第7話 ハッピーエンド
夏休みの天体観測から2カ月が経っていた。
現在10月、あれから俺は一度も部活に顔は出していない。
夏休み中だったこともあり、そのまま部活自体の活動が少なかったため、俺はバイトを始めたといって2学期に入ってもバイトを理由に部活を出るのを断っていた。
バイトを始めたこと自体は本当だし、別に嘘はついていない。
バイトがない日でもバイトがあるといって誤魔化してはいるけど……。
「キヨ。今日もバイトか?」
「悪いな。今日もなんだ」
嘘だ。
今日は無い。
「そんなに金ばかり貯めてどうするんだ。少しは部活にも顔出せよ。美咲や葵先輩が寂しがってるぞ」
いつの間に2人を名前で呼ぶようになったんだよ。
これ以上俺に見せつけるのはやめてくれ。
「買いたいものがあるからさ。目標金額貯まったら顔出すようにするから待ってくれよ」
「分かった。今度買いたい物が何か教えろよ?」
「現物で見せてやるよ」
買いたい物なんて別に無い。
でもこうでも言わなきゃ根が良い桐生には伝わらない。
誤解されていそうでアレだから弁明しておくけど、俺は別に天文部の3人が嫌いになったわけじゃない。
ただ、あの場所に俺の居場所が無くて、あの空間にいるのが苦痛だから部活に出たくないだけだ。
もちろん天体観測の当日の時は胃がグネリと捻れたみたいに気分が悪くなって腹が立ったけど、別に数日経てばそんなに恨むほどのことじゃあないと落ち着いた。
そもそも恨むこと自体お門違いだ。
俺だってもう大人だ。
それぐらいのことは理解出来る。
しなくちゃならない。
だからこうして俺は距離を置いて一人で下校しているわけだ。
強がりなんかじゃない。
本当だぜ。
バイトは近所のカフェで働いている。
別にやりがいがあるとも何とも思ってないけど、バイトのシフトの関係上、多く出ることができるので助かる。
店長的にも週5で入ってくれる俺は凄い助かるみたいだ。
winーwinって奴だな。
ただ今日はバイトは休みだからカフェに用はない。
でもそのまま家に帰るのも嫌だったから、家の最寄駅で少し道草を食おうと思った。
「あ………………」
「あ………………」
お互い顔を見た途端に固まった。
半年振りにそいつの顔を見た。
髪をポニーテールにし、良くも悪くも普通の一般人感が漂う人物。
俺をバッサリ切り捨てた中学時代の元カノ、
「…………えっと……ひ、久しぶり
「……おう。半年振り……だな、里美」
お互いがお互いの顔を見れてない。
まさかこんな所でエンカウントするとは思わなかった……。
いやまぁ、お互い地元がここなんだし会ってもおかしくはないんだけど、忘れた頃に会うのが1番キツイわ。
「…………………………じゃあ」
そう言って俺は顔を伏せて歩きだした。
別に俺は久しぶりに会ったからといって、里美に用があるわけじゃないのですぐにおいとまするとしよう。
この沈黙にも耐えられないし。
「あぅ…………ま、待ってよ清正!」
そう言って里美は俺の服を掴んできた。
「な…………なに?」
「…………………………ちょっとコーヒーでも飲んで行かない?」
カラカラン。
気付けば俺はバイト先のカフェのテーブル席で、里美と二人で対面的に座ってアイスコーヒーの氷をストローでグルグルかき混ぜていた。
まさか里美から誘われるとは思ってもいなくて、驚きのあまり「いいよ」と答えてしまった。
今さらやっぱ帰るとも言いづらいし、仕方がないのでアイスコーヒーを頼んで席に着いた。
だけど沈黙だ。
沈黙が俺を殺しに来ている。
何故誘って来た里美が一向に話さない。
何か用事があったんじゃないのかよ。
嫌がらせか?
新手の嫌がらせなのか?
言っておくけどな、俺はあんな傷付くフり方をしたお前を許していないからな。
マジで傷付いたんだからな。
「えっと…………元気?」
やっと口を開いたと思ったらなんじゃそら。
もっと聞くことあるんじゃねーのか。
「ぼちぼちだけど」
「そっか………………」
………………。
会話終わったんだけど。
一回返球したら永遠にボール返ってこなくなったんだけど。
そもそも質問がわりーよ。
その質問からどうやって話を広げようと思ったんだ。
「……………………」
「…………里美って高校どこ行ったんだっけ」
「へ!? あ、うん、
「へー。めっちゃ頭良いところだろ? すげーじゃん」
「エヘヘ……そうかな」
うっ…………何だよ。
照れてる所とか相変わらず可愛いじゃん。
当時はこの笑顔に惚れたんだよなぁ。
「清正は鷹山高校でしょ?」
「まぁ俺が行けるギリギリの所だったからな」
「やればできるのにやらなかっただけじゃん。もう少し上も狙えたと思うけどなぁ」
「無理して上行って苦労するよりも、少し下に行って良い成績とる方がいいじゃんか」
「あはは、確かにそうかもね」
少し調子が出て来たのか、それとも俺から質問したことが良かったのか。
里美はさっきみたいに緊張していた感じはなく、中学時代みたいな自然体で話せるようになってきた。
…………俺から話したから?
