第19話 対決!レッドオーク

見える範囲にいるオークはやはり二十体。いや、レッドオークを含めて二十一体か。

 俺は身長がまだ低く、後方までは確認できないが、我先にと今にも飛び掛かろうとしているオークどもは、全員が前列で押し合いをしていることから、これで全員で間違いないだろう。

 

 「━━数が多いな。 ここは先手は取らせてもらう」

 

 俺は周りを囲むオークの足元へ杖をぐるりと向けた。

 

 「臭鼬爆菜スカンクキャベジー

 

 地面からポコポコと生える緑の球体植物。

 一瞬にしてオークの足元へ円になるように一例に間隔をあけて並び現れた。

 一つ一つが俺の頭ほどの大きさはある。

 

並び生えたそれは、今度は真ん中から黄色い花を咲かしていく。

 すると、次の瞬間辺りを包みこんだのは強い臭気。

 その臭いは鼻の奥へ針を刺すような刺激臭だ。あまりにきつさにオークは悲鳴のような声をあげ涙を流す。


 「ブフォオ!」

 

 オークは数体が我慢しきれずにその球体を叩き潰しにかかった。

 次の瞬間。

 それはけたたましい音と共に爆発した。

 俺はオークが動いた瞬間に近くの木を操作し、体に巻き付けた木の枝で既に空中で宙ぶらりん状態だ。

 

 免れた数個を残し、連鎖的に爆発を起こす《臭鼬爆菜スカンクキャベジー》。

 吹き飛ばされるオーク達。

 

 《臭鼬爆菜スカンクキャベジー》は魔界山岳地の湿地帯に生育する腐生植物である。

 球体内部に熱を蓄え、黄色の花弁から臭気を放つ。

 その臭いで獲物を呼び寄せ、触れれば爆発を引き起こす。そして、その爆発の威力は強く、種子を接触のあった方向へ数百メートル飛ばす。

 一つ一つの種は小さく、先端は尖り石のように固い。

 それを一度に何十個と飛ばし、獲物を捕らえるのだ。

 そして仕留めた獲物に種子は根を伸ばし、そのまま腐食性の毒素を根から注ぎこみ、その生物死体を分解し栄養源に繁殖する。

魔界でも危険指定されている植物であった。 

 

 「…ブ…ブフォ……」

 

 臭いにより意識が朦朧とし、爆発に対し反応することが出来ず爆発の余波と種子により、ほとんどのオークは倒れていた。

 前のオークが盾となり、なんとか生き残っているのは三体。レッドオークは後ろに下がっており無傷である。

 

 「臭鼬爆菜スカンクキャベジーはくっせーな。 あまり至近距離で使うものじゃないね」

 

 俺は自分で創っておいて、そのあまりの臭さに気持ち悪くなった。

 もちろんすぐに消すパージ

 オークに刺さっている種子も全てパージだ。

 育ったら恐ろしいからね。

 

┼┼┼


  「━━す、すごい」

 「あの子、なんなの……確か昨日ギルドで揉めてた子よね?ピュール」

 木の上から見下ろすピュールとフードの女の子は、見たこともない戦いに驚嘆する。泣いていた子も既に泣き止み、無言で戦いに見入っていた。三人とも落ちないように木にしがみついている。

気を失っている二人は落ちないように枝で雁字搦めになっている。

 

 「……そうだね。 確かに昨日ギルドでスキンさ、スキンと揉めてた子供の内の一人だね…。 あれは魔法なのか?」

 「たぶん魔法だね。 髪の色からして樹属性なんだろうけど、樹属性の域を越えているよ。 詠唱も破棄しているようだし……。固有魔法なのかな……」

 「一子相伝とか?」

 「う~ん、うちにはわからない……」

 「…そうか。 そうだよな。……しかし、この状況どうしようか…。 テンとマクランの様子はどう? 特にマクランは傷の具合はどうなんだ?」

「マクランはピロウがハイポーションをかけて、止血できてるわ。 そうよね?」 

 

「うん……」

 もう一人の魔法系女子はそう返事をするも、その表情は暗い。

 一本しかないハイポーションで止血はできたが、容態はあまりよくないのだ。

 

「……早く王都にもどらないとだな。 ……少年………頼む」

 

