第2話:新編、第05小隊

 かつて、父に言ったことがある。何も自分が危険な目に遭わなくても、他の人に任せたらいいじゃないかと。そうすると、困ったような笑顔で父は応えた。

「父さんは、やるべきと思った事をやる。だってな、もしも全員が『他の誰かがやったらいいのに』と思って何も行動しなかったらどうする?他の誰かに、自分のすべき何かを押し付け合うのは、この世でもっともかっこ悪い事なんだぞ」

 父はそう言って家を出た。また帰ってくると信じながら、自分のするべきと思う事を模索し、馬鹿げていると思いながら行動する事にした。

 父の部屋で見つけた小型魔導銃、そしてGFギアフレームの展開訓練用である、腕部装甲だけが入ったフレームコア。軍事用ギアスフィアの前身となる試作品魔導器だが、その値段は豪邸が手に入るほど。

 出来る訳が無い事だ、本で読んだだけの知識のみを以てGFの展開など。それも、甘やかされて育った、たった8歳の子供になど。

 しかし案外と、10回に3回ぐらいの割合で、腕部のみとはいえGFを自身の外装として展開出来るようになった。だからどうだというわけではないが、それでも、父に偉そうな顔が出来る瞬間を楽しみにした。


 そして、父は二度と帰ってこない事を知らされた。誰よりも優しかった母は絶叫ののち、辺り構わず暴れまわるようになった。頼もしかった姉2人は表情を閉ざして俯き、父の喪失と母の豹変にじっと耐えていた。

 俺はと言えば、父と仲が良かった人物数人に対してしつこくつきまとい、父を殺したダスクはリーダー格の二本槍を持った人型だと聞きだした。

 そして、忌まわしき、『大侵攻』。『あの日』の夜に、俺は俺のやるべき事を実行した。




 レイス・ロードアーツが姫華のもとを訪れてから数日後、秋風の吹く屋外演習場で、小隊演説は執り行われた。

 広大な敷地を誇る演習場は、片隅に資材保管庫がある以外は、ほとんど何もなかった。というよりは、GFによる機動演習が主目的の場所で、殺風景であるべくしてあるものだった。

 大して立派でもない即席で作られたひな壇で、各小隊長は各々演説を行った。

 そこではやはり、小隊の長所を理路整然と話す者、ユーモアを発揮して笑いを引き出した者、緊張で何も話せない者、なげやりな姿勢で話す者、様々な人間が十人十色の演説を行っていく。

 遂に、第05小隊の番となった。楓の口元が自然と引き締まる。

 壇上に、同じく背筋を伸ばした城ノ島織人小隊長がゆっくり歩いてくる。

 堂々たるその態度に、緊張は見られない。むしろ、本物の軍人かと見紛うほど立派なものだった。

 楓は胸中に沸き上がった感想に、色眼鏡を付けた結果なのだと思い、かぶりを振った。実のところ、その織人を見た者全員の感想でもあった。

 壇上の中心に立ち、足を揃える。始まるぞ。皆がそう思った。


「我が第05小隊には人が足りない。不利な戦いにおいて自信がある者は、来てくれると嬉しい。以上」


 そして終わった。

 きっかり7秒の演説。これは、演説においての新記録とは行かなかった。「とにかく来てくれ」と言うだけの、もっと短い者も居る。

 それにしても、「来てくれると嬉しい」とは。楓の端正な顔が歪む。

 小隊の人員不足というものは、クラブの部員不足による悩みとは訳が違う。卒業、ひいては卒業後の人生に関わる事だというのに。

 あの堂々たる態度であの演説。

 笑う者、がっかりした者。少なくとも楓の目に映ったのはこの2種類の反応を示す者しか居なかった。そして楓自身は後者だった。

 最初から期待はしていなかったが、それでも恨まずにはいられなかった。

 織人は果たして、豪胆な猛者なのか、堂々たる間抜けなのか?楓の胸中に涼しげでない風が吹いていた。


 演説後に解散した後、各小隊ごとに分かれる。

 あとは転入生の小隊志願者が各小隊に駆け寄り、ぎこちなく笑いあったり肩をたたき合ったりする。そして入隊の意思を伝えて暖かく迎えられる。

 第05小隊は、小隊長の意向通り、暇であった。

 織人も楓も、棒立ちするだけ。駆け寄る人影などは全くない。ただ、周囲での嘲笑がたまに聞こえる(ような気がする)だけだ。

 楓は思い出したようにため息を吐いて見せるが、織人は素知らぬ風であった。

「どうするの、これから」

「どうすると言われても、何も変わらん。それよりも聞いてくれ、対小隊戦における俺たちの弱点と対策をまとめたんだ。あとで作戦会議をしよう。せめて勝率を5割に持っていきたいからな」」

