第3話 事件
「
「下の名前は清正って言うのね。古風な名前は、逆に新鮮な感じがするわ」
「キヨの親が歴史マニアなんだよな」
海野先輩と美咲ちゃんに初めて名前を呼ばれた。
死んでもいい。
ちなみに桐生が俺のことをキヨと呼んでいるのは、どうでもいい豆知識だ。
美咲ちゃんが『天文部』に入って1週間。
予想通りというか、単純というか、『天文部』に入部希望者が殺到したみたいだ。
その数、実に30人。
そして全て男。
お前らいくらなんでも現金すぎるぜ。
下心ありありなのがみてとれるんだよ。
浅ましいったらありゃしねぇ。
え? ブーメランが刺さってるって?
いや、俺は誘われた側の人間なんで、他の奴らと同じにしないで頂きたい。
で、入部希望者だが、結果から言うと誰も入部することはできなかった。
なぜなら部長である海野先輩が全ての希望者を弾いたからだ。
グッジョブすぎますよ海野先輩。
一応理由を聞くと「天体に興味ない人間がこれ以上増えても迷惑だから」ということらしい。
あれ…………俺や桐生って天体に興味あったっけ?
まぁいいか。
ついでに一つ疑問に思ったのは、女子の入部希望者が美咲ちゃん以外にいないということだ。
桐生が入ってるんだし、男子の人数とまではいかなくても、1人2人いそうな気がしたんだが…………まぁ桐生といえどそこまで影響力はなかったってことだよな!
美咲ちゃんが入部したからといって、特に放課後に部室でやることは変わらなかった。
雑談する量が増えたぐらいか。
海野先輩も桐生もあまり話すようなタイプじゃなかった反面、美咲ちゃんはよく喋る。
それにつられて海野先輩もよく話すようになった。
俺も2人と話して仲良くなりたかったからよく喋った。
桐生はというと相変わらずマイペースというか、聞かれれば答えるが、必要以上のことは話そうとしなかった。
一度4人で出掛けてみようかという話になり、休みの日に『天体部』らしくプラネタリウムを見に行くことになった。
もうワックワクだったぜ。
暗い所で海野先輩、もしくは美咲ちゃんと良い雰囲気で人工的とはいえ星空を…………!
でも結局俺は行けなかった。
前日の日にばあちゃんが体調を崩して入院してしまったからだ。
特に大事には至らず、しばらくしたら退院できるという話だったが、じいちゃんを早くに亡くしたばあちゃんが心配だった俺は部活動を休むことにした。
海野先輩に連絡したら『お婆さんの側にいてあげるといい。誰かが側にいるというのは、少なからず安心するものだよ』と、なんとも優しい一言を頂いてしまった。
プラネタリウム、楽しみだったけど仕方ないよな。
次の日の学校で桐生にもばあちゃんの容体を心配された。
他人に興味ないやれやれ系主人公が、そんなことまで心配するとは思わなかったからビックリしたぜ。
プラネタリウムに行けなかった分、俺は2人と仲良くなろうとして頑張った。
滑稽かもしれないけど、もしかしたらもしかするだろ?
桐生はあんな感じで恋愛に興味無さそうだしな!
7月。
事件が起きた。
「やめて」
部活という名のダベリが終わり、桐生や美咲ちゃんと別れた後、裏手にあるコンビニに行ったろうと学校の裏門へ回ると、女子の嫌がる声が聞こえた。
場所的には校舎裏になるわけで、本来はあまり人がいるようなところじゃない。
痴話喧嘩とか…………明らかにそんな雰囲気じゃないよな……。
物陰に隠れつつ現状を確認する。
複数の男子生徒が誰かを囲んでいた。
囲んでいる男子生徒は、この学校でも素行が悪いことで有名な連中だ。
「なぁいいだろ? 俺はマジでお前のことが好きなんだって」
「前にも言ったわよね。私は貴方の事が嫌いなの。貴方と付き合ったりなんてことは、未来永劫ありえないわ。それに私はーーー」
「1年の桐生って奴と付き合ってるって言いたいのか? もうお前らが付き合ってるって話は嘘だってバレてんだよ。2ヶ月前はまんまと騙されちまったぜ」
真ん中に囲まれてるのが多分女子か?
ていうかこの声と話し方…………もしかして海野先輩か?
海野先輩は今日用事があるといって、少し早めに帰ったんだけど、まさかこんなところにいたとは。
桐生と嘘で付き合ってたってのは、4月の終わり頃に桐生が海野先輩の困っている所を助けたっていうやつのことだろうか。
それにしてもあんまり良くない雰囲気だな……。
「…………だから何? あなたには関係のないことよね」
「ぶっちゃけ確かに桐生とお前が本当に付き合ってようが関係ねぇな。………………これ、何だと思うよ」
「…………分からないわね」
「族の先輩からもらったモノだ。どう使うかってのは……何となく分かるよな?」
俺の位置からは距離があってなんとなくだが、小袋に錠剤がいくつか入っているのが見えた。
もしかして…………薬物?
おいおいおいマジかよ。
高校だぜ?
高校生だぜ?
なんだってそんなもん持ってんだよ!
