5.エルフ、たたかう
1-5-01
ほたるの作った晩ごはんは、肉じゃがだった。
俺は玉ねぎチャーハンを二人分作り、肉じゃがを温めなおして、テーブルに置いた。
「いただきます」俺とほたるがユニゾンでいった。
肉じゃがはなかなかうまくできていた。しかし、いわせてもらえば、肉じゃがほど難易度が高い家庭料理は、ない。砂糖とみりんと醤油のいわば日本料理の基本中の基本の味付けでありながら、出汁の種類とその三種類の調味料のバランスのとり方によって、味が大きく違ってくる。それに、問題はじゃがいもだ。こいつの茹で加減と味のしみ込み方によっても全体の印象が大きく異なってしまう。糸こんにゃくの存在もやっかいだ。どうしても水っぽくなってしまう。いっそのことすき焼きくらい味が濃ければ何の問題もないのだが。でもそれだと、普段のおかずとしてはヘヴィだ。だから俺は煮物を作るときは肉じゃがではなく、筑前煮を作るようにしている。なぜなら――。
「――京ちゃん!」
俺が顔を上げると、ほたるが俺をじっと睨んでいる。
「大丈夫?」
「あ。ああ、ちょっと、うん、大丈夫」
「ぼーっとしすぎ」
「ごめん」
ほたるは肩をすくめただけで何もいわず、俺たちは言葉少なに箸を動かした。
洗い物が終わって、俺たちはダイニングキッチンのテーブルでお茶を飲んだ。
リビングのこたつでは、メサがまだ爆睡している。風邪をひく前に、ベッドに運んでおかなければ。
「それで。メサちゃんから話は聞けた?」ほたるがいった。
「ああ」
「で?」
「え?」
「え、じゃなくて。なんていってたの?」
「えーっと」
なんていえばいいんだ?
ほたるが信じる信じないは別として、筋道立てて説明する自信が俺にはなかった。かといって、ごまかすわけにも――。
「メサちゃん、別の世界から来たんでしょ」
しれっ、とほたるがいった。
まるで明朝体で書かれた『しれっ』の三文字が、ぺらりとほたるの体から剥がれ落ちたかのような、そっけなさだった。
「な……」俺は二の句が継げなかった。
「私、昨日メサちゃんと一晩一緒にいたんだよ。女の子がふたり一晩一緒にいて、漫画やアニメの話して、じゃあ、おやすみなさーいって、それで済むと思ってるの?」
「本人から聞いたのか」
「本当のことを全部話しているかはわからないけどね」ほたるは、にやっと笑った。「あと、耳も触らせてくれた。本物だった」
「……信じるのか」
「信じる? 何いってるのよ、京ちゃん。信じるも何も、ちゃんと目の前にいるじゃない。メサちゃん、ちゃんと存在してるじゃない」
ほたるのいう通りだ。
ヨシカさん、女の子ってすごいよ。
「メサちゃんは京ちゃんが作ったんだよ。そして、あの子は京ちゃんがラノベを書くの、嫌がってる。それって、京ちゃんの本心じゃないの」
「もしかして、お前、俺の深層心理みたいなのが、メサを作ったって思ってるのか」
「わからない。でも、そう考えたら、つじつまが合う」
ほたるは、俺が本当はラノベなんて書きたくないと思っている。メサは、そんな俺の心を代弁するために現れたのだと思っているのか。
さっきのアイノさんの話とは違っている。
メサが、ほたるには別の話をしたのか。
いや。メサのことだ。ちゃんとほたるに話が伝わらなかったのだと思うのが妥当だろう。
すべて説明して、ほたるの思い込みを修正すべきなのか。
当の本人であるメサは、相変わらずリビングのこたつで、すぴー、すぴー、と寝息を立てている。まったく、能天気極まりない。
メサを起こして確かめるべきなのか。
俺が逡巡していると、ほたるは、スマートフォンを取り出して、何度かタップした。
そして、おもむろに、画面を読み上げ始めた。
「俺の名前は黒崎健吾。外見、学力とも平均値の、どこにでもいる高校二年生だ。そして、俺の隣で春限定桜アイスとイチゴのパンケーキを口に運んでいるのが俺の妹、黒崎まどか。中学校の制服から覗く細い手足。腰のあたりまで伸ばしている艶やかな黒髪。凛として、しかし冷たさは微塵も感じさせない整った横顔に、我が妹ながらつい見とれてしまう。兄の俺が言うのもなんだが、まどかは、かなりの美少女だ――」
それは、俺が小説投稿サイト『R⇔W』に投稿し、もうすぐ出版される予定の『異世界転生しても俺は妹から逃げられない』の一文だった。
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