第29話 ヤバイ奴がやって来た

天井は高い位置。四方は数メートルの広さはある空間。

 同じ岩壁に同じ地面。

 さっきは無かった大岩が数個と散らばる死体。

 奥には宝箱はなく通路が続いている。

 そして後ろは壁に囲まれ、路はなくなっていた。

 

 「ヴェル…ごめん……。しかしこの臭いはなん━━なっ、なっ、なっ、なんだよこれっ! ヴェ、ヴェル! 何がどうなった!?」

 

 マホンも目が慣れ、臭いの元を目の当たりにする。

 マホンのすぐ周りには死体が散らばっていた。

 

 「落ち着けっ!マホン! その場で待機だ! いいか?ちょっと一旦整理しよう」

 「━━わ、わかった。 うっぷ……これはひどい…」

 

マホンが言うように、本当に酷い有り様だった。

 比較的きれいな死体モノもあるが、四肢を失っていたり、原型を留めていないモノまでが転がっていて、その数を正確に知ることはできない。

 ただ、一桁の数でここまでの惨状を作ることはできないと思われる程に、広範囲に渡って目を背けたくなる光景があった。

 

 「━━マホンが箱を開けると光に包まれた。あまりの眩しさに当然二人とも目を閉じる。 そして、目を開くと無かった死体があり、あったはずの箱が無くなっている。それから、正面だったはずの行き止まりが後ろになり、通路があの奥に続いている、と」

 「す、すまん……」

 

  両の手のひらを合わせて謝るマホン。

 

 「まあ今さらそれはいいんだけど。 しかし……死体が部屋に現れた…? いや、違うか。似ているけどここは違う場所……俺達が移動したのか? マホン、転移トラップとか魔道具でそういうのってあるかな?」

 「……ある。 知ってるやつは魔道具なんだけど、箱型で蓋を開けたら指定先に転移できるやつだね。 たしか、光に包まれて周囲数メートルまで効果あって一方通行だったよ」

 


 「…………」

 「…………」 

 

 さてと。

 一方通行であるならここはどこなのだろうか。

 あの奥に行かなくては始まらないか………。

 この惨状を見る限りあまり行きたくはないけど…。

 

 とりあえずここにある死体は冒険者で間違いなさそうだけど、そもそも何で死んだんだ?

 

俺はそこで改めてゆっくりと周辺を見渡してみた。

 

 「あいつは━━」

  

 俺は急いでそいつの側へと駆け寄る。

 三体がかたまって横たわったいた。

 内二体は損傷が激しいが、一人は剣を握りしめたまま血だらけの状態で倒れている。

全身血だらけで、手足の欠損もあって分かりづらいが、コイツはピュールだ。間違いない。

 損傷の激しい一人はナイフを握っていることからテンだろう。そしてもう一人が仲間のマクランか?

 こっちはさらに酷く人かどうかも判別できない。

 

 「おいっ! 生きてるかっ?!」 

 

 反応がないな……。

 ……いや、僅かに胸が動いてる。

 

 「黒王樹ブラックキングウッド


 俺が杖を構えると同時にマホンが近づいてきた。

 

  「なんだ? ヴェルの知り合いか?」

 「そう。 時間がないから━━月光草の花ムーンドロップ」 


俺は杖を振るい地面に花を咲かせると、すぐに摘み取り神秘の滴をすかさず振りかけた。

 すると、全身を青白く光らせ瞬く間に傷が塞がっていく。

 

 「おぉ…すごいな……」

 

 俺はさらに見える範囲で探るが、他に命が残っていそうな者はいなかった。

 ギリギリだったが、何とかピュールだけは助けることができた。

 しばらくは目を覚ましそうにないから、とりあえずここに置いていくか。

 俺はまだ驚いているマホンに声をかけ、穴の奥へと移動しようとしたその時━━。

 

 「…グフ…フ…グフ…グ……」

 

 穴の奥から聴こえてくる微かな音。

 いや、声だ。

 聞き覚えのあるグフグフ声。

 足音や金属音等も混じり、近づいてくる複数音。

 

 まずい。

 

 「━━マホン。 オークだ! とりあえずここから動くなよ」

 「━━あ、ああ! わかった!」

 

 幸いにして、ここは巨大な岩陰にちょうど隠れていた。

 ピュールもすっぽりとかくれ、向こうからは死角になっている。はずだ。

 

 段々と近づく声。

 

 するとマホンが小声で耳打ちしてきた。

 

 「あいつら、鼻がいいから見つかっちゃうかも……」

 

 前世の魔物図鑑にもオークは嗅覚が発達しているとか書いてあったな。

 オークとウルフ系は嗅覚が優れているから、風上に立たないこと。

 匂いの強いものを身に付けないことが注意書してあったっけ。

 

 「たしかに。 ピュールは服が血だらけのままだから紛れるけど、俺達はまずいな…よし、手を出して」

 

 手のひらを出すマホンと自分の片手へと、俺は杖を振る。

 

 「薔虹薇バニラ━━イエローパフューム

 

 すると一輪の黄色い花が、俺達の手の中へ現れた。

 数枚の花弁が、中心に向かい渦を巻くように円く型どった無臭の花である。

 

 「うお!」

 「━━時間がない。とりあえずそれを食べてくれ!臭いが消えるから」

 

 おいしくはないんだよな、これ。

 甘かったりすればいいのに。

 俺がそれを口にすると、それを見たマホンも真似をして口に含んだ。

 これで臭いではバレないだろう。

 

 と、寸でのところでぞろぞろとやってくるオーク達。

 顔が出せないからよく見えないが、数はこないだと同じくらいか?

 プンプン丸も、ちがった、レッドオークもいるようだ。

 しかも一体じゃないな……。

 

 ━━━ぞわっ。

 

 突然、俺の全身に鳥肌が立つ。

 頭の中に警鐘が鳴り響き、全身の毛が逆立つ。

 

 ヤバイ。ヤバイ奴が混じっている。

 マホンを見ればカタカタと震えている。

 

 「……オーク達よ。 肉が腐る前に片付けろ。 糧とし、己の血と肉にし、力をつけよ。 オスは糧。メスは苗床。 力をつけ固体を増やし蹂躙するのだ」

 

 漆黒のローブを羽織り、頭まで全身を隠しているソレが声を発する。

 顔は見えないが、見つめていればすぐに居場所が見つかってしまいそうだ。

 溢れでる強者のオーラ。冷たい、ひんやりとする恐怖の重圧。

 与え続けられる恐怖は、俺の首にずっと死神の鎌を当てているように錯覚させる。

同じ空間にいるだけで、常人ならすぐに気が狂ってしまいそうだ。

 

俺達は息を殺してじっとするしかなかった。

 嵐が過ぎるのをただただ待つしかなかった。

 

 オーク達はそこらにある遺体を咀嚼し、平らげていく。

 その肉を食べる音、骨をバリバリと砕く音は不快でしかなかった。

 ローブのそいつは、しばらくすると通路を引き返し消えていった。と、同時に重圧がスッと消えていく。

 

 それから数十分もすると、オーク達も通路の奥へと戻って行った。

 残されたのは俺達三人と冒険者の服だった物や持ち物、それからオークの食べ散らかした血肉と骨だけであった。

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