走だな! というか、しばらくはご馳走だな。 飽きちゃうかな」
こちらもこちらで後で村にある畜舎に入れるために、ボーラと呼ばれる狩猟用の投擲武器で、片っ端から縛り上げていた。
「━━おーい! そこの二人!」
と、そこへ手を振りながら向かってくる鬼族の男性。
その顔に笑顔はなく、憔悴しているようにも見える。
馬を走らせ、休むことなく急いでここまでやって来たのだ。
「なんだおい! サンじゃねーかっ!」
「どうした、どうした?」
二人の元へ着いたサンは、馬から降りると深呼吸をした。
顔をパンパンッと両手で叩き気合いを入れる。
「ここはミルキーゴートだけなのか? 他には?!」
二人に問い詰めるサン。
「おいおい、何だよ。 そんな顔して…ここにはミルキーゴートが大量発生してウハウハだぜ? 他?他っていうのはコイツら以外のことを言ってるならいないぜ」
「はぁー……そうか…よかった…。 それならちょっと村長と話がしたいんけど…いいかな?」
「それはいいけど、恐い顔してどうしたんだ? そっちの村は状況が悪いのか?」
門番の男性は、サンの表情からあまりいい話ではないということを察した。
もう一人の門番は、ひたすらゴートの頭を叩いて回っている。
「ああ。 うちの村というわけではなく、ここら一帯に関わる話だ。 とにかく急を要する」
「わかった!急ごう! おい!ちと村長に会ってくるからここは任せたぞ!」
すると、叩いていた棒を掲げて返事をするもう一人の門番。
「よし、行こう」
┼┼┼
「おねがいしますっ!!」
そう頭を下げるのはゲンだ。
床におでこをつけ、丁寧にお願いをしている。
その隣で、おでこを床にとまではいかないが、頭を下げ胡座をかいているのは、単眼族の代表だ。
「我からも頼む」
ここは巨人族の村。
ゲンは鬼族の村から比較的近い、単眼族の村へとまず向かったのだった。
そして、脅威が差し迫っていることを伝えた。
魔物の集団が現れた場所からは鬼族の村が一番近く、次に単眼族の村だ。
もし鬼族が襲われ滅ぼされれば、次はもちろん自分達である。
話を聞いた単眼族の族長は行動が早かった。
村の精鋭を前線へと送り、族長の息子である次期族長候補のアスワドをゲンと共に巨人族の村へと向かわせたのだった。
「オデダチはイガナイ」
何に切られたらそうなるのか、巨大な裂傷で左目を潰した隻眼の巨人はそう告げた。
「なぜだ?」
「アラソイをコノマナイカラダ」
口ではそう言っているが、単に動くのが面倒だからである。
少なくとも隻眼の男はそう思っている。
何故自分たちが行かなきゃ行けないのかと。
戦うなんて面倒くさい。そもそも歩くのも怠い、と。
「ほぉ。 では、ウヌらにはもう肉を分けてはやれんのぉ。それでもよろしいかな?」
アスワドは、そう言いながら下げていた頭をゆっくりと上げた。
まだ二十歳そこらの若者であるが、その風格は単眼族随一の戦士と言われた族長と何ら遜色はない。
「ソデはハナシがチガウド」
アスワドの言葉に狼狽える隻眼の巨人。
巨人族は定期的に単眼族より肉を貰っている。
それは、巨人族が狩りが下手だからである。
体躯が大きく強靭であるが、その分動きは鈍重なのだ。
「何を言っている。 そもそもだ、我らが魔物に殺されれば分けてやることなど不可能だろう?それに今回の魔物にはウヌらの好きなウルフにコングがいるぞ?どうする?」
「ムム……。 ワガッダド。 シカタナイからヤッテヤルド」
「フン。 最初からそう言えば良いものを」
「おおっ!ありがとうございます」
すかさず頭を下げるゲンだ。
巨人族とアスワドへ交互にお礼を言い、二種族から参戦の確約をとれたことに安堵し、大きな溜め息を吐いたのだった。
┼┼┼
紫山の麓、紫山を挟んで鬼族の村とは反対側にある"狩場"と呼ばれるこの場所で激戦が繰り広げられていた。
青く透き通った氷上と白い雪上には、いくつもの赤い液体が染みている。
「━━はぁ、はぁ……くっ、ここを抜かれるわけには……」
立っているのも辛いほど全身に傷を作り、堪らず片ひざを地面につく鬼族の男性。
周りを見渡せば、ギリギリ戦っているものが数名目に入った。
その他にはこの男と同じように片ひざをつく者もいれば、全身を氷上、あるいは雪上へと突っ伏している者もいる。
━━ぐあぁぁーー!