 ピュールにはこの状況をどうにかする手立てがなく、祈ることしかできなかった。銀ランク数名で相手にしなければならないオーク。それが三体。それに加えて、金ランク以上じゃないと相手にならないであろうレッドオークがいる。

 絶望的だ。

 藁にもすがる思いで少年を見つめていた。

 

 ┼┼┼

 

 (残りのオークが六体か…。レッドオークは後回しにして、ちょっと近接の練習をしてみるか……)

 

 「エウロスレッグス」

 

 俺は足に風の強化魔法を施す。

 敏捷性を最大限に上げる。防御力は全く上げていないから、一発くらえばアウトだ。

 速さで翻弄ほんろうするしかない。

 

 「黒王樹ブラックキングウッド『モードランス』」

 

 俺は手に持つ杖を再構築する。

 黒王樹は加工が難しいほど硬い。だから最初から加工された形で創り出せばよいのだ。

 とはいえ、今の俺にはまだそんな精巧な物は作り出せない。

 ランスとはいうが、先の尖った真っ直ぐな木の棒といった程度である。

 だが、これは決して折れもしない最強の槍だと俺は信じている。


 三体のオークは瀕死ではないが、《臭鼬爆菜スカンクキャベジー》のダメージが残り、あまり動けないでいる。

 

 「━━━いける」

 

 俺はまず右手にいる二体へ向き直る。

 俺の動きに気づいた二体は警戒し、手に持つ武器を構えた。

 一体は錆びた斧、一体は木製の弓だ。

  

 ヒュン。


  俺が動くよりも早く弓が飛んでくる。

 しかし、俺は一瞬にして横へ飛び弓を躱す。地面に着いた右足で一蹴りすると、ランスを突きだし弓のオークへと突撃した。

 気分はもう大隊の突撃隊長の気分だ。

 

 「ブフォオオオオ!!」

 

 勢いが槍に乗り、硬いオークの皮膚をいとも簡単に突き破る。心臓がある位置へ胸から背中へと槍は抜けた。

 

 次の瞬間。

 背後から殺気を感じ、地面へ伏せた。

 すると、錆びた斧が横薙ぎに頭上を通過した。

 後から強い風圧が俺の髪を揺らす。

 もう一体のオークが木を斬り倒すように大きく振りかぶった斧が、俺が躱したことで弓のオークを腰のところで二つへ分断した。

 瞬時に俺は地面を横へ転がる。

 と、同時に杖を創り出し、オークの足元へ魔法をかける。

 

  「グラスニードル」


  足下の草が尖った針形状に変化した。円錐状に地面360度から伸びた針は串刺す。

しかし、その攻撃は通らず、草の針は全て弾かれる。 

 足止めにすらならず、俺は後ろへ一気に距離をとる。

 

 「硬すぎるな……また槍で突っ込むか…いや、二回目は警戒されて恐いな……」

 

 俺がそう呟いた瞬間、今まで傍観していただけのレッドオークがいきなり動き出した。そして釣られるように残りのオークもゆっくりと向かってくる。レッドオークは素手、もう一体のオークは、これまた錆びすぎじゃね?というくらい錆びた剣を構えている。

 三体同時か……。

 仕方がない。

 

 まだ魔力には十分余裕はありそうだ。

 

 オークは右、正面、左の三方向からちょうど向かってくる形だ。三体ともブフブフと鼻息が荒い。その息は臭そうだ。

 

 無傷のレッドオークが一番足が速い。あまり時間はない。

 俺はさらに後ろへ下がり、中心になる位置へと杖を振る。


  「九頭竜蘭ヒュドラン

 

 緑に紫の斑模様の小さな植物が顔出す。

 葉などは一切なく、の茎があるだけだ。

 茎の尖端にはぷっくりと膨らんだ蕾のようなものがある。

 しかし、それは蕾などではなく、鋭い牙を並べた口がついていた。

 俺はそれに《グロウアップ》をかける。

 すると、それは巨大な八俣の顔を持つ獰猛な肉食植物へと急成長した。小さくて分からなかった紫の斑模様は、花弁を型どる。

 それは蘭であった。全身に紫色の蘭の模様を咲かし、それが蘭科であると分かる唯一の特長だ。


 《九頭竜蘭ヒュドラン》 

 神話属 ラン科に属する肉食植物。

 九つの頭を持ち、その牙で獲物を捕らえる獰猛な植物だ。

 その見た目からも既に植物の域を超越している。

 もちろん魔界では伝説として存在していたものであった。

 