 もはや織人の中で、小隊演説など遠い過去の出来事なのだろう。楓は、最近試験勉強もせず何事かを書類に書き込んでいた彼の姿を思い出した。

 そういえば、最近は体調不良が頻発し、集中力散漫な事が多く、寝不足が原因とわかって随分と叱ったっけ。何故自分の試験勉強を疎かにしてまで、そんな事は常軌を逸して熱心なのだろう?こうなるともはや、頼もしささえ感じる。そうなのだ、長所だけを言うならば、城ノ島織人は最初に決めた目標は確実に達成する。その為に必要だと判断したならばどのような手段も厭わず、選択肢に取り込む。

 問題は、他の出来事に対してあまりにもやる気がないことだろう。楓は詳しく聞いていないが、織人は不承不承で入学したらしいから、ある程度は仕方ないにしても、あからさま過ぎるほどに。

 …しかし、あの場で何を言えばよかったのだろうか?織人ばかりを責めているが、自分であればどうしただろうか?

 ふとした疑問が頭をよぎり、目を逸らしていた現実からしたたかな平手打ちを食らったような気分になった楓は、抗議をする気も起きず、堂々とした小隊長を横目に、規則に従って時間終了まで直立する覚悟を決めた。日が傾き始め、爽やかだった風に寒さを感じてきた。

「05小隊ってのは、ここかい?」

 不意に正面から声を掛けてきたのは、やや大柄な男子生徒だった。ぼさぼさの短髪につり上がり気味の眼。凶相と言ってもいい顔立ちと筋肉質な体つきが、自然と威圧感を与えてくる。

 在校生がこの日に限って着用を義務付けられる腕章をしていないあたり、新入生なのだろう。

「そうだが」思い切り真面目な表情と声で織人は応じた。からかいに来たのかと不信感すら感じていた。

「入隊したい、いいかな?」

 織人は沈黙した。

 それは思ってもみない言葉であった。この場で話しかけられたからには、当然考えるべき可能性だったのだが。

 何か言おうとした時だった。

「05小隊は、ここで合ってる?」

 織人の左横から声が掛けられた。

 見れば、輝くような銀髪に燃え上がるような赤眼をした、長身の女生徒だった。背筋は伸び、中性的に整った顔立ちに微笑を浮かべている。

「そうだが…」

 思考を遮られて上手く返答出来なかった織人は、「まさか」と思った。

「入隊を希望したいのだけど、定員は大丈夫?」

 織人は、呆然とした。知らずのうちに眉をひそめ、口がほんの少し開いてしまう。それは、彼の傍に控える楓も同じだった。




 織人は懇親会を兼ねてのささやかな食事会―――というと大げさに過ぎる―――をするべく、学生食堂に全員を案内した。小隊長としてせめてもの意地を示し、奢る事とした。苦学生には辛い出費だが、世の水準から言えばけちに違いないだろうなと織人は思った。

 結局、第05小隊に入隊希望したのは大柄な凶相の男子生徒と、どちらかと言うとハンサムに分類される顔立ちの女子生徒。その2名のみだった。男子生徒は徒瀬あだせ攻志こうじと、女子生徒はシルヴィー・ヘイルウッドとそれぞれ名乗った。

 一言の文句も言わず、新旧第05小隊の隊員達は白身魚のスープや肉をたっぷり混ぜた野菜炒めなどに舌鼓を打っている(食べなれた楓は無表情だった)。

 各々の自己紹介を手短に済ませ、全員の食事が終わったタイミングを見計らい、織人は言った。

「一応聞くことにしてるんだが、何で入隊しようと思ったんだ」

 織人にとって嬉しい誤算と言うべきだが、ある日自分の鞄の中を覗き込むと大金と銃が入っていた、というような気分だった。嬉しい以上に不気味だった。

 織人は徹底的に自身を信用していないし、何の価値も無いと確信すらしている。被害妄想ではなく、自己の成績や実績などを客観的に考えた末の帰結であり、現状で織人はその確信を揺るがす事が出来ていなかった。

