第15話 マホン・トンプソン

一子相伝という言葉がある。

 代々受け継がれる技を一人の子供のみに伝え、その方法を外には漏らさないよう秘密にすることである。

 この世界において一子相伝は古来より行われていることであった。

 そして、どの一族においてもその力は特殊であったり強い力を持っていた。それ故にその力を奪い合う醜い戦いも幾度となく行われてきた。

 しかし、命は奪えようとも秘技を奪うには至らなかった。多くの命がそこに流れていった。

 秘技は引き継ぐ前に一つ、また一つと世界から散っていき、急激にその数を減らしていくこととなる。

 

 一子相伝の技には二つある。

 技術と魔術だ。

 技術とは、剣技や槍技といった体術である。

 これは、相伝するにあたりその一族である必要はないのである。修得する才能さえあれば誰でも使えるのだ。

 実際、一子相伝であるはずの技術が他の一族でも使い手がいたりするのだ。

 一子相伝は不文律なのである。

 法律で決まってわけでもないから、たとえ修得した子供が道場を開こうがそれを罰せられるわけではない。一子相伝でなくなるだけの話である。

 

 それに引き換え、魔術は誰でも引き継げるわけではない。

 魔術とは属性魔法である。だから同属性でないと使える可能性は極めて低いと言えた。同系統属性ではなく、同属性だ。

 風属性の秘術なら風属性の者だけだ。同系統に属する樹属性ではだめなのだ。

 だから、魔術を一子相伝していくために、他属性の血を入れないように同属性同士で結婚させていくのが通例であった。

 しかし、それも時代は変わり恋愛は自由化していく。次第に血は薄れ、それが秘術が減っていく要因の一つとなった。

 

┼┼┼ 

 

 「おい、触るな」

 「あ?何だって?」

 「触るなって言ってんだよっ!」

 

 マホンは頭を触られたのがよほど気に障ったのか、片手でおっさんの手をはじいた。


  「━━━て、てめぇ!!」

 

 おっさんは子供にとられた態度に腹を立て、腰に差している剣を抜いた。

 今にも斬りかかりそうなほどに剣先が震えている。

これは相当に酒が回っているようだ。

 

 「ちょちょちょ、それはやりすぎだろっ!」

 「おいっ! スキン!」

 「飲み過ぎだ。バカヤローッ!」

 

 周りの冒険者からはそんな言葉が飛んでくる。

 

 このスキンヘッドのおっさん、スキンって名前なんだな。

 まんまじゃねーか。

 

その時、バンッと受付にある小さい扉が音を立てた。

 

  「━━━スキンさんっ! 冒険者が一般人に手をあげるのは御法度ですよっ」

 「マ、マリンちゃん」

 

 中から一番人気の受付嬢が飛び出してくる。

 勢いとともにマリンさんのフワッといい香りがしてきた。

 

 「しかもこんな子供相手にっ! 大人げないですよ」

 「ご、ごめんよ、マリンちゃん」

 

おっさんはマリンさんが好きなのか?

めちゃめちゃ泣きそうじゃねーか。

 既におっさんの威厳はかけらも残ってないわ。

 酒も抜ける勢いでビッシリと頭に汗かいてんな。

 

 「━━ねえ、おねぇさん。冒険者と一般人が本気の勝負をするにはどうしたらいいの?」

 

 マ、マホンさん?どうしたのかなマホンさん?

 何事もなく終わりそうなのにぶり返すのやめよーよ。


 「え?えっと……一応、一般人側が承諾すればいいのだけれど………でも…、でもね、子供はダメよ」

「…なんでよ?」

「社会的に見ても……ううん、人としてダメだからよ。冒険者の大人が子供相手になんて普通に考えてもダメダメ」

「………じゃあ子供が大人と真剣に勝負することはできないの?」

 

 マ、マホンさんって!どうしたのよ!

 目がヤル気に満ちてるな。

 

 「……あるにはあるけど……」 

 「それは?」

 「それはね、冒険者になることよ。冒険者同士のいざこざにはギルド側は一切介入しないわ…」

 「よし。 じゃあ冒険者登録してよ!」

 「……いや、あの……えー」

 

 今度はマリンさんが汗びちゃだ。そりゃそうだよ。子供が命をかけて勝負したがるのを了承できないよね。

 

 「ええじゃないか。 登録してやれ、マリンよ」

 

 今度は奥の部屋から白髪髭面の男性が登場だ。

 誰だ、このじじい。

 

 「マ、マスター! いいんですか?」

 

 ギルドのマスターでございました。

 俺の上司になるお方でござーした。

 

 「ほっほっほっ。 よいじゃろうて。 裏の鍛錬場を使ってよいが、ただし命を奪うことはなしじゃ。 よいな? 坊主とスキンよ」

 「もちろん」

 「マスター、お、俺はもう別に何とも思ってねーけどよ。 まあ剣を抜いちまった俺がわりぃからな……」

 

 ということで、マホンとスキンヘッドが勝負することになった。

 まずはマホンの冒険者登録だ。

 ついでに俺もしてもらおっと。

 おかげで並ばなくて済んだぜ!


  ┼┼┼

 

 「では、マリンさん。よろしくおねがいします」

 「おねがいします」


 マホンと俺だ。

 マリンさんのいい香りが漂っている。

 水色のさらさらの髪に真っ白なシミのない肌。

 よく見ればうっすらと青く残る毛を剃った後の顎。

 

 すごく綺麗でいい匂いがして色白で髪がさらさらなんだけど、髭が生えているであろう生き物、それはなんだ?

