第10話 修羅場

 放課後、部活を終えた後に4人で駅前にあるという有名なクレープを食べに行くことになった。

 もちろん桐生や海野先輩が持ち込んだ企画ではなく、かといって俺でもなく、美咲ちゃんの提案によるものだ。

 女子のリサーチ力とやらは凄いらしい。


 桐生はクレープに興味が無いと言って帰ろうとしたが、そこはすかさず俺がクレープの素晴らしさとやらを小一時間かけていてやった。

 クレープの素晴らしさ?

 ぶっちゃけ別に何とも思ってねーよ。

 ただ、せっかく美咲ちゃんが誘ってるんだから付き合ってやれよこの甲斐性なし。

 美咲ちゃんテンション下がってんじゃねーか。

 と、桐生に対して思ったので、フォローに入ったのだ。

 できる男は違うね。


「そこのクレープ屋さんはねー、色んな種類があるんだって」

「へぇ〜例えば?」

「納豆とオクラを野菜に混ぜた『ネバーランド』とか!」

「待ってくれ。俺が想像してたクレープという食べ物が死んだんだけど」

「それは…………人気商品なのかしら?」

「不人気です!」

「何で不人気商品をあたかも代表のように紹介した?」

「お茶目かな! てへっ」

「か〜わいいから許す!」


 などと傍目から見たらしょうもないやり取りをしながら駅前の商店街を歩いていた。

 夕方のこの時間帯は、買い物をするお母さん方が増えるため、人の割合はまぁまぁ多い。

 それとともに、この駅を最寄りにしている高校は鷹山高校だけでなく他の高校もあるため、その下校生達とも被る時間帯なのである。

 故に違う制服の学生もチラホラと見かける。


「もう少ししたらクレープ屋さんだよ」

「何食おうかなぁ。迷うわ〜。桐生はどうするよ」

「甘すぎない奴だな」

「あら、はやては甘い物ダメだったかしら?」

「ダメじゃないが得意でもない」

「じゃあ『ネバーランド』で決定だな」

「せめてクレープを食わせろ」

「『ネバーランド』も立派なクレープだよ!」

「じゃあ美咲はそれで決定だな」

「うっ………………私は甘い物好きだしぃ」

「安心しろ…………バケツは用意しといてやる」

「吐かないよ!」


 桐生も中々残酷な事を言う。

 美少女と言えど、流石に吐いている所に魅力を感じる人間はいないだろう。


「もうっ…………あ、あったよ!」


 美咲ちゃんが指差した所に出店みたいな形でクレープ屋さんがあった。

 並んでいるのも若い人達ばかりだ。


「じゃあ各々好きな物を買うということで」

「おっけー」


 俺達は数ある種類の中から食べたい物を各自頼み、近くのベンチに腰掛けた。

 ちなみに俺が頼んだのは『ストロベリーバナナサンデー』とかいうパフェみたいなものだ。

 だが、その味は絶品である。


「うん、美味い」

「でしょー。どう? 颯くん」

「確かに美味いな。キウイの酸味とマンゴーの甘さが上手いことマッチしてる。美咲の言った奴にして正解だな」

「えへへへ。良かった!」


 自分のおすすめしたクレープを褒めてもらい、嬉しそうに照れる美咲ちゃん。

 だが、もう1人が黙ってはいない。


「そんなに美味しいなら、私にも一口分けてもらえないかしら?」

「えっ!」


 さすが海野先輩。

 クールビューティと言えど、こういった事に関しては常に美咲ちゃんよりも先手を行く。


「ん? ああ、別に構わない」

「ちょっ……待って!」

「何だよ美咲」

「だ……だってそれって…………か、間接キスにゴニョゴニョ…………」

「?? ほら、葵先輩」

「ありがとう」


 そう言って差し出されたクレープを、海野先輩は髪をかき上げながら一口食べた。

 うーむ、エロい。

 通りすがりのカップルの男子が、思わず見惚れて彼女に殴られるぐらいだ。


「ホント。美味しいわ」

「だろ?」

「う〜〜〜」


 やられちまったな美咲ちゃん。

 まだまだ海野先輩には敵わないということだ。


「キヨ! 代わりにキヨの頂戴!」

「へぇ!? 何でそうなんの!?」


 いやマジで!

 この状況で何で俺だよ!

 桐生に行けや!