「そりゃあ、どこよりも面白そうだからだよ」徒瀬はあっけらかんと答えた。

「右に同じ」シルヴィーは吹き出すのをこらえるように言った。

 人には価値基準というものがある。強そうな小隊、楽そうな小隊、選ぶ基準が様々ある。

 面白そう。そんな価値基準もあったのか。もし貴様であれば、第05小隊を志願するよ。岩蔵教官の言葉が脳裏に蘇る。ああ、確かに。

「なるほどね」

 織人は腕を組み、考え込んだ。

 面白くはあるだろう。しかし現実問題として、面白がってばかりいられないのだ。どこの誰とも知れぬ莫迦が離れたところで勝手に厄介事を引き起こすのは面白おかしく見ていられるだろう。だが当事者となってしまえば話は違うのだ。

「それで本当にいいのか」

 今更聞いても仕方のない事かもしれないが、聞かずにはいられなかった。例えば、第16小隊。彼らはこの学園でもっとも重要視される機動演習の成績はそこそこだが、横の団結が強いと聞く。公私問わず仲のいい連中とつるめば、いいことづくめになるのは間違いない。もっともそうであるが故の厄介事もあろうが、険悪な仲で生まれる厄介事とは雲泥の差がある。

「俺がここに来た理由はな、それ以外に能が無いからだ」徒瀬は不敵に笑いながら言った。

「能が無いって、GFギアフレーム以外にないという事か」

「いや違う、剣だよ。親父が警備隊に勤めててな、俺も少し教えてもらった。今の時代、剣で生きていくためにはGFが使えなきゃならないからな」

 剣に生きる。その言葉を、今の時代で使うのは相当な度胸と覚悟が必要だ。魔術が一般化し始めた200年前から、戦争に剣は不要な物になり始めた。誰もが使えて、周囲の環境にそこまで影響されない。魔素不使用の武器はそういった利点があったが、そういう利点しかなかったとも言えた。今では魔術よりも運用がもっと簡単な魔導器があるので、更に難しい。

「少し教えてもらったから、剣にしか能が無いと言い切るのは早すぎるんじゃないかしら」挑むように口をはさんだのはシルヴィーだった。

「俺は頭がいい方じゃないし、人からのもよくない。繰り返しの作業は苦手で性格も真面目じゃない。となればな、普通の職にはつけそうもない。じゃあ俺には何が出来るのか?思いつくのは、剣しかないのさ」

 徒瀬はそう言い切った。

 強いな。織人はそう思った。徒瀬は自身の人生に妥協はしないが、分を弁えている。中々こう言い切れない。それはむしろ、剣に生きるという宣言をする以上に難しいのかもしれない。誰だって楽に安全に生きていきたいのだから。

「でもGFを使うにも頭脳は要る」織人が言った言葉に、徒瀬はにやりと笑って答えた。よくぞ言ってくれたと語るように口を歪ませ、犬歯をのぞかせた。

「そこをクリアできるかどうかは分からんがね、ともかく将来の職としては機動兵を志望しているんだ」

 織人は、徒瀬の粗野で乱暴そうな第一印象を払拭しなければならないと思った。聞く人間によっては愚劣な判断だと思うだろうが、徒瀬は既に将来設計(本人はそこまでの認識ではないだろうが)までしている。明確な意思を持って機動兵になろうとしているのだ。学園にとって、そしてあるいは軍部にとっても有益極まる人物だろう。

 徒瀬は話を続ける。

「他の奴らの演説も聞いたよ。こういう利点があるとか、こういう人間を求めてるとかな。まるで募集広告みたいだった。とにかく俺は御呼びじゃなかろうと思ったな。あくびが出る程にはつまらなくて仕方なかったが、そこに『不利な戦いにおいて自信がある者は、来てくれると嬉しい』と言う奴がいた。俺はそこ以外じゃうまくやっていけそうにないと思ったんだ」

「それはまた…」織人は応えに窮した。徒瀬が織人の適当極まりない演説を高く評価したのか低く評価したのか判断しかねたのだ。

「シルヴィーはどうして?」

 聞いたのは楓だった。織人にとっては意外な出来事である。彼女が自分から何かに興味を持つという時点で中々稀有なことだ。だが話題転換は織人にとっては助け舟でもあるので、特に何も言わない。ひょっとしたら自身の小隊長が何かうかつな事を言う前に話を切り替えたのかもしれない。

「そうね、相対的に面白いとも思うけどね。他とは違って、『別に来なくてもいいんだよ』って感じで」

 いや、そこまでは言ってないだろ。とは思ったものの、受け取り方は人次第なので何も言えない小隊長であった。それに、あの場に居た全員に何の期待もしていなかった事は事実だった。

