第20話 双子の過去 Ⅱ

 泥だらけで穴の開いている汚い布を纏った人が其処にはいた。不安で、恐怖で、ただ震えていることしか出来なかった。足も竦んで、声も出せずにただ震えていた。

 だけど一人だったらもうこの世にはいなかっただろう。私達は双子だ。ボロキレのような布を二人で一枚、一緒に被るようにしてただ寒さに耐えていた。


 虚ろな目をこじ開けて上を見上げる。空は明るい。夜なのに。


 白い綿の様なふわふわが空一面を覆っている。それがひらりひらりとゆっくり舞い落ちてくる。一つ鼻先に付くとじわっと解けていく、冷たい。と感じるということはまだ体温が暖かい証拠だ。


 頭に、肩に積もり始める。それが体の体温をどんどん奪って行くのが分かる。肩を寄せ合っている相手もどんどん冷たくなっていくのが分かる。むき出しの顔に時折付くそれも冷たいと感じることが無くなったころ、気付けば顔半分それに埋まっていた。体を起こしている体力も無くなっていたみたいで、地面にいつの間にか倒れ込んでいたようだ。

 それに接する面が増えて体温と体力がどんどん奪われ、瞼さえも開ける力が無くなってきた。


 ――眠たい。寝て起きれば春になってるかな。寒いのは苦手だ――。





「――――」


 薄れゆく意識の中、何かの声が聞こえた。だけど声を発するどころか指一つ動かす反応すらも出来なかった。


 ――考えるのも億劫だ。眠ろう――。















 目を覚ますと、ベッドの上に居た。

 暖かい毛布と綺麗な衣服を着ていて、横には双子の姉が一緒にいた。似たような恰好で、しっかり私の手を握っていて気持ちよさそうに眠っている。起こさないように首だけ動かして辺りを見回す。


 ベッドが3つ並んだ部屋、それらの備え付けか、簡易なテーブルとイスが一つずつ。壁には何かの植物がかけられている。中には白の小さな花が二輪咲いていた。




「目覚ましたね」

 突然話しかけられてビックリしたが、声のする方へ顔を向けてみる。50歳くらいの男性がくしゃっと顔を崩して笑う。 


「良かった。体は何ともない?」

 優しそうに笑う男性に気味の悪さも嫌悪感も抱かず、素直に頷いてしまう。


「ご飯食べるかい? おかゆにしたんだけど……体が温まるよ」


 また表情を崩す男性。

 この人は、何だ。男性? 人間? なんでこの人は男性のはずなのに恐怖を抱かないのだろうか? 今までの男性はみんな怒ってばかりで、殴る、蹴る、怒鳴るばかりで優しい印象なんてこれっぽっちも抱かなかった。なのに――。


「そうだね、警戒するのは普通の事だ。どこの誰かもわからない奴だし、毒なんて入ってないよ。ほら――

あっつ! ほふほふ。 ふぇ?ほふなんふぇはひっふぇなひほ(ね? 毒なんて入ってないよ)」

 律儀にスプーンを取り出して食べた後にすぐしまう。間接的にも自分の唾液が触れないようにしてるのが分かる。それくらいこちらに気を使っている。こんな人は見たことが無い。


「……ご飯と思ったけど、そうだウッカリしていた、先にお風呂へ入ってらっしゃいな。ドロドロだし、髪もぐしゃぐしゃだし。女の子なんだから身だしなみを綺麗にしないとね。着替えとタオルを持ってくるから先に入ってなさいな、そこにあるから」


 部屋の入り口傍の部屋を指さして部屋を後にする男性。信じても大丈夫なのだろうか。だけど、悪意は何も感じなかった。前はまだ3日に1回は水浴びくらいはさせて貰ってたけど、今日まで1週間は水浴びすらしていなかった。恐らく酷い匂いもしていたのだろうか。それなのに綺麗な服に綺麗なベッドに寝かせてもらって、怒っていないだろうか? また殴られたりはしないだろうか? また監禁されたりしないだろうか?



「……んー」

 お姉ちゃんが起きた。まだ寝ぼけているのか目が蕩けてる。焦点も何か遠くを見つめているようだった。


「どうしたのー?」

「お風呂だって――」

「入るー」

 ふらふらーと話を聞いていたのか直感なのか真っ直ぐに先ほど示された風呂場へと向かって行く。これ、まだ寝ぼけてるのではなかろうか。

 追いかけて風呂場へ入ると既に服は脱ぎ捨ててあった。もうお風呂場へ入ってしまったようだ。




「――あぁ! もう、待って! 私も一緒に入るから!」



「風呂場に入ったな? 綺麗にするまで外には出さんからな、覚悟するが良い」



 ――えっ



 どこからともなく女性の声がして、何となく振り返ると上から女性が降ってきた。


「いやああああ!!!」

「ふふふ、逃がさんぞ☆」

「いやああああああ!!!」

「綺麗な肌してるじゃないか、勿体ない。それに顔だって、綺麗にすればすごく整ってるではないか! んー、よしよし。わたしにお任せあれ!」

「いやあああああああ!!!」


 全身隈なく弄ら……いや綺麗にしてもらって暖かいお風呂へ入れて貰う。いつも何かお姉ちゃんも一緒にお風呂に入っていた。あと謎の女性も。



 ――暖かい――。


 いつもは良くて水浴び、悪ければ汚れたままほったらかされていた。


 自分が、こんな小汚いゴミみたいな自分が、幸せな事を体験していいのだろうか。


 変な罪悪感を覚えながらもゆっくりと芯からじっくりと体を温めた。




 ~数十分後~



「こりゃたまげた」

 男性の優しそうに下がった目尻をつり上げるようにして目を開く、何やら驚いているご様子。

「こんなに別嬪さんだったとはなぁ、さっきまで手入れのされてない毛玉みたいだったのに」


「……?」

 手入れのされていない毛玉とは


「ほら見て見なさい」

 と手鏡を渡される。そこには見たことの無い人が映ってた。白い髪は見たことの無いほど艶々、顔だって血色がかなり良くなっている。鏡を見るのが嫌で嫌でしょうがなかった。殴られ、蹴られ、汚れた顔なんて、いつも虚ろな目だったと思う。ことあるごとにそう言われたから。


