第10話 ギンの優しさ


 その夜。



『やあ』

「――またか、昨日の今日だぞ……」

『昨日の宿題分かったかなって思ってさ』

「いや、分からんよ。考える余裕すらなかった」 実際忙しくバタバタしてたし、初めて戦闘にも参加した。正直疲れているから寝たい。

「あ、セーラー服って知ってる?」

『君はまた……。知ってるけどその先は聞きたくない』

「夏服のお願い」

『はいはい』

 パチンと指を弾くと煙に包まれてセーラー服を着せられていた。シンプルな白地で袖と襟の所に黒いラインが入っている。リボンは紺色で、膝上くらいのスカートも同じ色をしている。良いセーラー服だ。着てるのが俺じゃ無ければ。


「いや、そうじゃないわ、なんで俺が来てるんだよ」

『似合ってる似合ってる』

「せめて心込めて言っておくれ……」

 女装は色々お遊びでやらされたことがあったから、そこまでの抵抗はなかった。そんな自分が嫌になる。

『だってさ! お願いとしか言われてないじゃん! 主語言ってないじゃん! 僕のせいじゃないから!』

 うん、御尤もだ。

「じゃあこれをフィリアに着せて呼んで」

『……』不服そうながらもパチンとフィリアが煙と登場する。


「えっ!? また!? 今度は何!?」

 うおっまぶしっ。何だこれは、神々しい直視できない。本当に俺の着てる物と同じものなのか!? 動くたびに隙間からいろいろ見えそうになる。あ、ヘソチラだ、ご馳走様。今回もご丁寧に髪は二つ縛りで前に垂らしてある。

「なあ、昨日も思ったけど服装のデザインと髪型は神様のチョイス?」

『そうだけど、不満だったかな?』

「いや、逆だよ。熱い握手を交わしたいくらいに俺にぶっ刺さる。ここに姿が無いのが本当に惜しい」

 俺の頭の中を覗いているのかと思うくらいにドンピシャだ。この神は俺の神かもしれない。深く信仰しよう。教徒第一号になる。でも何となくだが、チョイスがマニアックな気がしてきた。変態なのかもしれない。


「ちょっと、ギン、また……」 いつの間に目の前に居て、しかめっ面をしながらジト目をされる。 「何その恰好……」


「……」 そういえば酷い格好をしているのを忘れていた。

『まあまあそれはいいとして』 パチンと学校の机が二つ並んで用意される。『二人とも座って』

 この神は本当に……。どうしようもないのでセーラー服のまま座る。すーすーする、冬とかよく穿いて居られるものだ。

『話は戻るけど、宿題の答え、分かったかな?』

「いや、だからさ。心当たりがなくてだね……」考えてもさっぱり分からない。分からないし早く寝たいけど、呼ばれれば色んな服装のフィリアが見られるから今ここにいるようなものだぞ。


 捻りに捻って唸る。考えても全然わからない。諦めかけていたその時、フィリアが口を開く。

「――あの、その宿題って昨日言ってたギンがここに来た理由の話よね?」

『そうだよ』

「――詳しい意味は分からないけど、思ったことを言うね。ギンは私達に似ているんだと思う。今日の泣いてる姿を見て思ったの」

「っう」 ガチ泣きしてしまったんだ、気恥ずかしい。頭を抱えて机に突っ伏す。

「ギンはとても心の優しい人だと思っている。ふざけていても相手の事を考えているんじゃないかな」

「やや、優しいのは水の国の人達。俺、そんなんじゃ――」

「そう、自分じゃ気付いてないの、そこも私達に似ている。みんな自己価値が低いのよ。優しいのにそれに気付いていない。当たり前のようにやっているから」


「なんて、全部兄ちゃんが言っていた事なんだけどね、言われてみてなんとなくそう思ったの」 こちらを見て微笑む。 「それに、人の事を思って行動したり、泣くことのできる人が優しくない訳がないじゃない」 真っ直ぐ俺の目を見て笑う。吸い込まれるように視線が釘付けになる素敵な笑顔だ。


「……」

 今まで真っ直ぐに俺を見てくれる人なんて、親以外に居なかった。良くも悪くも人の表情を伺いながら付き合いを良くしようとしていたせいだろうか。懐へ潜る勇気が無かったのだ。だけど、フィリアは違った。相手から来られたのは初めてだ。