「隊員の募集にそこまで力を入れていない。それって、ひょっとして楽ができちゃう小隊かも?って思ったの」

 織人は小さく呻いた。完全なる誤解を与えているからだった。過小評価はまだしも、あの場で過大評価だけは避けねばならなかった。

「でもまあ、一番大きな理由は気が合いそうだから、よ。いい顔をせずに本音で話してくれたのは、多分オリヒトだけだと思うから」

 シルヴィーは独特なアクセントで織人の名を呼んだ。彼女は辺境で生まれ育ち、方言が出るのだという。特に何とも思わない織人だったが、何故か楓は目を細めていた。辺境に嫌な思い出があるのかもしれない、そう思った。

「折角だ。この後集まって、魔導器学園らしい事をしようじゃないか」

 この際だし、気分を変えよう。もしも二人の気が変わるなら仕方ない。それまでの縁だったという事で諦めよう。せめて敵にならない事を祈るしかない。

 ともかくも、二人の動機としては織人の演説(とも呼べない呼び込み)を評価しての事。是非もない事だ。初めて自分の功績が目に見える形になった気がして、今更ながら照れ臭さが沸き上がってくる。

 しかしいつまでも浮かれているわけにはいかない。今までコンビのように活動していた05小隊が遂に小隊としての体裁を整えてしまった(それでも最低限の人数である事に違いないが)。これからの失敗に使える言い訳が減ったと言える。まったく、隊員が居なければ居ないで、増えれば増えたで文句ばかりが出てくる。小心者の無能に自らなりたいと思わない織人は、良い事にだけ注目する事とした。


 その後、新入隊員の2人は入学に際しての諸事を済ませ、織人も2人を迎え入れるにあたって片づけるべき諸々を済ませた。小隊長である織人のすべき事は、小隊情報の更新と、担当教官への報告である。さほど難しい事は無いのだが、報告した際の岩蔵担当教官が「ほう、なるほど。いやわかった、ご苦労」と、奥歯に物でも挟まったような物言いに妙な気恥しさを憶えずにはいられない。父親にひっそりと迷惑をかけ、それがあっさりばれてしまい、その上で何も言わず日常を過ごす父の背を見る息子のような気持ちになる。

 心の中でひとしきり悪態をついた後、3人と合流し、『魔導器学園らしい』事をする事とした。どうも気分を変えるべき一番の人物は自分のような気がした。


 織人は3人を連れて、軽い説明がてら屋内演習場へと足を踏み入れた。広さにして500㎡ほどのその場所は、むき出しの鉄板と石壁で構成された真四角の空間となっており、廃材がそこらに散乱し、口を開いたコンテナまで存在する。狭く、障害物だらけの場所で機動訓練を行う事を想定した場所である。実際、広い屋外と狭い屋内での機動はまるで勝手が違うという事を、その身をもって味わわせる訓練所として名高い。その結果、多くの生徒に屋内機動への苦手意識を植え付け、この場所にすら近づきたがらない生徒を増やし続けた。屋内演習場が活気あふれた事は、今まで一度も無い。

「まず、君らはGFを扱った事があるのか」

 織人は出来る限り「なんとなしの話題作りとして」聞いたような演技で、何かに感心したような面持ちで周囲を見渡す徒瀬とシルヴィーに質問した。即戦力足り得るような実力者であればこの上なく嬉しいのだが、そうでないならそうでないとはっきり言って欲しいところであった。

 二人共、見栄とは無縁の性格をしているように見受けられるが、かといって織人には意図的に他人のプライドを傷つけて悦ぶ癖もなかった。

「中等部の時に一度だけ」徒瀬が答えた。操作方法ぐらいは知っている、という程度か。織人は無表情の中でそう理解した。

「私は〈ランナー〉志望だったから、ほとんど毎日」二人から感嘆の声が漏れる。織人はシルヴィーがわずかに視線を逸らした事を見逃さなかった。「とりあえず一通り動かせるぐらいだけどね」織人の態度に気付いたのか、シルヴィーは取り繕うように言葉を紡いだ。

「へえ、なるほど」

 一応雑談の体をとっての質問だったので、気のない返事で締めくくった。どの道、この場で実力を見るつもりなので、ここでの返答そのものにはそれほど意味は無い。あまりに隊員間で実力差があるようなら練習内容や練習場所等に気を遣おうと思っていた。自分と成績が段違いの人間が隣に居たら、やる気がなくなるに決まっている。織人は機動射撃の名人が周囲から称賛される様を横目に地道な基礎訓練を続けていた体験から、実感を込めてそう言える。