 

 「では、こちらの用紙へのご記入と、このカードへ魔力を少しでいいので流していただけますか?」

 

 マリンさんは口調が受付嬢のそれへと戻っている。

 仕事への切り替えが早い。さすが人気の受付男、いや、嬢である。

 夢を見ておこう。詮索は不粋ってもんだぜ。

 

紙には名前と得意技を記入する欄と、『冒険者について』という説明書きが記されていた。

 

 俺は文字が読めるからいいが、マホンは?と見てみると、眉間にシワを寄せてぐぬぬ顔をしている。

 どうやら読めないようである。

 

 「ご記入と魔力を流し終えたら、続けて冒険者について説明致します」

 

 あ、めちゃめちゃ助かった顔をしている。 

 

 とりあえず記入っと。

 

 名前はフルネームを記入する。得意技はもちろん樹属性魔法だ。

 先に書き終えた俺は、ちらっとマホンの用紙を横目に見てみた。

 そこには『マホン・トンプソン』と『トンプソン流魔剣術』と書かれていた。

 トンプソン流?魔剣術?

 そんな流派があるのと知らないし、そんな技術を聞いたこともないな。

 

 そして、カードへと魔力を流す。

 カードは手のひらサイズの薄い銅板である。

 流した魔力に反応した板はほんのりと白く光り、かと思えばすぐに消えて元の銅板へと戻ってしまった。

 いや、同じではなかった。淡い緑の色で縁取られている。

 マホンのカードは茶色い縁取りだ。銅板に茶色で目立たないが。

 

 「もしかしてこれは属性に応じた色になるんですか?」

 

 「はい。色が変われば冒険者登録は完了になります。 このカードは身分証にもなりますので無くさないようにお願いします。 では、ヴェルデ・ブルノーブル様、マホン・トンプソン様どうぞ」

 マリンさんが俺達の名前をそれぞれ言うと、ギルド内が少しざわついた。

 もしかして俺か?とも少し思ったが、んなわけない。

 

 「……おい、トンプソンだってよ」

 「どっちのトンプソンだ?」

 「ばか、トンプソンって言ったら貿易都市の大貴族だろうがよっ」

 「ばかはお前だよ。あれはたしか娘だろ? 見てみろ!あれは男だろ。一子相伝のほうだよ」

 

 そんな声がひそひそと聞こえてきた。

 マホンは有名なんだな。

 まあ俺には関係ないな。

 

 俺はそんなことよりと、渡されたカードを見る。

 つるつるに磨かれた銅板。

 その表面にはでかでかと五桁の番号が記されていた。

 

 「この番号は?」

 

 「あ、はい。 その番号が個人識別番号になります。 同じ番号が先程記入していただいた用紙にも書かれていますので、照会依頼があった時はその情報を開示することになります。 あと、そちらのカードは無くされますと再発行に金貨一枚必要になりますのでお気をつけください」

 

 再発行の金額が高い。それだけにこのギルドカードは貴重なのだろう。見たところ魔道具であることは間違いないようだし。どこに刻印があるのかは確認できかったが、高等な刻印魔法であると窺えた。

 

 「さて、冒険者についてですが、簡単にいくつか説明させて頂きます。まず━━━━」

 

 簡単にというが、長い。眠くなるほどに長いよおねぇさん。

 俺は話半分に聞いていたが、隣のマホンは真剣だ。

 

 一応、要約するとこうだ。

 

冒険者とは━━━

 

魔物狩るもの。

 素材を収集するもの。

 依頼をこなすもの。

 ダンジョンに潜るもの。

 有りとあらゆるニーズに応え、迅速かつ的確に依頼を遂行すること。

 要するに何でも屋だ。

 ただし、それを受けるか受けないかは自分次第。

 

 依頼をこなせば信頼と金が手にはいる。失敗すれば違約金とランクがダウンする。

  ランクとは銅に始まり、鉄、銀、金、白金、黒金の六段階に分かれる。依頼にもランクがつけられていて、同ランク以下しか受注できないのだ。

 ある程度の依頼をこなすと、ランクアップ試験を受けることができ、ランクが高い依頼程報酬は高い。もちろん難易度も高くなる。

依頼は基本的に掲示板に貼られているものから自身で選ぶこと。

 個人、もしくはギルドや国から指名依頼がくることもある。

 強制ではないが、指名依頼はできる限り受けてほしいとのこと。もちろん報酬は大きい。

 魔物や魔族などの襲撃があった場合は、緊急要請が入る。

 こちらは強制参加となり、ギルド及び国の指示に従うこと。

 

 また掲示板には基本的な依頼の他、パーティー募集の貼り紙もある。個人がパーティーに入りたいと書かれているもの、パーティー側から○○募集と書かれているものなど、様々なようだ。

  

 禁止事項はそれほど多くない。

 一般人への一方的な暴力禁止。

 冒険者同士であればある程度の決闘は許されるが無差別な殺人は除籍対象だ。

 盗み等、国の法令に違反する行為も然り。

 

 そして、忘れてはいけないのがお金を預かるサービスだ。

 高ランク依頼になれば大金もすぐに貯まる。

 これをギルドが管理してくれるのだ。

 好きに預けれ、好きなときに好きな額を無償で卸してくれるとのこと。便利だ。しかも、金だけでなく、ある程度なら道具等も預かってくれる。

 

 とまぁ、こんな感じである。

 

 さてさて、登録も説明も終わったということは━━━

 

 「スキンヘッドっ! 勝負しろ!」

 

俺は帰ろうかな。 

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