 だけど、今、初めて自分の顔をまじまじと見た気がする。見る限りは傷跡も無く、自分が自分じゃないみたいだ。


「でも、小汚い毛玉でよかったんじゃないですか? だって、こんなにも可愛かったら多分――」

「――あぁ、そうだね。そうだ。」


 謎の女性の発言に対して、何か意味有り気に繰り返し呟く。


「ふーん、そうだ君達、魔法は使えるかな?」


 魔法……。存在は知っているけど、使い方も使おうとも思ったことが無い。手から出てくるのはなんとなく分かっているけど――。

 考えながら掌をじっと見つめていると。



「うん、それだな、それじゃ――君たちは今から僕のお弟子さんになってもらおう」



 弟子……。正直奴隷でもなんでも屋根がある場所に置いてもらえればマシだって思ってたけど、弟子……。


「君らは、多分中心の無法地帯から来たんじゃないかな? あそこは極僅かだけど、何処の国にも所属しない人たちがいるんだよ。ただ、力の持った人間が独立してたまに国みたいなものが出来上がることがあるんだ。そこの奴らに君たちは奴隷として連れられていたみたいだね」


「いくら無法地帯とは言えやることが酷かったから5つの国で決めて、弾圧することになったんだ。罪を償わせる前に一帯を焼かれてしまって、奴隷として捕まってた人が殆ど死んでしまった。だけど、それまでの経緯で奴隷が2人逃げたと話しててね、少し慌ててたみたいだ。それのおかげで楽に崩せることが出来たんじゃないかな」


「その2人の事は少し気にかけてたんだ、だから今ここにいる。僕は片田舎の医者みたいなものなんだ。そこの彼女と二人で営んでたり――」

「ちょっと、重要なところ省かないの、大体取って付けた理由じゃない。今のは殆ど聞いた話で、前からここで医者をしてたからもしも見かけたら保護してくれって頼まれてたのよ」

「えーいいじゃないか、ちょっとくらいカッコつけたって」

「だから、そんなに警戒しないでほしいな、この人は師匠とでも呼んでもらって、私はお姉さんとでも呼んでくれるとうれしいな」

「お姉さんって歳でも――」

「まだ30代よ、いいじゃないお姉さんでも」

「はっはは、見栄張ってるのはどっちもどっちじゃないか」

「ぐぬぬ」


 師匠? と、お姉さん? は仲良さげに話している。


「あの……」

「あぁぁぁ! 初めて喋った!! めっちゅあ可愛い!! 綺麗な声してるじゃん!!」

「……」

 何だこの人……。お姉ちゃん完全に怯えてるし、そこの師匠よりもお姉さんに怯えてる。男性が苦手なのにこれはなかなか珍しい。


 ……正直私も辛い。ぐいぐい迫ってきて、にぎにぎすりすりくんかくんかされて、もう誰か助けて……。


「こらこらやめんか」

 羽交い絞めにしてそのまま外に連れ出した後、部屋に鍵をかけてお姉さんを締め出す。



「そういう訳なんだけど、どうかな?」

「……弟子って、殴られたり、蹴られたり、監禁されたりは――」

「しないしない、なんだそれは、そんなの奴隷じゃないか。僕はそんなことは絶対にしないよ。朝起きてご飯食べて、僕の手伝いしてくれればいいし、お風呂だって、お手洗いだって、好きに使ってくれていいんだよ」



「――本当――?」

「あぁ、本当だとも、命をかけても良いよ」


 最後の一言で胡散臭くなるけど、嘘は言ってない。

 私は人の事は良く見ていたと思う。ご機嫌を伺いつつ生活をしていたから、痛いのは嫌だったし、なるべく避けていた。



 嘘なんて一切言っていない心の底からの本音で言っていた。


「私、家事なんて殆どできません」

「覚えて行けばいいさ」

「文字だって読めません」

「教えてあげるよ」

「もう……怖い思いはしなくてもいいの?」

「あぁ、もちろんだ。変な人は居るけど優しい人だよ」

「……信じても……いいんですか……」


 人の事なんて信じようとも思ったことは無かった。

 下心のある人間しか見たことがなかったけど、優しい人に触れたせいで、自分も揺らいでいるのかもしれない。自分がこんなことを言うなんて――。


「……あぁ」


 私の後ろに隠れていた姉ちゃんがきゅっと抱き付いてきた。緊張がほどけたのかそのまま泣き崩れてしまった。私だって、泣きたかった。胸がいっぱいだった。言いたいことがいっぱいあった。だけどお姉ちゃんがこんなに泣かれてしまうとかえって冷静になってしまうものだ。



 振り返って優しく背中を擦ってあげる。本当にお姉ちゃんぽくないなぁ……。





 初めて幸せな涙を流したお姉ちゃんは、嬉しい気持ちと幸せな気持ちの詰まった声で静かに部屋へ響き渡った。





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