反旗ー3

 安寧宮の前では、美蛾娘と倭花菜の兵がせめぎ合っていた。


「どかぬか、邪魔をするな小娘!」

「なんとしても殺すのよ、首を打ち取って!」


 安寧宮の前に立ちはだかる倭花菜の兵と、突破しようとする美蛾娘の兵。どちらも数と実力は互角だが、均衡が続けば不利になるのは美蛾娘のほうだ。

 美蛾娘はその背を他の王宮兵にさらしている。もし麗武官が蛮族を押しやりこちらへ来ればその時は終わりだ。


「はやく倭花菜を殺せ! さすれば国は妾のものじゃ!」


 美蛾娘にも勝機があった。倭花菜とその腹にいる子、そして柘榴帝をまとめて殺してしまえば、国で天帝たりえる勢力は第三皇子の紫香楽しがらきだけだ。

 いっこうに突破できないもみ合いに苛つき、美蛾娘はついに天をあおいだ。暗黒の空にいる羅刹女神らせつにょしんに向け神力をこう。


「羅刹女神よ! 反逆者すべての命をおぬしに捧げよう。世にも恐ろしい苦痛を与えてやるのじゃ。妾に反した者の系譜を残らず拷問にかけてやろうではないか! 羅刹女神よ、おぬしも血と苦痛の声がもっとほしかろう!? 妾もじゃ!」


 天に叫んだ声に応えるように、空に黒雲が漂いはじめた。月が隠され闇深くなり、雷鳴がとどろく。約束された供物を手に入れようと、天界にいた羅刹女神は美蛾娘の望みを叶えるために人には見えぬ槍をふるった。鋭いかまいたちの風が倭花菜の兵を次々に襲い出す。倭花菜は自軍が崩れはじめたのを見て、自身の負けん気をますます燃え上がらせた。


「許さない、あたくしの命にかけて。あたくしの誇りにかけ、絶対にあの女を殺してみせる!」


 倭花菜へと飛んできたかまいたちの風は、するとやわらかな天界のうす衣で叩き落とされた。

 顕現した弁財天女神だった。ますます強まる倭花菜の心意気に応え、弁財天女神は羅刹女神を遠ざけようと息を吹く。強風が吹きぬけ羅刹女神のかまいたちをすべて消し飛ばしていく。風におされてたたらを踏んだ羅刹女神は、弁財天女神と上空で睨み合っていた。


 ――どけ。

 ――いや、どかぬ。


 女神たちは互いに反発する利益のために、天界で人には見えぬ争いを繰り広げはじめた。

 風槍が飛び雷剣を交わし、氷風で互いの身を切り裂かんとする。雲上での戦いにその他の神々も集まり、反応しはじめる。ある者は無関心に争いを眺め、またある者は嬉々として思うほうへ加勢した。天界ではやんやのお祭り騒ぎとなっていた。

 下界で争う者にはそのような天上の騒ぎはわからない。ただ天候が荒れて空が曇り、月が隠され暗くなる。突然の強風に夜のかがり火が複数倒され、あたり一面に炎が燃え広がっていく。雷鳴がとどろくのに雨は降らず、血と煙、燃える焔の輝きが増えていく。


「あの小娘を殺せ!」

「あの女の首を取るのよ!」


 諍いはますます激しく、剣戟の間に火花と血を散らし燃えさかる。強風にあおられ火の粉が飛ぶと火勢はますます強まった。

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