『そうだね、優しい。銀二は凄く優しい人間だ。それだよ、僕は人に優しい人間を選んだんだ。まあ、ちょっと違うけど大体正解だ。おめでとう』


「……」 頭から熱が抜けないぼーっとしている。顔も熱い。思わず顔を机に叩き付けるように隠す。

「えっと、ギン? 大丈夫?」

「だ、大丈夫! ちょっとあれだ、言われ慣れてなくて……その、不意打ちを喰らって……」

 やばい、めっちゃ嬉しい。今、絶対い気持ち悪い顔してる。見られて引かれるのもいやだ。考えがごちゃごちゃになっている中で、ふとあることを思い出す。


 ――この格好じゃ無ければ尚更良かったんだけどなぁ。


 そのおかげで平常心が戻ってくる。この服装に感謝する時が来るなんて思わなかった。気持ちが落ち着いて顔を上げるとフィリアが消えていた。

『そうそう、昨日の事だけど、君はあれ以上の事はしないつもりだったでしょ? だから今日も呼んだんだよ。酷いようなら突っぱねてた』

「まあ。この夢の事を忘れると言っても俺は根性無しですし……」

『それは違うでしょ? あの子の言葉を借りると『ふざけていても相手の事を考えている』かな、いくら忘れると言ってもそんなことはしたくないんだって心では思ってたはずだよ』

「……」


『それじゃ、また暇な時にでも遊びに来るから、大変だろうけど頑張ってね』













 目が覚める。朝になっている。

 そうだ、今日から兵の方で寝泊まりすることになってるんだ。見慣れない天井に、少しごわごわな布団。気持ち良さはあちらの方が断然良いが寝心地は良い。目覚めも最高だ。

 あんなことがあったからだろうか。たとえ夢の中でも最高の褒め言葉を貰った気がする。


 ――いや、ちょっと待てよ。夢の事を覚えてるの俺だけなんだよな? 生殺しにされたような気持ちになるけど、似たようなことは思っててくれているということなんだろう。

 服は適当に見繕って昨日、何着か買った。特別オシャレもする必要が無いから気は楽だ。


 朝ご飯でも……と何やらいい香りが、メイドさんはあっちの家に居るはずだ、もしかして――。


「ふふ、おはよう、よく眠れた?」 フィリアが、朝食を作っていてくれた。当然の如くエプロン姿だ。

「ん、あれファルテは?」 いつもならすでにテーブルに居るはずなのだが……これはもしかして二人っきり……!

「さっき軽く自分で済ませて行っちゃった。だから二人よ。はい、出来たよ食べましょ」

 オムレツ、綺麗な黄色をしている。ふっくらとして優しい香りが漂う。他にポテトサラダとコンソメスープとパン。オムレツ以外はメイドさんから貰って来たものや近くで買ったものだ。つまりオムレツは手作り……。

 二人で戴きますと合掌。

 オムレツを一口サイズに割ると中は半熟でトロトロしている。とても美味しそう。


 口に入れると、しょっっっぱい。口を思わず窄める。

「オムレツ、私の好みに合わせて勝手に味付けしちゃったんだけど、どうかな?」

「い、いやはい。おいひいれす……」

 そういうしかあるまい。

「良かった、甘めなのが好きなの!」

 甘い……甘い……。砂糖と塩を間違えた奴だろこれ……。


 フィリアも一口食べる。「っ!?」 うん。そうなるよね。慌てて調理場へ向かう。砂糖と塩を確認しているのだろう。

「ちょっと、両方塩じゃない! 砂糖は何処!」


 こちらの砂糖は少し甘さが控えめで、塩は塩辛いそうだ、砂糖の間隔で塩を使うと大変なことになるそうだ。何だこのお約束の為に作られたような設定は……。

「ごめんなさい、塩しかなかったみたいで……」

「いや、砂糖って瓶に書いてあるんだよね? ならしょうがないよ。俺だって間違える」

「うう……」

「今度ちゃんと砂糖買ってまた作ってよ、俺も甘めのが好きだからさ」


 料理が下手とかだたらそうしようかと思ったけど、その心配はなさそう。俺はそんなに料理が出来る訳でもないから、どうしようかと思っていた。



 さりげなくまた手料理を食べる約束もして、初めての異性からの手料理はしょっぱい思い出となった。

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