「ゲスね…………」
「結構キクって話でな、だからお前で試してやるよ。おいお前ら、こいつ抑えろ」
「
「あ? 何ビビってんだよ。俺がヤッた後はお前らにも使わせてやるからさっさとしろ!」
「………………悪い海野さん!」
男達が海野先輩を取り抑えにかかった。
海野先輩も必死で抵抗しているが、所詮は女の子。
複数の男に取り抑えられれ、身動きは取れなくなってしまい、口元も抑えられて声も出すことができなくなっている。
クソどもが…………!
俺は既に桐生に助けを呼ぶメールを送り、なおかつ念のため写真を何枚か撮り、物陰から出て男達に向かって叫んだ。
「うちの部長に何してやがる!」
男達が一斉に振り返った。
主犯者の雅って男を含めると6人近くいる。
前に俺がボコられた人数の倍だ。
「…………誰だお前?」
「加藤君……!」
「お前ら自分が何してるのか分かってるのか! 退学じゃすまされーーー」
ゴッ!!
雅という男が飛び蹴りをかましてきた。
いきなりのいきなりだったが、距離があったために腕で何とか防いだ。
「いって…………!」
「誰かは知らねぇけどただで帰れると思うなよ。おい、何人か手伝え」
なんとか桐生が来るまで耐え凌げば……!
そこから先は一方的だった。
ケンカ慣れしてない俺と、見るからにケンカしか能がないような連中。
顔も、腕も、腹も、足も。
全て殴られ、蹴られ、叩きつけられ。
この前とは比にならないほど傷ができ、血を流し、痣をつくった。
一体どれだけ時間を稼げたのだろうか。
5分? 10分? いや、実際には3分にも満たないと思う。
逃げてれば時間は稼げたかもしれない。
でもあいつらが海野先輩をどこかに連れていったかもしれない。
バレずにそこから離れて写真を先生に見せれば良かった?
その間に海野先輩が犯されたらどうする。
結局は俺が犠牲になって海野先輩が助かればそれでいい。
「……海野先輩から……離れろ……」
「しぶてぇな雑魚が。とっとと…………寝てろ!」
倒れている俺の顔面に強烈な蹴りがヒットし、俺の意識が刈り取られそうになった。
わずかに聞こえたのは「旧体育館の倉庫まで連れてけ。ここからなら誰にも見つからねえ」という一言だけ。
そこで俺の意識は途切れた。
「…………ヨ…………キヨ…………キヨ!」
ハッとして気付いた時、目の前に桐生がいた。
どれぐらい気を失ってたのかは分からないが、まだそんなに日が落ちてないことから、あまり時間は経ってないはずだ。
「キヨ! 大丈夫か!?」
「桐生……」
「ボロボロじゃねぇかよ。海野先輩はどうした?」
「悪い……海野先輩連れてかれちまったよ……。あいつら……寄ってたかって海野先輩をさぁ……」
「………………お前をそんな目に合わせたのもそいつらなんだよな」
「あ……ああ。あいつら、今は使われてない旧体育館の倉庫に行くって……」
その時見た桐生の顔を俺は生涯忘れないと思う。
普段感情をあまり出さない桐生が、まるで人を殺そうとしているかと思ってしまうほど顔を怒りで歪めている。
「キヨはここで休んでろ。落ち着いたら先生を呼んでくれ」
「まさか……お前一人でいくのかよ! あいつら6人もいるんだぞ!?」
「やりようはいくらでもある。後は任せろ」
「桐生! 待てよ!」
立つことすらままならなかった俺は、走り去る桐生を追うことは出来なかった。
それでもなんとか立ち上がった俺は、フラフラしながらも職員室へと向かい、先生を呼びに行った。
途中で他の生徒に会えば呼びに行ってもらえたのに、その時に限って誰にも会わないという不幸。
職員室に入った俺は案の定のリアクションを取られ、先生達と急いで旧体育館の倉庫までへと向かった。
そして閉められている倉庫の扉を開けると、そこには呻き声を上げながら倒れている男子生徒達と、上着を着せられて桐生と一緒にいる海野先輩がいた。
桐生がどうやって助けたのかは分からないが、何をやったのかは手元に持っていた血の付いた金属バットで分かった。
海野先輩の制服がビリビリに破かれていたことから、間に合わなかったのではないかと思ったが、クスリを飲まされる直前に桐生が助けに来てくれたらしい。
さすが俺の親友マジ主人公。
結果から言えば、本来であれば警察沙汰のこの事件だが、
その6人に大怪我を負わせた桐生は、体裁のため2週間の停学という、クソふざけた結果となった。
海野先輩は大丈夫だと言っていたが、俺や美咲ちゃんが桐生の停学のことも含めて抗議しようとしたが、「
本人達がそういうのであれば、俺たちはどうすることもできないからな。
ちなみに俺も全治2週間の怪我を負った。
医療費等については相手の親が全て払うから問題なしだが、桐生と同じく2週間安静となってしまった。
後日、海野先輩が桐生や美咲ちゃんとお見舞いに来てくれて、お礼を言われた。
「助けようとしてくれて、ありがとう」だって。
海野先輩が
こうして俺たち『天文部』はより一層仲良くなったんだ。
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