「いいじゃん! キヨのが食べたくなったの!」

「桐生の貰えばいいじゃん!」

「…………できたら苦労しないよ!」


 ほう。

 それはつまり俺を異性として微塵も見ていないということか。

 なめんじゃないよ。

 俺は美咲ちゃんの事超意識して見てるからな。


「何だキヨ。一口ぐらい分けてやれよ」


 俺だって分けてやりてーわ。

 むしろ積極的に分けてやりてーわ。

 合法に間接キスできるんだからな。

 違法の間接キスが何なのか知らないけど。

 でも美咲ちゃんの事を考えるとそうじゃないから困ってんでしょ。


「はぁ…………はい、どーぞ」

「わーい」


 これ以上やり取りしても仕方ないので、俺は自分のクレープを差し出した。


 パクッ。


「ちょっと! その女の子達誰!?」


 俺は思わず固まった。

 足元しか見ていないが、俺達の前に1人の女の子が立っている。


 このタイミングってあれじゃない?

 女の子とイチャついてる所に彼女が来て修羅場になるパターンじゃない?

 嘘じゃん。

 そんなことある?

 リアルにそんなことある?


 俺は恐る恐る顔を上げた。

 そこにはポニーテールの髪型をした陸川りくがわ里美さとみ────ではなく。

 眼鏡をかけたショートカットの女の子だった。


 しかもこの女の子…………巨乳だ!


「ちょっとはやて! 聞いてるの!?」

「何だ柚希ゆきか。偶然だな」

「颯くんの知り合い?」

「なんつーか…………一応幼馴染」


 なにいいいいいいいい!!!

 この状況でもやっぱりお前が持ってくのかよぉぉ!!

 つーか幼馴染って何だ!

 中学の時にそんな話聞いたことねーぞ!


「一応って何よ!」

「幼馴染って?」

「家族ぐるみの知り合いで、小学校まで一緒だったんだよ。中学からは別で、高校は瑞都みずと高校行ってんだ」


 瑞都高校といえば先程話したここを最寄りにしているもう一つの高校のことだ。


「幼馴染ね……」


 うわわわわわ。

 海野先輩と美咲ちゃんが静かに燃えてる。

 ヤベーよガチの修羅場怖すぎ。


「失礼ですけど貴方達は?」

「学校の部活仲間よ。海野って言うの」

「私は天条美咲です!」

「俺は加藤───」

「私は土屋柚希です。あまり颯にベタベタしないでもらえませんか?」


 おーい!!

 俺!! 俺!!

 なんで俺の紹介を無視した!?

 いないものとして扱うなよ寂しいから!


「それはどうしてかしら?」

「颯は私のものだからです!」


 そう言って土屋柚希はベンチに座ってる桐生の腕に抱きついた。


「おい柚希……邪魔だから離せよ」

「やだ! 一緒に家帰ろ?」

「はぁ…………。悪い葵先輩、美咲、キヨ。こいつ家まで送るから先に帰るわ」

「待てよ桐生!」


 こんな状況にしたまま帰すかよバカヤロウ!

 ちゃんと収拾つけてから帰れ!


「その子は桐生にとって、『幼馴染』でいいんだよな?」

「ああ。そうだけど」

「よし、言質はとった」

「何あの人? 颯の何?」


 あの人呼ばわりやめろ。

 自己紹介させてくんないから名前分からないんだろ。


「俺の親友」


 お、嬉しい。

 ストレートに親友って言ってくれて。

 じゃなくて!


「そういうことなんで2人とも、彼女は桐生にとって『ただの幼馴染』らしいんで」


 だから隠れて俺の両腕をツネるのはやめてぇぇぇ!!


「まぁ一緒にお風呂にも入ったりしたけどね! 颯!」


 ぎゃあああああああ腕がちぎれるうううう!!


「10年も前の話だろ。じゃあまた明日」


 そう言って桐生は土屋柚希と駅に向かって歩いていった。

 夕日が沈むのと同じように沈んでる人間が2人。

 マジでどうしようこれ。

 無責任桐生。

 許すまじ。


「加藤君」

「は、はい!」

「彼女のこと、颯から詳しく聞いておいてくれ」


 ひえ〜ニッコリしてる〜。


「よろしくねキヨ」


 うわ〜こっちも笑ってる〜。


 こうして俺達は不穏な空気をダダ漏らしながら家に帰ったのだった。

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