防国On・AiR!!
よもさか
chapter・1 永い夢の終わり
「助けて、スーパーヒーロー!!」
昼下がりのファストフード店「ヤングボーイ」。大通りに面した店のカウンター席に、二人。
「何よ、突然大きな声出して。」
向かって右側の席に座る小柄な少女が奇行の主に睨みをきかせる。エメラルドの瞳が冷たく射抜いた。
茹だるような暑さの中、沢山のスーツ姿の男女が通りを歩いている。店内は仕事の合間に昼食を取りに来た人々で満たされていた。
「最近見たアニメでね、こうやって叫ぶとどこにいたってヒーローは助けに現れるのさ。」
そう言って男は店の看板メニュー「ヤングフライ」を口に放り込む。
「随分とご都合主義なアニメだこと。」
少女は退屈そうにガラス越しの通りを眺め、雑踏というBGMを聴いている。
「そのヒーロー、身体がお菓子で出来ててね、お腹が空いてる女の子の為に自分の身体をちぎってその子に差し出すんだ。」
熱弁を始めようとする男をよそに、少女はコーラのボトルに手を伸ばす。
「全く、面白いよ。この星の作り出すモノは。知れば知るほど、退屈ではいられなくなる。」
男は瞳を輝かせ、興奮する。夏なのに首元まである黒いセーター着込んだ細身の男。その男が口角を最大に上げ少女に語る様子は傍から見れば異様だが、カウンター越しの店員でさえ、それに気づくことはない。
「退屈で仕方がないわ、こんな星。ロマンスもなければサスペンスもない。」
白いワンピースの裾が彼女の床に届かない足の動きに合わせてひらひらと揺れる。
それを見た男は顎に拳を添え数秒思案した後、独り言のように言った。
「もうすぐ、面白いドラマが見られるかもしれないよ。」
毎年のように記録を塗り替える暑さに、彼は無理やり起こされた。
タオルケットは足元で団子になっている。頭皮を掻きむしりながら身体をゆっくりと起こすと、小さな唸り声が聞こえた。
隣の布団に体を投げるようにして寝ているのは、紛れもなく彼の母親である。時刻は午前9時、彼女は崩れ掛けの化粧もそのままに、着の身着のままそこに崩れ落ちている。唸り声の正体は彼女だろう、察した彼は団子になったタオルケットをそっと彼女にかけてやった。
まだぼんやりとする意識の中、重い身体を引きずって流し台へと歩く。蛇口を捻ると勢いよく水が流れ落ちる。その音を聞きながら、彼は昨日の自分を頭の中に探していた。
見つけたのは、拳を振りかざす自分と、蒸し暑い空気と、鉄と、血の匂い。同時に湧き上がる吐き気を誤魔化すように、彼は口の中に水をかき込んだ。口端の痛みとともに、鮮明になる。
汗でびっしょりと濡れたシャツを脱ぎ捨て、適当な服に身を包む。ジーンズに携帯を忍ばせ、狭い寝床を通り過ぎようとしたとき、彼女が彼を見ていた。
「亮太は」
酒の飲みすぎだろうか、頭痛に頭を抑え唸る。
「とっくに学校」
彼が答えるとそっか、と言い軽く伸びをした後、再び眠った。
彼女の世界では、酒を飲むことは当たり前で、賃金を得るためには避けられない行為だとずっと昔から理解してはいるものの、ほかの選択肢があったならば、と時折思う。胸元が大胆に開いた赤いペプラムドレスを視界に入れたのを最後に、彼はアパートを出た。
自転車で数分の距離に、その教会はひっそりと存在する。密集する住宅を決まったルートでくぐり抜け、舗装のされなくなった道を進む。木々が増え薄暗くなると、猛暑も幾分和らいで感じた。
しばらく道なりに進むと、広い場所にでる。日差しに眉をひそめながら、自転車を無造作に止めると、淡い白で塗られたその建物の中に入った。
人気のない空間に、薄く息を吐く。奥に広がるステンドグラスが日差しを受けてカラフルに光っているのが見える。左右には、大きな柱と、長椅子が奥まで並ぶ。中央に敷かれたカーペットは、歩くと埃を吹いた。
彼は迷わず奥へと進む。あまりの静けさに、まるで世界に自分一人しか存在しないのではないか、という感覚にすらなった。彼がここに来た時、彼以外の人を見たことが無いのだ。
最奥、左側。小さな箱のような部屋がある。電話ボックス2つ分、といった大きさで、入口の扉は2つある。年季の入った出で立ちのそれを一瞥し、片側の扉を開いた。
ぎい、という音を立て、扉は動く。中は狭く、人ひとり入るので精一杯だ。簡易な椅子に腰掛け、扉を閉める。向こう側とは衝立で区切られており、互いの様子を伺うことはできないが、唯一ふたつの部屋は網を張った小さな小窓で繋がっている。
彼は、声を待った。
「おや、哀れな若者よ、この部屋へ来たということは、告解を述べる意思がおありですね?」
優しくて、落ち着いた男性の声。それはまるで彼が来るのを知っていたかのように続いた。
「神は誰にでも平等に耳を傾けておられます。もちろん、あなたにも」
言葉は一つ一つ、歌声のように紡がれる。
「さて、あなたが犯した罪を話してご覧なさい」
彼は頭の中の光景をゆっくりと思い返した。
「人を、殺してしまいました」
しばらく、沈黙が流れる。
「バイト先の娘が、不良に絡まれて困ってるって相談されて、それでそいつを」
言いかけて彼は、膝の上の拳を強く握った。
「俺、本当は嫌なんです。でも俺、脳ないから、拳でしか解決できなくて、だから
友達もできないし、家族からも」
夏の匂いが、教会の中に満ちている。
「神は全て見ておられます。あなたの罪も、あなたの告解の末に、神は許してくださるでしょう。」
再び流れる静寂に、彼が奥歯を噛み締める音が響いた。
「なあ、神父さん、俺に価値ってあんのかな。学もない、喧嘩しかできない自分がさ、嫌でたまらなくなるんだ、時々。」
彼の頬に熱いものが流れる。
「神は」
「神じゃなくて、アンタにきいてんだよ!」
言葉を遮るように怒号を投げた。小窓の奥、1度も顔を見たことのない相手を睨む。
「‥‥申し訳ない」
彼にとってこの告解は、神への懺悔と同時に吐き捨てようのない怒りの処理である。
「お前の存在に価値はねぇが、お前の命にはあるかもな」
「なぁに、サスペンス?ラブロマンス?」
少しだけ興味を示した彼女に、男は続けた。
「そうだね、グロ要素を含んだSF、かな」
「グロテスクなの?血とか出る?」
少女の瞳が輝いたのを、男は見逃さなかった。
「出るよ、ブシャーーーってね」
男は彼女の持っていたコーラのボトルを握り潰した。フタが取れて中身が溢れ出す。
「楽しそう!見たい見たい!ねえ、いつ?いつ始まるの?」
「もうすぐさ、きっと君も気に入るよ」
防国On・AiR!! よもさか @urua-cyan6
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