「よし、それじゃあ始めようか。2チームに分かれて実践演習だ」

 無表情のまま首肯する楓と、ぎらりと光る笑みを見せる徒瀬、それに微笑と共に頷いたシルヴィー。三者三様の反応だが、とりあえずのところやる気十分である事を織人は頼もしく思った。



 チーム分けは若干の迷いがあった。まず、織人と楓は一応の先輩という事で、別チームにする必要があるので迷う余地は無い。では、徒瀬とシルヴィーをどうするか。

 個人的感情から言うと、徒瀬の動きを背後から見てみたい織人だったが、ひとつ気にかかる事がある。これまでのぎこちなさもあるやりとりの中で、シルヴィーと楓の間に、微妙な空気が流れているように感じた。シルヴィーはともかく、楓が目を合わせようとしない。言葉のやり取りそのものには気遣いを感じるのだが、どこか一線を引きたがっているように見える。それら2つが折り重なるというのは、人付き合いにおいては典型的な悪い兆候だった。理由については今一つ見当がつかなかった。

 ここで2人を同じチームにしては、面倒が増えるか。それに、どうせなら多少乱暴でもしこりは取り除いておいた方が絶対に良い。

 そう勘案した結果、織人はシルヴィーと組み、楓は徒瀬と組ませる事とした。

 一応少し離れた場所で互いに陣取り、GFの装着をしている。徒瀬のGFが入っているフレームコアは織人が報告する際、岩蔵教官から渡されたものだった。シルヴィーの物に関しては「もう渡している」と言われたので、受け取っていない。

 シルヴィーの右手首を見ると、そこには少々無骨なデザインの腕輪がある。魔導器について知っていれば、ベルトには腕の内側部分に、魔術の起動式である魔方陣がある事から、それが魔導器であると分かるだろう。更にGFについて知っているならば、無骨にならざるを得ない程には魔導器が組み込まれている腕輪を見て、フレームコアだと大体のあたりをつけられる。

 簡単に言えば腕輪に描かれている魔方陣を起動させればGFが展開できる。持ち運びも装備も、至極簡単に可能。戦争様式が変化するのは自然の摂理だった。

 岩蔵教官が嘘を言っていない事を確認すると、織人はふと背後を見る。徒瀬と楓が、何事かを言い合いながらGFを展開させている。どうやら徒瀬は展開に苦戦しているらしい。

 徒瀬の周囲をぐるぐる回るようにして徒瀬の状態を観察しながら、時折展開の出来ていない箇所を指差して、あれこれ口を出す楓。まさに先輩そのものだった。

 まことに頼もしい。なんだ、結構面倒見がいいじゃないか。なんだかやんちゃな弟とそれを世話する姉のようにも見えるけども。


「どうかな?」

 微笑ましい風景に目を奪われる織人に、シルヴィーが言った。見れば、白銀の外装を施したGFを完全展開させたシルヴィーがそこに立っていた。

 若干細めていた目を、今度は大きく見開いた。織人は学園に存在する殆ど全ての小隊と演習を行ったが、室内用魔導光を反射して輝く程、見事な白銀のGFなど見た事が無い。

 つまり、教官から生徒に貸し出される、学園指定のGFでは無い。しかし、GFは個人購入できるような金額では無い。いや、教官は確か、もう渡してあると言っていた。これも学園指定のGFという事か?分からない。

 唖然とする織人に、シルヴィーは若干むくれた。

「もう。あっちみたいに、ちゃんと面倒見てよ」

「あ?ああ、そうだな。よし、見よう」

 GFの展開というのは、中々に神経を使う。身体全体に鎧を張り巡らせるイメージと共に、フレームコアに魔素を送り込み、起動式を発動させる。言ってしまえばそれだけだが、背中や太腿の裏側など、自分ではイメージのし辛い箇所を忘れる事が、初心者にはよくある。イメージさえよく出来ていれば、あとは起動式が魔導器を動かし、魔導器は使用者の指示イメージした箇所に、外装を着せてくれる。

 見よう、と口にしたものの、何を見ればいいんだろうと思った。一応展開不完全な箇所がないか確認したが、どこにもそんな箇所、ありはしなかった。外部装甲だけではない。装甲内側には衝撃緩和用のインナースーツが全身を余すことなく展開出来ている。足の爪先から頭のてっぺんまで完璧ではないか―――。