男の数メートル先で、また一人倒れる鬼族の男。
ビチャリと、地面の血溜まりに腹這いに崩れ落ちていった。
「━━くっ、ここまでか……」
倒れた男を目にし、自分も同じ道を幻視する片ひざをついた男。意識が朦朧としている。
その男に忍び寄る二匹のホワイトファング。
真っ白な毛が景色に溶けんでいる。
上の歯の内、長く生えた二本からはダラダラと涎を垂らしている。
━━グルルルル。
二匹は左右に別れ、一気に男を狩ろうと阿吽の呼吸で喰らいにかかった。
ドゴォ!!ドゴォ!!
しかし、その口が鬼族の男に到達することはなく、二匹のホワイトファングは突如頭を陥没させた。そして、地面に横たわりピクピクと痙攣している。
頭には、陥没させた原因であろう黒い塊が埋もれている。
倒れかけていた鬼族の男は振り返った。
「そ、村長っ! ババ様っ!」
「大丈夫かえ?」
「いやー、ギリギリだっただぎゃ」
並んで立っている二人。
鬼ババは杖をつき、目を細めて辺りを見回している。
村長は黒い塊の入った籠を背負い、片手には同じ黒い塊を握っている。
「……ありがとうございました…助かりました…」
「ええんだぎゃ。ここはわしらに任せてお前は下がりんさい。 負傷した者を連れて村へ帰るんだぎゃ」
「……そ、それはでき━━」
「ええんじゃ! ここは任せて帰るんじゃ! それともその体でまだ戦えるのかえ?」
そう言われると、回復の手立てがない男は引き下がるしかなかった。
男は重たくなった体を引きずり、倒れた仲間と共に撤退することを余儀なくされたのだった。
「さてと、まだ戦える者達の手助けをしつつ殲滅するかえ。 のう、タツ坊」
鬼ババは杖を持ち上げると、もう片方の手で柄の部分をぐっと回した。
カチリと音がすると柄がはずれ、刃こぼれ一つなく吸い込まれそうな真っ黒な刃が顔を出した。
「お、久しぶりに見たぎゃ。鬼族五聖剣の一振り"常闇の妖剣"。 よっちゃンが持てば鬼に金棒だぎゃ。 さあ、ひと暴れひと暴れ」
「ひょっひょっひょっ」
鬼ババは、剣を片手にひょこひょこと近くにいるホワイトファングへと近づいていく。
それに気付いたホワイトファングは脚をぐっと曲げ、腰を落とし警戒を強めた。
「グルルルル」
ホワイトファングは、先手必勝とばかりに地面を一気に蹴り、口を大きく開けながら飛び出した。
その喉へと噛みつかんとして。
ヒュン。
刹那、空気を切り裂く音をホワイトファングは耳にした。
その途端グラッと揺れる視界。
そして地面にドサッと音がしたかと思えばゴロゴロ転がっていく頭。
その開いた口は鬼ババに届くことはなかった。
一瞬にして頭と胴体を切り離されてしまったのだった。
「ひょっひょっひょっ。 遅い遅い」
鬼ババは歩みを止めることなく、次々にホワイトファングを切り捨てながら進んでいく。
全く近付くことのできないホワイトファングは、連携をとり数で押し込もうと鬼ババを取り囲んだ。
円になり一斉に飛び付いた。
がしかし、鬼ババの背後から飛び出した数体は何も出来ずに頭を陥没させていく。
村長が、その腕力で手に持つ黒い塊を投げ飛ばしていってるのだ。
命中率は驚異の百発百中。
村長が得意とする投擲術である。
「ババ様っ! 村長!おい、みんな!ババ様と村長が来てくれたぞぉー!」
「うおーー!」
「勝てるぞっ!」
鬼ババの存在に気付いた鬼族の男達は、再び勢いを盛り返し始めた。
「しかし、数が多い…年寄りの体には堪えるえ。━━と、アイスコングのお出ましかえ」
青白い毛を全身に生やした筋骨隆々の魔物である。
「よっちゃン、アイスコングは見えるがクリスタルバーグの姿は見えんだぎゃ」
村長は、黒い塊を手を休めることなく飛ばしながら、大声で鬼ババへと話しかけた。
「そうじゃな…。もしかしたらそれも見間違えかもしれんけの。 とりあえずはアイスコングを殲滅するかえ」
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