もしかして俺が半年前の件でムカついてるって態度に出てたかな。
里美は俺のことをどう思ってる?
自分からフった相手となんでこんなに気にせず話せるんだ?
一体何を思って俺に話しかけてきた?
「………………あのさ清正…………半年前のことなんだけど」
「……! なんだよ」
「えっと…………その……何で急に連絡とかしてくれなくなったの?」
…………………………は?
何で連絡しなくなったか?
何言ってんだこいつ。
バカにしてんのかよ。
「お前…………自分からあんなこと言っておいてよくそんなこと言えるな」
「………………え?」
「里美が先に『最初から思ってたけど、私はあなたと合わないみたい。だから受験勉強に集中させて』っつーメールを送ってきたんだろ!? 自分から俺のことをフっておいてふざけんなよ!」
「ま……待ってよ、私、本当に何のことか……」
「シラを切るつもりか? いいよ見せてやるよ。お前が送ってきたメールはまだデータで残ってるからな………………ほらよ」
俺は半年前に里美が送って来たメールを見せた。
別に糾弾したくてやってるわけじゃないが、そっちがナメた態度をとるならこっちだって出るとこ出てやる。
「これ…………」
「どうだよ思い出したか? 忘れたなんて言わせないからな」
「違う………………違うよ清正」
「いいや、違くないね。俺はこの一件でお前にフラれてすげー傷ついて…………」
「清正!」
「な……なんだよ……」
「私はこのメール、別に清正をフるつもりで送ったんじゃない!」
「……………………はぁ?」
里美が何を言ってるのかサッパリ分からなかった。
でも涙目になりながら必死で話す言葉に嘘をついている様子は無く、里美の弁明に耳を傾けてやろうという気持ちになった。
「……どういうことだよ」
「そのメール…………今見たら少し言葉足らずなのかなって思ったけど…………『今の私じゃ清正には釣り合わないから、良い高校に入って清正に追い付けるように受験勉強に集中するね』…………っていう意味なんだけど……」
……………………………。
いや、意味が分かんない。
なんか急に日本語が理解できなくなった。
じゃあ何か?
『私とあなたは合わないみたい』って、『釣り合わない』って意味か?
いや全然意味分かんない。
なんだこれ。
「そのメール送った後から清正から連絡来なくなって、『ああ、すぐに私の応援してくれて連絡取らないようにしてくれたんだな』って思ったんだけど、合格発表終わった後も連絡取れなくなったし…………学校で声かけようとしても凄い睨まれて怖くて声かけられなかったし…………。何かで怒らせちゃったのかなって思って……」
いや、確かに2月ぐらいに何回か里美を廊下で見かけたけど。
今さら何だこの野郎って凄い睨んだけど。
「じゃあ里美が送ってきたこのメールは…………」
「…………別に清正をフったわけじゃないよ……。清正に愛想つかれないようにって頑張ろうと思って送ったメールだよ」
「いや……だって…………こんな内容送られてきたら普通……」
「そうだよね。だからさっきも言ったみたいに私の言葉足らずだったんだと思う。ごめんね」
じゃあこのメールは俺の…………ただの勘違い?
俺は半年間も一人で勘違いしてたのか?
でもこの内容で送られてきたらやっぱりフラれたと思うだろ……。
「連絡も取れないし…………清正に愛想つかされたのかなって凄い不安だったんだ」
「いや、俺だって……急にフラれてショックだったし……」
「じゃあお互いに傷ついてたんだね」
エヘヘと笑う里美。
ダメだ。
その笑顔はズルい。
「でもまさか今日会えるなんて思わなかったよ。たまたま部活が休みだったから早く帰ってきたら清正がいたんだもん。ビックリしちゃった」
「俺だってビビったよ……」
もしこのまま会うことがなければ、俺は一生勘違いしたままだったのかもしれない。
それはとてつもなく不運なことだ。
「それに私が清正のこと嫌いになるわけないよ」
「え、何で?」
「だって清正に告白された時から……ううん。その前から今でもずっと、私は清正のことが好きだもん」
「っっ!!」
顔が真っ赤になっているのが分かる。
人様にみせられないほど顔が蒸気して、心臓がバクバクいってる。
何が腹が立って恨んでるだ。
なんだかんだ言って俺は里美の事が今でも好きなんじゃないか。
チョロインすぎるだろ、俺。
「清正……今、付き合ってる人とかもういたりする? あの……もしいなかったら……その…………もう一度私と付き合って下さい!」
照れながら笑顔でそう言う里美。
ズルいぜ。
この2ヶ月、俺は自爆ばかりしてきたと思ってたけど、半年前からそれは既に始まってたんだ。
主人公は桐生だとしても、モブの俺にだってこういう展開があってもいいだろ?
だって主人公になれるかどうかなんてのは、俺次第なんだから。
「こちらこそお願いします」
俺は笑顔でそう答えた。
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