疲れたらショートショート

@baketsu

おばさんの正月

 一月四日。おばさんは今日も朝一番にポストを開ける。重たそうな腰を労わる様子はなく、珍しい虫を探す少年のように隅から隅まで覗き込んだ。数秒経つと、おばさんは妙に肩を落として、みっともない後ろ姿で家の中へ戻っていった。

しかし何と言ってもポストに向かう時のあの希望に満ち溢れた顔である。ここに引っ越してきてから毎年のように元気をもらっており、毎回嬉しく思うばかりである。声くらいかけないと足が進まない気がしたので、私から挨拶することにした。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。」

「こちらこそ。それにしてももうお仕事だなんて大変ね。」

「いえ、そんなことないです。」

「頑張ってね。あら、今日もすっかり。」

「年賀状、届かないんですか?」

きっとまた空っぽだったのだろう。年の初めから年賀状が一通も来ないだなんて気の毒である。

「娘にも出したんだけど。おかしいわね。」

「何も入ってないんですか?」

「最近は新聞も来なくなっちゃったみたい。配達の人、忘れちゃってるのかしら。」

おばさんは笑いながら言った。とても寂しそうな笑顔だった。

「明日、朝早く起きて配達の人が来てるかどうか見ておきますよ。来てなかったら私から向こうに連絡します。」

「あら本当。いい人が近所にいたものね。よろしくお願いするわ。」


 というわけで私は今、ついさっき大きめのアラーム音が鳴り響いた寝室で目を擦って何か思い出したように窓の方に目をやった。

十五分ほど経っただろうか。何やら女性らしき人がおばさんの家の方に入って、何かを持って外に走っていったのである。


 「待ちなさい!」

二階の部屋から追いかけるとなるとかなりのハンデだと感じ、その日は見逃すことにしたが今日は違う。予想通り女性は五時五十分ほどにやって来て、今、私に腕を掴まれている。

「これ、あの家のポストの中に入っていた物ですよね。昨日もあなたが同じ時間、ここに来て中のものを盗んだのを見ました。どういうつもりなんですか?」

「あの、どなたですか?」

「近くに住んでいる者です。あの家に住んでらっしゃるおばあさんが最近新聞が届かないと困っていたので気になっていました。それより、警察に通報しますよ。あんなこと絶対しちゃいけませんよ。」

「ちょっと、話を聞いていただけませんか?」


 話を聞いて納得した。私は女性とおばさんがポストを見に来るのを待っていた。

「あら、今日もわざわざありがとね。で、どうだったの?」

「それが、問題は解決しそうです。」

「何かあったの?」

女性は私の方を見て頷いてから立ち上がった。

「お母さん。」

「…美緒子。どうしたの、急に。」

「ごめん、お母さん。ポストから物を取ってたのは私なの。こんな時になって言うことになるとは思わなかったんだけど、実はこの前、お父さんが死んじゃってね。それで今年は喪中を出していたの。お母さんにも伝えるかどうか悩んだんだけど、最初は、お母さん携帯持ってなかったし、本当の事を伝えるべきだと思ってはがきを出したの。でも後から考えたら、お母さんには残りの人生もずっと明るく生きていてほしいと思って、お父さんが死んじゃった事を知らせたらお母さん悲しむだろうなって。だから、いつはがきが届くか分からなかったからお母さんにはがきを見られないように、毎日ここに来てばれないようにこっそりポストの中身を取っていたの。ごめんね、お母さん。私には伝えるべきかどうか分からなかった。」

女性は喚きながらおばさんに抱き着いた。おばさんは複雑な表情を浮かべながら、女性の背中をトントン叩いていた。後から聞くと、亡くなったおじさんは、娘の様子を見ていたいと言って、おばさんとは随分会っていなかったそうだ。

 一月六日の朝。私は一月七日のおばさんが微笑む姿を思い浮かべながら、いつも通りの道を通って、いつもの会社に向かうのであった。

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