 いや、と織人は思った。そういえば、彼女、武器が無い。見事な白銀に目を奪われて失念してしまった。今は相手に自身の手の内を晒さない為に後で展開するつもりかもしれなかったが、もしこのまま何も言う事が無ければ、まるで彼女の全身をただ眺めまわしただけのようになる。織人は何か口出し出来る事柄があった事に安堵した。

「シルヴィー、武器はどうした?」

「貴方に合わせるわ」

 織人は、口をへの字に曲げた。

 つまり武装展開用フレームコアが別にあるという事か。GFそのものとGFで使用する為の武器は普通、一括内包パッケージされている。そして学園指定GFは全てが一括内包型となってパッケージングされている。役割に合わせたGFが作られ、役割に合わせた武器が一緒になっている。だからこそ小隊における個人の役割が明確になるし、フレームコア1つで全てが賄えるのだから管理だって楽が出来る。

 シルヴィーのGFは学園の物ではない?岩蔵の言葉は「渡した」だけであり、別に学園の物を、とは言っていなかった。彼女は一体何者なんだろう。

 織人は自分の右手首にある腕輪を見た。無味乾燥な外見の黒い腕輪は言うまでも無く、学園指定の、量産されたGFが入ったフレームコアだ。

 何もかもを脇に置いて、起動式を見る。ひょっとしたら、政治やっかいごとかもしれない。面倒事の気配を感じ取り、何も感づかなかったという事にする。織人はそう結論付けた。

 右腕に、空気中の魔素を集める。小さい頃からこれだけは訓練してきたので、特に苦労なく出来る。コツを掴んだ織人から言わせると、これも要するにイメージが必要な作業に過ぎなかった。

 右手の甲に、起動式によって呼び起こされた魔術式が浮かび上がる。それを中心に、魔方陣が折り重なるよう、中空に描かれていく。右手の甲から描かれる魔方陣は最初は小さく、少しずつ離れていくように描かれる魔方陣は段々大きなものが描かれる。

 魔方陣が4つほど描かれ、弾ける。腕が黒い装甲に覆われ、それを皮切りに全身を漆黒が覆っていく。右手にはいつも通り、というべきか、いつの間にか鋼鉄を思わせる物質を握っている。突撃用魔導銃アサルトライフルだった。右手人差し指を引き金トリガーから離し、左手で銃身を支える。

 織人の使用するGFは黒金くろがねという名で、中~近距離での戦闘を行う。機動性や運動性能にクセがないため動かしやすく、武装も使いやすい。最も普及率の高い物だ。

 展開を終えた織人は、シルヴィーに武装をよく見せ、「じゃあ、合わせてくれ」と、ぞんざいに言い放った。敢えて指示は出さない。

 織人は、黒金の頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイス越しに、シルヴィーが長剣ロングソードを展開させている事を確認した。左手は何も持っていない。


 剣?もしや、それであっちとつもりなのか。徒瀬に対抗心でも芽生えたのか?疑念が生まれたが、織人は何も言わない。シルヴィーには何かの作戦があるかもしれなかったし、それが見かけ通りの剣ではないという可能性もある。つまるところ、織人は説教というものが大嫌いなのだった。

 もう一度、背後を見る。徒瀬はようやくGFの展開を終えたらしく、真っ赤な先鋭的フォルムの装甲に身を包み、自信満々の仁王立ちをしている。背中には主に防御用として用いられる大剣が収まり、顔には不敵な笑みが浮かんでいるが、傍らに立つ楓が何事かを言うと、頭を頭部装甲で覆った。どうやら頭部装甲の存在だけ忘れていたようだ。

 既に疲労のあとが見られる楓に微笑ましさが蘇るが、楓は一瞬でGFと武装展開を行って見せる。その集中力には一切の乱れが無い、と思ってよさそうだ。


「よし、全員準備はいいな」

 織人は頭部装甲、口元に存在する拾声器マイクロフォンデバイスに声を響かせた。拾声器に拾われた声は隊員達の伝声器スピークデバイスに伝わっていく。魔導通信―――導信と略される伝達手段によって、多少距離があろうとも、何の問題も無く音声でのやり取りが出来る。

 応じた3名が淀みなく肯定する。

「では、これが落ちた時を開始とする」

 織人は空いている左手で傍らに落ちていた小石を拾い上げた。無造作にそれを放る。

 放物線を描いて、石は大した音もなく地に落ち―――4人は行動を開始した。


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