 三体のオークは、突然出現したその敵に歩みを止めた。

 しかし、すでにヒュドランの射程圏内であった。

 

 次の瞬間、剣を持つオークは頭からかぶりつかれた。横から脇腹も咬みちぎられる。

 同時に斧を持つオークへも一つの牙が正面から食らいつきにかかった。

 が、避ける体力はなく腹を咬みつかれる。

 しかし、道ずれにしようと最期の力を振り絞り、咬みついたヒュドランの頭を斬り落とした。

 

 レッドオークの前には残りの五つが口を開き、唾液のような液体を滴らせながら牙を見せている。


  「グオォオォオオオ!!」

  

 雄叫びと共にレッドオークは拳を堅く握りしめ構える。

 

  五つの口がゆらゆらと揺れた次の瞬間、二本が同時に攻撃をしかけた。

 足と腕を狙う。

 そのヒュドランの牙を、宙へ飛び上がることで躱すレッドオーク。

 そしてそのまま、上から拳を力一杯ハンマーのように二本の頭へ同時に叩き込んだ。

 轟く衝撃音。

 そして地面に突っ伏したヒュドランの頭を中心にクレーターが出来上がる。

 しかし、ヒュドランの攻撃は終わらない。すかさず一本の口がレッドオークの真上から垂直に降ってきた。

 反応し、ぎりぎりで躱そうとするが、牙が肩から腕にかけて抉る。鋭い牙は皮膚を容易く切り裂き、レッドオークの血飛沫が舞った。

 

 「グガァッ!!」

 

 地面へと垂直にぶつかる瞬間を狙い、レッドオークは蹴りをいれた。その蹴りの威力凄まじく、ヒュドランの茎と頭がブツリと切れた。

 レッドオークはすぐさま走り、転がる斧を手にする。

 横目に斧の所持者の亡骸が転がるのが見えた。

 

 一瞬、違和感のようなものがレッドオークの頭を過ったが、レッドオークは気にしない。強者である自分の行く手を阻むものを殺すのみ。今までもそうしてきた。そしてこれからも破壊の限りを尽くすのみだ。

 

 向かってくる二本の口を手に持つ斧であっさりと切り飛ばす。

 残りは剣のオークに食らい付いている二本。

 もう楽勝だ。簡単だと疑わない。

 

 切り飛ばすためにそっちへ歩みを始めようとした━━その時。

 握っていた斧が地面を転がった。いや、正確には斧を握ったままの腕が地面をゴロゴロと目の前を転がっていったのだ。

 レッドオークは咄嗟に振り返る。

 すると、そこには限界まで開口したゆらゆらと揺れ動く六本のヒュドランがいたのである。

 

 その内一本は、今まさに腕を食いちぎったのだろう、口からレッドオークの血を滴っていた。

 

 「グガアァァァ!!」

 

一斉に向かってくるヒュドラン。

 そして断末魔の叫びをあげ、レッドオークは消滅したのだった。

 

 レッドオークの感じた違和感は遺体が二つ無かったことだ。

 倒されたオークは横たわっていたが、斧で倒したはずのヒュドランがそこには無かった。

 ヒュドランは九つの首を持ち、全てを同時に倒さない限り何度でも復活するのである。

 そして、九つ目は地面へと潜っている。それは植物としての根として生きているのだ。

レッドオークが、もっと注視し、違和感に危惧し、即座に撤退か戦法を変えていたならば結果は変わっていたかもしれない。 

 

 だが、レッドオークはそこまでの知性を持たない。オークの上位種であり、ノーマルのオークよりは考える力はあるが、脳内のほとんどが戦闘本能に支配されている。違和感を感じることは出来ても撤退の二文字は存在しないのであった。

 

 俺は後半、結局何もしていなかった。

 いや何もしていないは語弊があるか。

何かあればいつでも対処できるように準備はしていたさ。


まあ魔力を使って疲れたから座ってたけどね。

でも応援はしていたよ。

 がんばれー!いけっいけっつって。

 

 まあ勝てて良かったよ。お疲れさん、俺。

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